●コーヒーブレイク●




「お待たせ、リョウ」
と言って、ソファに寝そべる俺の横に、香がいつものコーヒーを置いた。
「おぅ、さんきゅ……って、んぁ?」
俺と香、愛用の、いつものマグがふたつ並んでるのに変わりはないが。
そこから発せられるにおいが違い、思わず鼻をひくつかせる。
「……あぁ、これ?私のだけ、紅茶にしたの」
「ふん……別に構わんが、何だってまた?」
「んー……ちょっとね、体質改善してみようかと思って」
「体質改善?何だ、どっか悪いのか?」
口元に運びかけたマグを止め、思わず眉間にシワを寄せる。
見た目、普段と何等変わりはないように見える。
が、知らない内に無理をさせていたのか?
まさか何か身体に障りが起きたのかと、瞬時、嫌な汗が背中を流れた。



「……やぁね、そんなんじゃないわよ。心配しないで」
やおらソファから起き上がった俺に目を丸くした香が、
いつもと違ったにおいのするマグを手にして、くすりと笑った。
「何だ……変な言い方すんなよ。じゃぁ体質改善てなぁ、何なんだ?」
「んー……あの、ね?」
湯気のたつマグを口元に運びながら、はにかんだように微笑む香が、ゆっくりと口を開いた。
「……あのね?常日頃コーヒーを飲む習慣の女性だと、男の子が生まれる比率が低いんだって。
それで今更なんだけど、体質改善ていうか……ちょっとコーヒー断ちしてみようかな、なんて///」
「……………」



香とそういう関係になってから、気付けばもう何年たっただろう。
はじめは戸惑っていた俺の中にも、最近、気持ちにゆとりが生まれ。
香に普通の女と同じ幸せを手にしてやりたいと……二人の間に、子供をもちたいと。
長く心ン中にわだかまってたモノたちを押さえ込み、そんな風に思うようになったのは、本当につい、最近のことだった。
「べ……別に、俺は元気なガキなら、どっちだって……///」
はじめて面と向かって話すあからさまな内容に、妙に照れ臭くなってごにょごにょと言葉尻をにごせば。
一方の香も、さりげなく視線をそらしながら言葉をつむいだ。



「ん……私もそう思うけど。でもどっちかだったら、男の子がいいかなって。
やんちゃで言うこときかなくて、大変かもしれないけど。
真っ黒な髪に真っ黒な瞳の……パパ似の男の子がいいかな……って///」
紅茶のマグで隠すようにするものの、その表情(かお)は真っ赤に染まり。
頭からは、マグの紅茶の湯気に負けないほどのそれが、もうもうと立ちのぼる。
かくいう俺も、どう応えていいものかと、ぐるりと視線を走らせながら頭をかきむしった。



「そ、そのぉ……なんだ。お前が勝手にしてることなら、いいんだが……迷信だの何だのと、いろいろあるからな。
それが確実に効くってぇ保証はないからな」
「……わかってますよーだ」
マグ越しに、小さく「いー」と歯を剥き出しにしてくしゃりとにらむものの、そのまま二人でくすりと笑う。
近い将来、紅茶の効果が見られるかどうかは、わからないが。
とりあえずは、慣れないにおいに小さなくすぐったさを感じつつ。
香と二人、共に歩く未来(さき)があることの喜びを、らしくもなく、しみじみと胸に噛み締める。
そんな俺の髪を、さわやかな秋の風が、ふわりと撫でていった。




END    2014.9.20