●出逢った頃のように●



…と、ココでいいのか?」
「うん。ありがとう、リョウ」
と言ってその背から下り真直ぐなロングヘアのカツラを取ると、ぷるんぷるんと頭を振る。
そして蛇口を捻ると、勢いよく顔を洗い出した。




組織から足を洗いたいという、ヤクの運び人の依頼だった。
リョウが彼女を、国外脱出を請け負う地下組織に送り届けている間、
彼女に変装した私が、ヤツラを引き付けていた。
でも思ったより早く、私が偽者だとバレてしまって…。
ヤツラの反撃を必死にかわしながら逃げていた時、
ようやく駆けつけたリョウに助けられた。

その時捻った足首は、思いのほか腫れていて。
とりあえず一休みしようと夜が明けたばかりの公園に寄り、
私は変装のためのカツラを取り、メイクを洗い流したのだった。




「ん~気持ちいいっ♪」
ぷるぷると首を振って、雫を掃う。
「あ~あ…。せっかく女に見えてたのに…」
タオルを渡しながら、リョウがいつもの憎まれ口を叩いた。
「うるさいなぁ…。ねぇ、ノド乾いちゃった。コーヒー買ってきて?」
「やぁ~だねっ!んなもん、自分で買いに行けばいいだろ?」
「…この足で、行けって言うわけ…?」
まだ腫れの残る足をブラブラと振ってみせると、あからさまな舌打ち。
「…しょうがねぇなぁ…そこの階段で待ってろ」
「早くね♪」
「わぁーったよっ!」
ブツブツ文句を言いながら少し離れた所にある自販機に向かう
リョウの背を見ながら、私は片足でひょこひょこと
水道脇の石造りの階段まで歩き、腰を下ろした。




春とはいえ朝はまだ寒く、思わずシャツの襟を立てて暖を取る。
ふと見れば、階段の石のヒビ入った所から、
一輪のタンポポが顔を覗かせていた。

周囲には一輪も見当たらないところを見ると、
どこからか綿毛が飛んできて、ココに根付いたのだろう。

「そういえば、あの日もこんな感じだったっけ…」
アニキの後を追って、初めてリョウに会った。
アニキの妹だとは名乗らずそのままリョウの仕事について行き、
車の中で朝を迎えたあの日…。

小さな依頼人を待つ間、リョウと二人、
こうしてこんな風に石造りの階段に座ってた。

そしてその階段脇にも、こんな風にタンポポが咲いていたのを思い出す。
まだうすら寒い朝の空気に負けじと咲くタンポポは可愛らしく、そしていじらしかった。




ふいに目の前が暗くなったかと思えば、
太陽を背にしたリョウが目の前に立っていた。

「ほら、よ。ヤケドすんなよ?」
と、太く武骨な指を器用に使い、勢いよくプルトップを起したコーヒーを渡してくれた。
その手がとても大きくて、缶コーヒーが小さく、頼りなく見える。
「…あ、ありがと」
受け取ったコーヒーに唇をつけると、外気が冷えているせいか予想以上の熱さだった。
「…っ!!」

思わず眉をしかめ、じんじんする唇を押さえる。
「ばぁ~か。だから言ったろ?お前は猫舌なんだから、気をつけろよ」
「う、うん…」
両の手で包み込むように缶を持ち、ふうふうと息を吹きかける。
そして今度はゆっくりと、唇をつけた。
少しだけ冷えたコーヒーが唇から口腔、そしてノドから胃へと流れていき、
体にじんわりとした温かさを伝える。

ほぅと一息ついた時、数段下に腰掛けていたリョウの優しい瞳とぶつかった。
「…な、何よ」
「いんや?何も…?」
くすりと笑った顔がまぶしくて照れくさくて、思わず顔を背けた。




二人して黙ってコーヒーを飲む…そんな会話の無い空気が妙に息苦しくなって。
それに耐え切れず、話を切り出したのは私だった。
「…ねぇ、リョウ。ほら、見て?こんな所にタンポポが咲いてるの。
この辺には咲いてないから、ドコからか風に吹かれて飛んできたのね」
「ふーん。タンポポ、ね…」
興味のなさそうなリョウに、私はまた、畳み掛けるように話を続ける。
「…何よ。もう少し感動してくれたってイイでしょ?
ドコからか飛んできた綿毛が長い長い旅をして、
ようやくココに根付いたってのに…」

「…俺みたい…だ、な」
「……?」
「風に流されるまま、飛ばされるままの根無し草。
あっちの街、こっちの街と彷徨って、長い長い旅をして…って、な」

「…リョウ…」
タンポポを見つめるリョウの目が一瞬の切なさを含み、
そして暖かく優しいものになった。

行く当ての無い頼りなげな綿毛に自分を重ねるリョウが淋しげで、悲しそうで…
かける言葉をなくしてしまう。

「さて…と。帰るか」
そんな私を見ながら苦笑して腰を浮かせるリョウに、思い切って声をかけた。




「タンポポって…ね?」
「……?」
「タンポポって、ね?こんな小さな花のくせに、根っこはものすごく深いところまで伸びるんだよ。
長いのだと、1メートルにもなるんだって。考えられる?
こんな小さな花なのに、深い深いところまで根を張って、必死に大地に根付こうとしてるの…」

「……」
「だから…ね?リョウはあちこちを旅して、ようやくココを…この街を見つけたの。
だから…だから、安心してココで根付いていけばいいんだよ…?」
驚いたように目を見開くとふっと笑って、それからとびきり優しいまなざしをくれた。
そして真っ赤になっている私の髪を、ぐしゃぐしゃと楽しそうにかき回す。
「…さ、帰るぞ」
「…うん…」
リョウの分と私の分と、飲み終えた缶を手に取って、
少し離れた所にあるゴミ箱めがけ大きく振りかぶる。

二つの缶は美しい弧を描き、続けざま、見事なストライクを決めた。
ガッツポーズを決めるその大きな背が妙に子供っぽくて、思わず笑ってしまった。




「さて…と。ホイ♪」
「……?」
私の目の前に、背を向けてしゃがみこむリョウ。
「…な、何よ」
「お前、足、まだ痛ぇんだろ?車までおぶってってやっから…ホレ、早くしろ」
「や…やだ。急に何、言い出すのよ。大丈夫よ、車まで歩けるって!」
「さっきだって足、引きずってたじゃねぇか。無理すると長引くぜ?」
「だって…重い、よ…?」
「ふん!お前が重くて、バズーカが担げるかってぇの!」
「バッ、バズーカと一緒にしないでよね?!まったく、デリカシーの欠片も無いんだから!!」
「うるせぇっ!ガタガタ文句言うなっ!!」
ほら、早くしろよ…と、ズイと背中を差し出した。
その耳がほんのり赤く見えるのは、朝日のせいだけ…?
くすりと笑いおずおずとその肩に手を掛けると、とたん、ひょいと背負われた。
「…大丈夫か?」
「…う、うん…」
そしてそのまま、ズンズンと歩いて行く。




無口で照れ屋なリョウの、精一杯の優しさがその背の温かさから伝ってきた。

この背中…大きくて温かくて。あの頃と、ちっとも変わらない…。
「何か…さ。あの時みたい、だな」
「…え?」
覚えてないか?と、肩越しの瞳が笑う。
「朝の公園、石造りの階段、それにタンポポ…」
「…っ!!」
リョウもあの日を覚えていてくれたんだ。
今、同じ瞬間。まったく同じことを考えていたことが、すごく嬉しい。
黙ったままの私をいぶかしんだリョウが問いかけるような瞳をよこすけど、
何だか恥ずかしくて、コトンとその背に顔を押し付けた。
広い大きなその背中から、トクントクンと規則正しいリョウの心音が聞こえる。
それだけなのに、リョウは私の気持ちをわかってくれたみたいで、くすりと笑うのが聞こえた。




ねぇ、リョウ?
季節はどんどん変わっていくけれど。
時はどんどん、過ぎていくけれど。
色褪せていく思い出の中で、リョウの優しくて温かな背中は、ちっとも変わらない。
そしてあの時あなたに恋したこの気持ちも、
変わらぬばかりか、どんどんと深いものになっていくの…。

これからも、このままずっと。
あの時のまま、そのままの私たちでいようね。
変わらない私たちでいようね…。




あの頃と変わらぬ大きな背中に思いをはせていたら、リョウがボソリと言った。
「お前…さ、ちと太ったんでない?」
「えっ?!な、何よ急に。失礼ねっ!!」
「い~や!あの頃よりか、格段に重いっ!!」
「~~~っっっ!!!」
それがリョウ流の照れ隠しだとわかっていたけど、
悔しくてギュッと首を絞めてやったら、

グェッ!!という声を上げた。
そのまま二人、くすくすと笑いながら歩いて行く。
昇りきった太陽の光が、優しく私たちを包んでくれた。





END    2005.4.13