●Don’t touch, dangerous●



とある芸能事務所からの依頼は、今をときめくアイドル歌手のボディーガード。

名前も知らない腰の引けた、やけになよなよとしたへなちょこ男だったが、
どうやら世間ではそれと名を知られているようで。
傍らに居た香が「あぁ、ドラマの主題歌で話題になった……」などと言ってたっけ。



件の依頼の内容は、女性ストーカーからのボディーガード。
かつてはFANの一人だったが、その恋情が募り、狂気じみた行為をするようになったのだとか。
まぁ聞いたところによると、ヤツが彼女に手を出して、
その後、掌を返したように見向きもしなくなったから……とか、何だとか。
要するに、手前ぇのやったコトの報いってヤツだろ?
ンなモン、男なら自分でどうにかしろってんだ。



しかし、万年財政状況の厳しい冴羽商事としては、
この久々の松の上であるところの依頼を断れる状況下に無くて。
香などはほくほくと笑みをこぼし、何が何でもこの依頼をやり遂げるのだと張り切っている。
しかし、件のアイドルとはやはり、見掛けでナンボの商売だったようで。
その実態は、実にひでぇモノだった。



FANやカメラの前での、爽やかでにこやかな笑みと、
周囲のスタッフやマネージャーなど、事務所の人間に向けるそれとは180度裏返し。
ココまで演じ分けられりゃ、立派な俳優だ。
下手な歌なんかさっさとやめて、路線変更しちまえばいいのにな。



そうこうする内にも、仕事以外はアパートに軟禁状態。
俺たちと同居のガードも、そろそろ煩くなってきたようで、何かにつけては苛立って。
そしてその苛立ちの捌け口を、あろうことか、香に向けてきやがった。



ガードのためと夜遊びも控えさせ、ヤツの鬱憤はたまりっぱなし。
女の子と遊ぶ時間を削られるってぇのは確かに痛いが、
(不肖・冴場リョウ、漏れなくこの身で経験済みだ)
その相手を香に求めようなんてのは、お門違いも甚だしい。



「香さん、こんなにきれいなんだからさ。メイクして、もっと着飾ったほうがいいよ」
などと言って、その手に、その頬に触る。



「今度、写真集を出す予定なんだけど、よかったら一緒に撮らないかい?
俺の写真集で共演・デビューなんていったら、そりゃぁもう、一躍有名人の仲間入りだよ」
などと言って、さりげなく肩や腰に手を回す。



久々の松の上の依頼を、何が何でも成功させると息巻いていた香も、
次第にヤツの本性に気づくものの。
仕事だからと自分に言い聞かせ、嫌がる態度をひた隠す。
お前……それがヤツを助長させてるっての、わかんねーのかよっ。(怒)



そして新曲のプロモーションビデオの撮影を終えた後、
着替えを取りに行きたいと立ち寄った、ヤツの自宅マンション。
「FANからのプレゼントも置いていきたいんだ。香さん、悪いけど手伝ってもらえる?」
……と、誰もが不安を抱かないようなセリフで誘いやがる。
香も一瞬、躊躇したものの、アイドル特有の爽やかスマイルを向けられて。
「え、えぇ……」と、傍らの紙袋を抱えて車を降りた。



その間俺は、車内で一人待ち惚け……なワケ、ねーだろ。
車から降りる時のヤツの目、あのゆるみ切った口元を見れば、
マンションの部屋で何ごとかを企んでるのは明白だ。
「…………ちっ…………」



苛立つ心のままに車を降り、ヤツの部屋の前まで行けば、
案の定、部屋の鍵はしっかりロック。
着替えを取りに行くだけなら……荷物を置きに行くだけなら。
わざわざロックなぞ、いらんだろ。
「………ったく……手の掛かる坊やだぜ」
袖口に仕込んだ針金を鍵穴に突っ込み、ちょちょいと弄る。
オートロックだろうが何だろうが、俺にとっちゃぁ朝メシ前だ。



主に似合わない、スッキリとした落ち着いた佇まいの部屋。
なのに、そこここに荒んだ気配を感じるのは……
やはりココが、ヤツの住処のせいか。



コーナーに設えたカッコつけのカウンターバーに、ヤツと二人。
ボトルを真ん中に、問答する香の姿を目に留めた。
「いいじゃないか、少しくらい。うまい酒なんだぜ?」
「困ります。今はまだ、仕事中ですから……!!」
手首を掴み、あわよくば腰を掴み、自身へと引き寄せようとする男。
甘口だがテキメンに効くその強い酒を香に飲ませ、いったいどうする気だ……?



色に眩んだ目はギラギラと、アイドルの欠片もありゃぁしない。
その本性を、その素顔を知ったなら、
ストーカーに走った女の子も、あまたのFANの女の子たちも。
みな、一目散に退場するだろうってぇシロモノだ。



どこまでも救いようの無いバカな男にため息をつきつつ、
その汚ねぇ手で、これ以上香に触れられたら堪らない。
こちらに気づき、何だかんだと文句を言い掛けるのを無視して、ギリとその腕を捻り上げた。
「…………人のパートナーに、気安く触らんでもらおうか」
「………………っっっ!!!」



ギロリとにらみを利かせれば、腕の痛みも手伝って、瞬時に顔が青ざめる。
「ばっ……バカっ!!ボディーガードの対象ににらみ利かせて、怯えさせるなんて。
依頼人の社長に知れたら、どーすんのよっっっ!!!」



……何、お前。
この状況下で、ココまでされて。
それでもコイツを庇おうって気か?
いくら松の上の依頼と言えど、そこまで我慢するこたぁねーっての。
それでもホッとしたように安堵の表情(かお)を見せる香に、ふぅと一息ついて。
仕上げとばかりにフンと鼻息荒く、床に蹲るヤツのケツを爪先で蹴り上げた。



「………ん、もう……リョウっ?!」
慌てて駆け寄った香によって解放されたものの、ヤツはまだ、二の腕を押さえて蹲る。
フン……。ンなひ弱な身体で、自分の身も守れねぇーような男が香に手を出すなんざ、
100万年早ぇーんだよ………っ!!



「…………先、行ってるぞ」
香の文句にもフンと鼻息荒く返すだけで、
傍らに転がる、着替えの入ったバックを片手で掴む。
ストーカーが女の子だってコトに躊躇してたが、
どうやら早いトコ手を打たなきゃいかんようだ。
しかし………。



「ガキじゃねぇーんだから、男の部屋に上がるってぇ意味くらい、
ちゃんと知っとけってんだ……ボケ」



行き場の無い嫉妬と怒りとを持て余し、ふぅと、いつに無く重いため息。
いつまでも手の掛かる鈍感娘に呆れ返りつつ、
ブツクサと悪態を吐きながらエレベーターに乗り込んだ。




END    2007.5.9