●縁は異なもの…?●



カランコロンとカウベルを鳴らして店に入ると、相変わらず無口な店主と、
おしゃべり好きなその妻が声をかけてきた。

「あら香さん、いらっしゃい」
「珍しいな…今日は一人か?」
「そうなの。リョウったらまたビラ配りサボって、ドコカにトンズラよ。まったくもう…アイツったらっ!!」
いつもの席に座ると、いつものコーヒーがスッと出される。
この絶妙のタイミングが心地よい。
コーヒーの香りに不機嫌さ100%の香りの心も、少し落ち着いた。



「あ…ら?なぁに、これ?」

と、香の目についたのは、カウンターの隅に置かれた一冊の本。
「あぁ、それね。お客さんの忘れ物なの。学生さんで参考書とか山のように抱えてたから、
一冊だけ忘れてっちゃったみたい」

「ふぅ~ん…ことわざ辞典、か。学生の頃は、必死で覚えさせられたわね。
懐かしいわぁ~」

「そうなの?私全然知らないから、読んでみたら面白くって♪
そうね、えっと…たとえばコレは、きのうの香さん」

と、美樹が指差したのは青菜に塩
きのう、香はまたしても敵に攫われてしまいリョウに助けられ、
またリョウの足手まといになっちゃった…としょぼくれていたのだ。

「は、はは…確かに…」
「そういう香さんにピッタリなのは、こっちね」
と、今度は失敗は成功の元という言葉を指す。
「…なるほど。そう考えてみると、ことわざって結構面白いわね」
「でしょぉ?」



パラパラとページをめくる香の指がふと止まり、「コレは家のことだわ」と言った。
「なになに?金は天下の回り物、と、金の無いのは首の無いのに劣る…」
「そう。やっぱりお金が無いことには…ね。とくにあのリョウがいる限り、我が家には切実な問題よ」
しみじみと言葉を漏らす香。
そうね、確かにねと苦笑する美樹は、さらにページをめくった。



「そう…冴羽さんはね、コレコレ。馬の耳に念仏と、朝寝坊の宵っ張り。

香さんの言うことには耳も貸さないし、朝寝坊しては夜遅くまで飲み歩いて、そしてまた朝寝坊…でしょ?」
「あ、コレもよ。面の皮の千枚張り!あの厚かましさは、どうにかならないものかしらね。
少しは恥ってものを知りなさいって!海坊主さんとは月とすっぽん。
爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわ!!」

ふふ…まぁね、と、最愛の夫を誉められ、自慢げに微笑む美樹。
その横で海坊主は「フンッ!!アイツと一緒にするな!!」と言った。



「でも…香さんて糟糠の妻、よね。どんなことがあっても冴羽さんについて行くし、助けてあげるし。

それに何といっても、かゆいところに手の届く完璧さ!見習いたいわぁ~」
「だ、誰が妻よっ////それに私だって結構おっちょこちょいだし、
そんな行き届いた人間じゃないってば」

と、真っ赤になりながら謙遜する香。



「あ、いたいた!香さん?リョウのバカ、どうにかしてよっ!!」
カウベルを鳴らし、店に入ってきたのは冴子と唯香。
唯香のネタ探しの追跡に辟易した冴子が避難してきたらしい。
「あら、冴子さんに唯香ちゃん。いらっしゃい」
「こんにちは~リョウ、ドコにいました?また何かやらかしました?!」
「やらかした、なんて優しい言葉じゃないわよ、香さん。駅前でナンパしまくりで。
変質者扱いで注意した婦警にまで、電話番号聞いてたわよ。
私の顔を見て、もんのすごい勢いで逃げたけど…あの分じゃまたドコかで、
同じコトしてるんじゃない?」

ため息をつきつつ、香を挟んだ左右に冴子と唯香がカウンター席に座る。



と、いち早くことわざの本を見つけた唯香がしゃしゃり出た。
「何です?ことわざ辞典?あ、こういう時の冴羽さんて、
もしかして“虎を野に放つ”って言うんじゃないですか?」

「ははは…唯香ちゃん、それ、ナイス表現☆実はね、この前、駅前でナンパした女性と
デートまでこぎつけたんですって。
その後ホテルに誘ったんで、結局断られたらしいんだけど…
それでリョウのヤツ、柳の下のドジョウを狙ってるみたいなの」

「でも、そうは言ってもねぇ…。せめて私や美樹さんたちの迷惑になることだけは、やめて欲しいわよね。
親しき仲にも礼儀あり、って言うでしょ?」
「……」
お説ご尤も、と香は言葉をなくす。



そんな沈みがちな香を気遣って、美樹がフォローに出た。

「やだ、香さんたら。ウチは大丈夫よ。いつものことだし、慣れちゃったわ?
それに…冴羽さんがどうであろうと、
私たちは友達でしょ?金石の交わり、だわ」
「ふふ…そうね。リョウのことは大変だけど、香さんの責任ってわけでもないし。
それにしてもココは、どうしてこういう客筋ばかりなのかしら?
常連客は何かしら、裏の仕事に関わってる者ばかり」

「…類は友を呼ぶ、ってヤツか?」
壁のように押し黙っていた海坊主が突然発した言葉に、一同目が点になる。
そして一同の視線を浴びた海坊主は、真っ赤になって頭から湯気を出した。
「…そうね、ファルコンの言うとおりかも。蛇の道は蛇、とも言うしね」
「そんな下剋上な世の中を、みなさん生きてらっしゃるんですよね。すごいなぁ~…」
と、尊敬のまなざしを送る唯香は、いつの間にか必死にメモをしていた。
そのまなざしを、妙な気持ちで苦笑しながら受け取る面々…。



「そういえば香さん?また攫われちゃったんですってね。大丈夫だったの?」

地獄耳の冴子が、早速聞きつけた話題を持ち出した。
「え、ええ…またリョウに迷惑かけちゃった。何とか自分で逃げ出そうと、
努力はしたんだけど…
私のトラップじゃ、まだまだだわ…」
ほぅとため息をつく香に、海坊主が声をかける。
「…いや、香は筋がいい。もっと勉強すれば、青は藍より出でて藍より青し…かもな」
「やだ、海坊主さんたら…私なんて、まだまだよ。これからも色々教えて下さいね?」



その声を打ち消すように勢い良くカウベルが鳴り、と同時に一匹の変態男がダイビングしてきた。
「やっほぉ~美っ樹ちゅわぁ~んっっっ♪リョウちゃんですよぉ~vvv」
「…噂をすれば影、だな」
と、香を除く全員の目が無言の会話をした。
一方、香は素早くハンマーを構え、変態男を撃退する体制をとっていた。
「こぉんのぉ~リョウ~ッ!!ビラ配りサボって、今までドコで何をしてたぁ~っっっ!!!」
「…な、何のことだ、香。俺はそんなコト…」
「うるさいっ!アンタのことはすべてお見通しよっ!!!」
今まさにハンマーを振り下ろそうとした瞬間、リョウは脱兎のごとく店を出た。
「ふぅ~んだ、この男女っ!自分が男にモテないからって、妬くんじゃねぇよ~だっ!」
「な、なんですってぇ~っ?!」
リョウの捨てゼリフに飲みかけのコーヒーの存在も忘れ、
香りは一目散に逃げるリョウを追いかけた。




カララン…とうるさいほど勢い良く鳴るカウベルがようやく静まり、
嵐という名の二人が立ち去った後の店で呆然とする四人。

「相変わらずな二人…ね。リョウったらあんなコト言って香さんを怒らせるけど、
ホントは誰よりも大切にしてるのよね。掌中の珠、ってヤツ?」

「そうそう。もう少し素直になってくれれば、香さんとも上手くいくのにね。
冴羽さん、天邪鬼だから…」

「…そうは言っても、香に何か遭った時のリョウは手がつけられんぞ。
もっともこの新宿、でヤツの逆鱗に触れようってバカなヤツがいるとも思えん…がな」

「でもあの二人、いつも喧嘩して…そしてすぐに仲直り。雨降って地固まる、ですよね?」
唯香の的を得たセリフに、一同は大きく頷いた。




END   2005.4.28