●ご褒美●



「たぁーらいまぁ~」

もつれる足で階段を上りきり、玄関に倒れるようになだれ込む。
アルコールで火照った頬に、フローリングのひんやりとした感触が心地よかった。
……と、パタパタと忙しないスリッパの音と、ブツブツと文句を言う呟きとが近づいて来る。



「もう…っ!!いったい何時だと思ってるのよっ!!」
久々の依頼で懐が潤い、桁数の増えた通帳をにんまりと見ていた笑顔はドコへやら。
腰に両手をついた、相変わらずの仁王立ちでのお出迎え。
とはいえ、いくら怒ったところで、どこか可愛らしく見えちまうのは……惚れた弱みと言うヤツか。
しかめっ面でこちらをにらむその顔を床から見上げ、こっそりと苦笑。
そしてその内心を覚られまいと、にへらぁ~とした酔っ払いの仮面を被る。



「まったく……なに、薄ら笑いしてるのよ。手間ばかり掛けさせて…いいかげんにしなさいっ?!」
ブツブツと文句を言いつつ、「うんせ…っ」と俺の腕を引っ張って。
何とか靴を脱がすところまでは出来たものの……。
目に見えた体重差に根負けして、そのまま「ぜいぜい」と座り込む。
怒りながらも、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのが嬉しくて……なおも酔客を装った。



「んん~……マコちゃんのお尻ぃ~v」
「バカタレ!!それは薬局の前にあったゾウだろうっ!!」
「ぐふふ~……ヒトミちゃんのおっぱい~v」
「それはケン●ッキーのオジサンだ、バカっ!!」
酔いの弾みで色々と持ち帰った腕の中の戦利品たちも、ポイポイと取り上げられて。
「……ったくぅ~……重っ!!」
と、どうにかこうにか、ジャケットを脱がせてくれた。



「んー……香ぃ~…。水ぅ~……」
「調子に乗るな、バカっ!!」
「いーだろーぉー?たまの仕事料が入った時くらい、大っぴらに飲ませろよなぁ~」
「たまに…なのは、アンタが仕事を選り好みするからでしょっ?!
それに、お酒なら毎日毎日、大っぴらに飲んでるじゃないっ!!」

ん、もう……っ!!と言いつつも額をピシャリと叩いて、キッチンへと姿を消した。



懐のあたたかさが少なからず影響しているのか、いつものようにハンマーが飛んでこない。
それを嬉しく思いつつ……ちょっぴり、淋しかったりして。
そんなことに苦笑してるうちに、やがてアルコールがゆっくりと回ってきて。
不覚にも、少しばかりうとうとしてきた。
……と、またも忙しないスリッパの音が聞こえてくるものの。
気だるげな身体を持て余し、それに受け答えするのも面倒になっちまった。



「ちょっ、ちょっとぉ……人に水、頼んどいて、それって何っ?!まったくもう……っ!!」
薄目を開けてそっと見やれば、コップを片手に、またもや仁王立ちの香。
けれどそれも束の間、直ぐに取って返して、部屋から毛布を持って来て。
冷え込む床に風邪を引かないようにと、ふわりと掛けてよこした。



「もう…珍しく真面目に仕事をしたから、今日は大目に見てあげるだけなんだからね?
今日だけ特別の、ご褒美なんだからねっ?!」

ぷうと頬をふくらませ、いたずら盛りの子供をしかる母親のような、困った怒り顔。
そしてその俺の脇に、トンと水の入ったコップを置いた。



「お水……ココ、置いとくわよ?」
そう言って踵を返し、そのまま自分の部屋へと立ち去るものと思いきや……。
何も喋らず、ただじっと、俺を見下ろしたまま。
「……………?」
いぶかしんで薄目を開けて、彼女の様子をそっと覗き見れば。
その唇に、ほのかな笑みが浮かんでいた。



「……………?」
その笑みの意味するところがわからなくて。
酔いの回って上手く働かない頭を、さらに悩ませるその俺の前に。
「……ん、っしょ……っ」
と香が跪いて、俺の顔を覗き込んできたので……慌てて固く目を閉じる。
俺の顔に降り注いでいた無機質な蛍光灯の光に、彼女の小さな頭が影を落とした。



「本当に……手が掛かって、どうしようもないバカなヤツだけど。でも……好きよ、リョウ……」
小さくか細く、優しげに囁く声。
そしてほのかな温度が次第に近づいて来て……俺の頬、唇の直ぐ脇のところに。
あたたかく、柔らかな何かが押し付けられた。



「…………………」
それが何なのかを確かめる間も無く、ついと離れて行くぬくもり。
あれは一体……と、酔って寝たフリをしながら、必死に装うポーカーフェイス。
そんな俺の心の葛藤を知る術も無く……香はすっくと立ち上がって。
そしてまた、どこか照れくさそうにパタパタと忙しない足音をたてて。
そのまま自室へと戻って行った。



彼女の部屋の扉がパタンと音をたてて閉じて、周囲から気配が消えて。
ゆっくりと目を開ければ……酔って幾度と無く見慣れた玄関口の天井と、無機質な光を放つ蛍光灯。
そしてその下で、ぼんやりと寝転ぶ俺。



「はは……これもご褒美……ってヤツ?」
オクテの香から仕掛けてきた、可愛らしいフェイントに驚いて。
瞬間、我を失ってしまった己に苦笑する。
「……まったく……やってくれるじゃねーか……」
くすりと笑って、指先でそれをそっと拭って。
ほのかに残る、柔らかなそのぬくもりの余韻を味わった。




END    2006.5.27