●花ふぶき●



春もベストシーズン。
仕事の区切りもついたから、たまには二人で息抜きしましょうと、私から誘った夜桜見物。
……なんて、名目は結局のトコロ、何でもいいの。
署の連中にも内緒な二人だから、誰にも邪魔されず、槇村と一緒にいられるのなら。
それだけで、その理由は何でもよかったの。



二人一緒に歩くのは目立つから、と、一足お先に退署したのは私の方。
警視庁の月とスッポンなんて、そんな陰口叩かれてるのは知ってるケド。
私は二人のコト、公にしてもよかったのに。
「娘を奪った男として、四六時中警視総監から睨まれたらたまらない」なんて、槇村が言うモンだから。
二人の仲は、まだ誰にも内緒。
「まぁ、そんな意固地なトコロが好きなんだけどね」
なんて、誰に語るでもなくポツリと呟いて、くすりと笑った。



待ち合わせは、新宿の外れにある穴場的スポット。
いつだか見回りの最中に見つけた公園なんだケド、
街中から外れた一角のせいか、街の名所たる新宿御苑に客足を奪われがちなせいか。
いつ見てもあまり人気がないのが幸いだった。



近くのデリカで簡単なおつまみを買い込んで、公園のベンチに腰を下ろす。
待ち合わせまでまだ少しあったので、手鏡を出して身嗜みの最終チェック。
いつも事件に追われて殺伐とした姿しか見せてないから、こんな時こそしっかりしたいと思うのが乙女心ってモノでしょ?
乱れた髪を手ぐしで整え、はがれかけてたルージュを派手にならないよう塗り直す。
見上げる桜と勝負する気なんて更々ないケド、好きな人には、いつだってきれいな自分を見て欲しいと思うもの。
当然……でしょ?



くすりと笑いながら手鏡をしまい、ゆっくりと夜の闇を纏い始めた空を見上げ。
このところの日和に満開となった桜の枝ぶりに、目を細めた。
でも、待てど暮らせど、待ち人・槇村秀幸は姿を見せず。
まだ弱冠の冷たさをまとう春の夜気に身体を震わせ、襟元のストールを深くした。
「帰り掛けに、誰かに用事でも言い付けられたのかな。要領悪いものね……ふふっ」
口元まで被ったストールの中で、くすりと忍び笑い。
今まで、こんなにも心惹かれる人はいなかったから。
こうして好きな人を待つ時間は、苦でも何でもなかったの。



風にはらはらと散り始めた花ふぶきに目をやっていたトコロ、ようやく槇村が息せき切ってやって来た。
「……すまんっ!!冴子」
走ってきたせいか、いつものよれよれのコートが、さらに着崩れ。
額に降り懸かった少し伸びかけの前髪が、汗でぺたりと張り付くのを、うるさそうにかきあげる。
そんなだらし無い姿まで好もしいんだから、惚れた弱みは何とやら……ね。
「お・そーいっ!!何分待ったと思ってるの?」
ホントはそんなコト、カケラも思っちゃいないクセに、強がって拗ねてみたり。
長女として何かと我慢と期待を強いられてきたせいか、こんな風に甘えを含んだワガママを言える相手の存在が限りなく嬉しくて。
そして……何だかちょっぴり、くすぐったくて。



「すまん……今日の桜、キャンセルにしてくれ」
「………え?」
見れば走って来ただけじゃない、何だか切羽詰まった顔をしてて。
「何か……あったの?」
「妹が……香が」
「香さん……?」
警察学校時代からの仲だから、彼の家庭のコトは聞いている。
お母様を早くに亡くされたコト、警察官だったお父様が殉職されたコト。
高校生の妹さんが一人いるケド、実は血の繋がりはないってコトも。
いくら同期とはいえ、込み入った家庭の事情まで明かすようなコトは稀。
だからココまで打ち明けてくれたってコトは、私のコト、少しは信頼してくれて……。
身近な者として、許されてるのかな……って。
そんなちょっとのコトが、たまらなく嬉しいの。でも……。



「香さん……どうかしたの?」
「あぁ。大家さんから署に電話があって、熱出して倒れたらしいんだ」
「まぁ……」
「普段は健康が服着てるようなヤツなんだが、時々無理して、イキナリぶっ倒れちまうんだ。無茶すんなとは言ってるんだが……」
苛立だしげに唇を噛むけど、その目に浮かぶのは心配の色。
心はもう、香さんの元に飛んでしまってるみたい。
「兄妹二人きりだろ?俺に迷惑掛けないようにしてるのがわかってるから、俺も強く言えないんだが……」
そう言って、キリと爪を噛む。
みっともないから止めようとしてるんだ……って、言ってたケド。
なかなか直らないそのクセが、香さん絡みだというのが、何だか胸にチクリと刺さった。



「……行ってあげて」
「冴……」
期待が大きかっただけに、多くを語れば涙がこぼれそうで。
すべてを言われる前に、言葉を重ねて打ち消した。
「大丈夫。私なら大丈夫だから。だから……帰ってあげて?」
心を隠した微笑みは、私の悪いクセ。
無理するコトはないのに、素直に言えばいいのに。
自分を隠し、その場を取り繕うために、精一杯の笑みを浮かべる。
誰に学んだワケじゃない。
長女に生まれ、周囲の期待に応えるべく。
生きていくのに必要だった身を守る術。
それを今、何もこの人の前で使わなくたっていいのにね……。



「……すまん」
心から申し訳なさそうに、頭を下げる。
嘘偽りなどない、心からの言葉。こんな人だから、好きになったのに。
こんなにも好きになった人なのに。私はこの人の一番にはなれないの。
「今度、必ず埋め合わせする。何かリクエスト、考えといてくれ」
そんな気遣いなんかいらないから、今日はずっと傍にいて……?
思わず口に出そうになった本音を押し止めて、また偽りの仮面を深く被る。
「いいから、ほら……早く帰ってあげなさい」
「……………」
笑顔で送り出そうとする私を、眼鏡の奥の瞳がじっと見つめる。
静かなそれは、けれど何かを探ろうとしている色で。
それに負けてしまわないように、その視線から逃れるように。
よれたコートの肩をくるりと返し、猫背の背中をぽんと押せば。
思いがけず背を押されたかたちとなった槇村が、そのまま数歩、よろけて行った。



「……じゃぁね」
最後の砦となる笑顔の仮面を顔いっぱいに貼付けて、手を振れば。
ついと振り返り、意外にも骨張った無骨な指を伸ばして私の髪をそっと掬い上げる。
頬に耳に、今しも触れそうな指先に、思わずぴくりと身体か震えた。
「桜………」
「………え?」
「ほら………花びらがついてた」
くすりと笑いながら、つまみあげたそれは、先程から風に吹かれてた桜の花びらの一枚で。
「あ………」
目の前に持ってこられたそれに、私は思わず、水を掬うように両手をお椀型にして。
そこへ槇村が、そっとそれを乗せた。



「花冠……とまではいかないが、似合ってたぜ?」
ヨソの男が言えば、そのクサさに呆れる程のセリフだけど。
槇村ほどお世辞の下手な人はいないし、そのはにかんだような照れ臭げな表情(かお)からして、嘘偽りなく言ってるのがわかる。
「……ありがとう」
受け取ったそれを捨てるのも忍びなくて、両手の中にぎゅっと閉じ込めれば。
「じゃぁ、今度……な」と言って、慌てたように走り去る。
その急ぎ方がまた癪に触ったケド、両手の中に残る花びらに視線を落として、ふっと微笑んだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「あ…………」
見上げれば、満開を迎えた桜が早くも散り急ぐように風に舞っている。
そのきれいな花ふぶきのスクリーンの向こう側から、一人の男がこちらへと、息せき切って向かって来た。
「……悪い……遅れた」
背を丸め、膝に手をつき、ぜいぜいと息を荒げる姿が珍しくて、思わずくすりと笑ってしまった。



「どうしたのよ、リョウ。そんなに息せき切って。あなたらしくないんじゃない?それに……香さん、は?」
呼ばれた男は額に張り付く前髪を忌ま忌ましげにかきあげて、じろりと漆黒の瞳でにらみを返した。
「……ったく……何だって俺がこんなコト……」
「………え?」
「悪いが、今日の花見はキャンセルだ。香のヤツが、熱出しちまってな」
「まぁ………」
「こないだから熱っぽそうな顔してたんだが、あのバカ、寝てろったって言うコト聞きゃしねぇ。
今朝も真っ赤な顔して弁当こしらえて……結局、ダウンしやがった」
「香さん、今日のお花見、楽しみにしてたものね」
今日はいつもの面々でお花見をしようというコトになって、仕事の関係で参加を危ぶんでた私もどうにか合流。
会場に行く前、ココで待ち合わせをしていたのだ。



「んで、せっかく作った弁当だから、せめてみんなで食ってくれ、とよ」
ほい、と手渡されたのは、かなり大きめのバスケット。
中を覗けば、彩りよい散らし寿司に、菜の花の白和えをはじめ。
唐揚げやらサラダやら、だし巻き卵やらがギッシリと。
まさに"これぞ花見弁当"という感じ。
「これだけ作るの……大変だったでしょう」
「あぁ。だるそうな身体してたから、しょうがなく昨日は買い物つきあってやれば、この有様だ。
……ったく、自分の身体の管理くらい出来んのかね、あのバカ」
そう言う口ぶりは至って忌ま忌ましそうなのに、その視線はチラチラと元来た方……
彼女が眠る、自宅アパートの方へとさまよって。
心配してる様子が手に取るように伝わってきた。



「……わかった、これは預かっとく。みんなには、そう伝えるわね」
「あぁ、よろしく頼むわ」
言うが早いが、踵を返して。
今にもまた駆け出して行きそうなその背中が、思い出したようにピタリと止まって、やおらこちらへと戻ってくる。
「……なぁに?忘れ物?」と、首を傾げる私の顔に、そっと指を伸ばし。
耳元の髪一筋を、そっとはらった。
「…………っ」
何気ないコトなのに、珍しく肌に触れたリョウの体温に、思わず胸がトクリと音をたてれば。」
「ほら……花びら」と、目の前に、無骨な指先で摘んだ一枚の桜の花びらを見せてよこした。
「……あ……」
あまりに突然のデジャ・ウ゛に驚きつつも、それが自然の習いのように、両手でお椀を作って受け止める。



「……あ、ありがとう」
どぎまぎしながら、形ばかりの礼を述べる私に、件の男はにやりと笑う。
「ふ……花びらが似合うなんて、一応お前も、女だったんだな」
「何ですって?!」
せっかく胸をときめかせたのも、一瞬で。
あまりな言い草に掴みかかろうとすれば、すんでのトコロで逃げられた。
「んじゃぁ、俺は口うるさいガキのお守りすっから、みんなで楽しんでこいよ」
そう言って、にやにやと楽しげな笑みを浮かべながら立ち去る後ろ姿は、どこか楽しそうで。
彼女の具合を気に掛けつつも、ホントは誰にも邪魔されるコトなく、二人でいられるコトが嬉しいみたい。



「まったく……あまのじゃくなんだから」
ぷぅとふくれつつ、見送る背中。
ひと昔前の"あの人"のそれとは大きさが違うケド、花びらの舞う中、それを切なく見送る私は同じ立場で。
その理由の大元たるのが、また同じ一人の女性であるコトに……苦い笑みがこぼれるのを止められず。
「結局香さんには、どうしたって負ける運命……なのかしら?」
勝ち負けがどうというワケじゃないけれど、二人の男の背を見送るのが、共に一人の女性によって……という偶然を、
偶然というコトバで片付けていいものかと、しばし考えてみたり。



とはいえ、どうこうなるものでもなく。
「でも……うだうだ考えたトコロで、何もはじまらないのよね」という結果に落ち着いた。
通りを行く車のミラー反射に眩しくて目を細めれば、麗らかな春の陽射しがいっぱいに降り注ぎ。
自然と心が和んでいく。
何だかもう、色々考えてたコトが、バカみたいになってきた。
「それに……天下無敵のリョウだって、どうしたってあなたには勝てないもの……ね?」
くすりと笑いながら愛用の手帳を開けば、パウチされた桜の花びら。
あの時の花びらは、槇村亡きあとも、いつも私の傍にいた。
「今までも、そしてこれからも、ずっと……ね」
栞代わりのそれに、軽いキスをひとつ落として。
リョウから受け取った花びらを、掌の上でふぅと吹き飛ばせば。
春の穏やかな風に乗って、それは他の花びらたちとともに、ビル街の奥へと飛んで行った。



それらを見送って、思い出したようにガードレールから腰をあげる。
「さて……と。せっかくの香さんの心づくし、大事にいただかなくちゃ」
愛情いっぱい詰まったバスケットをよいしょと握り直して。
ファルコンをはじめ、いつもの面々の待つお花見会場へと、花ふぶきの中、一人、歩き出した。





END   2010.4.14