●春の進展。●



年の瀬を迎えた頃、急に表沙汰になった、政界の重鎮がからむ一大スキャンダル。
年末年始を棒に振ってまで掘り込んでいったのに、さすがに相手が大きすぎたのか、最奥にまで入り込めなくて。
どうにも手の打ちようがなくなって、表立って動けない私たちに代わって裏を取るべくリョウに依頼したトコロ、
相変わらず素早く綿密な手の回しようで相手方のしっぽをつかみ、事件は無事に解決した。
その完璧とも言える手腕には、相変わらず舌を巻いてしまう。
下手をすれば、その筋にもつながるという代議士が、おかしな動きをしかねない……
だから香さんには内緒の仕事だったので、表立った依頼料を出すワケにもいかず。
それじゃぁと、久々にリョウを飲みに誘ったの。



「ねぇ……」
「……ん?」
何杯目だかのグラスを空にして、取り留めのない会話が途切れ。
マスターにおかわりをお願いする間、ふ……っと思つきが口を突いた。
「ねぇ……その後、香さんとどうなってるの?」
「……何が」
「だーかーらっ。もうヤッたのかヤッてないのかってコト!!」
「……ぶほっ!!げっほげほっ」
思いがけず、私にしてはストレートな表現で、自分でも驚いた。
それは一方のリョウも同じだったようで、あまりにあからさまな問い掛けに、
いつもならさらりと受け流す男が珍しく、口に含んだお酒を吹き出してむせていた。



「もう……やぁねぇ、急に吹いたりして。汚いじゃない」
「ばっ……お前がイキナリ変なコト言うから……っ」
「変なコト、なのかしら?」
「~っ!!お前には関係ないだろ。なに小姑みたいなコト言ってんだ」
「あら、小姑大歓迎よ?槇村亡き後、私は香さんの保護者だと思ってるんだから。
香さんのしあわせは槇村のしあわせ。槇村のしあわせは、私のしあわせですもの」
「……………」
差し出されたマティーニの、艶やかなオリーブの刺さったスティックを弄びつつ、それを相手の鼻先にくいと突き出した。
「そうね……あなたがそんなぐずぐずしてるんなら、こっちも考えなきゃだし?」
「……あん?」
マスターから差し出された彼気に入りのエクストラマティーニを、
気を落ち着かせるかのようにくいとあおり、そのままいぶかしげな視線をよこしてきた。



「警視庁には、将来有望な刑事がいっぱいいるってコト。
このまま花の盛りを無駄に過ごさせるつもりなら、お見合いさせるってのも、ひとつの手よね~」
「ふん……っ。誰があんな男女の相手なんか」
酔うに酔えないのか、マスターに空のグラスを差し出して、またエクストラマティーニを追加する。
「あら……自分の心に嘘ついてまでそんなコト言ってるのは、あなただけでしょ?はたからそんなコト、聞いたコトないもの」
「……………」
苦虫をかみつぶしたとは、まさにこのことかと、そう思わせる表情(かお)をするリョウに、ちょっぴり良心がとがめたり。
とはいえ、珍しくここまで攻め立ててやったんだから、と。
もう少しくらい掘り進んでもいいかなと、思ったり。



「……じゃぁ香さんがその気なら、お見合いさせてもいいのね?」
「……あいつは俺のパートナーだ。勝手なまねはするな」
「パートナー、パートナー、パートナー……。いったいその言葉の裏に、どれだけのものを隠してるのかしら。
そもそもパートナーって、何のパートナーなの?」
「それは……」
「仕事の、だなんて言い逃れは、やめちょうだい。
悪いケド、あなたほどの男なら、香さん以上の腕を持つ相手なんて、より取り見取りでしょ」
ずばりと核心を突けば、漆黒の瞳が忌ま忌ましげに歪み。
そのくせ、そのままにらみつけてくだけの意志もなくて……ふいに視線を落とした。



「俺のパートナーは……あいつだけだ。仕事だけじゃない……いろんな意味で、"俺のパートナー"だ」
「………………」
「お前が何しようが、他のやつらがどう言おうが……この先なにがあろうと、あいつ以外のパートナーを持つ気はない」
眉間に刻まれた皺は殊更深く、グラスに添えられたオリーブをぎりと噛み締めて、その勢いのままグラスをあおる。
「お前らにいらん横槍される筋合いはない。これは……これは俺と、俺と香の問題だ」
「……俺と香、じゃぁなくて、"俺"だけの問題な気もするけど……?」
ちらりと視線を投げ掛ければ、どうやらこの朴念仁なあまのじゃくにも、少しは自覚があるようで。
そんなコト言われなくてもわかってるとばかりに、忌ま忌ましげな目でにらまれた。



そして珍しく懐から出した数枚の紙幣をグラスの横に置き、やおら腰をあげて背中を向けた。
「ねぇ……っ!!きっちり仕事してくれたんだから、今日は私の奢りよ?」
いつもツケで済ませるばかりの男が珍しく残していった紙幣を、受けていいのかと躊躇するマスターに苦笑しながら、そう言えば。
「……いい。ンな厄介な話しした後でお前に奢られるなんざ、また面倒なコトになりかねんからな」
ふんと鼻息荒く捨て台詞を残した男の大きな背中が、年月を経ていい色を出したオークの扉の向こうに消えた。



「ふぅ……ん?厄介な話しって自覚はあるワケね」
期待通りの言葉じゃなかったケド、多少のはぐらかしはあったとしても。
いつもは笑って逃げるばかりの男が、珍しく己の心の内を語るなんて……ちょっぴり意外で、驚いた。
まだまだ手間隙かかりそうだケド、少しはいい方向へと……長年待ち望んでいた、よい結果へと進んでいるのかもしれない。
「そこまで言うんなら、その覚悟のほどとやらを、しっかりと見せてもらうわよ……?」
霧に閉ざされていたままだったその心を、ようやく垣間見せてきたあまのじゃくな男に幸あれと。
主を無くした空のグラスに、自分のそれをカチリと合わせた。




END    2016.1.16