●初恋●



カラララン……。

風に舞う花ふぶきに目を細め、耳に心地よいカウベルを鳴らしながら店に入れば、この店にしては珍しく満席で。
ぽつんと空いたカウンター席に腰を下ろせば、隣にはもはや常連とも言えるマイスイート・カオリと、
リョウいわく、"かかわらない方が身のためだ"というトコロのミス・サエコが、楽しそうに並んで話しをしていた。
「やぁ、何の話しだい?」
「あら、ミック。たいしたコトじゃないのよ。初恋について、ちょっと……ね」
「初恋……?」


話しのそもそもの発端はわからないが、何やら女二人、
それぞれの初恋……first loveについて、話しをしてたらしい。
「じゃぁ冴子さんの初恋は、小学生の時の担任の先生なんだ」
敬愛する亡き兄ではなかったコトがいささか不満だったのか、カオリは少し曇り顔。
そんな顔さえキユートで、思わず苦笑した。
「しょうがないよ、カオリ。だっていくら何だって、お兄さん相手に初恋だったら遅すぎだろ?」
「ん~……それもそうよね」
「ごめんなさいね?香さん。でも、今でも槇村以上の男は、いないわよ?」
すまなそうに苦い笑みをこぼすサエコに、カオリは嬉しそうに、花のようににこりと微笑んだ。


「じゃぁ、カオリの初恋は?リョウなんだろ?」
「え……えぇ、まぁ……」
急にお鉢が回って来て驚いたのか、大きな瞳を見開いて、咲き初めの桜のように、ほんのりと頬を染める。
昔聞いた、リョウとカオリの、初めての出会い……。
それは確かに最悪だったろうが、こうして二人、今に至るきっかけとなったんだから……
やっぱりそれは、どこか運命めいたモノだったんだろうな。
悔しいコトに、オレとは繋がってなかった、赤い糸。
彼女の小指の先に結ばれているであろう"それ"の先に、"あの"悪友がいたコトは……返す返すも、残念だった。


「へぇ~……。香さんらしいわね。それじゃ、リョウの方はどうなのかしら?」
「リョウは……」
言葉にしがたい幼年時代をへてきたヤツに、初恋なんて甘酸っぱい思い出があるとも思えず。
それを知ってるカオリが瞬時、口ごもったのをきっかけに、合いの手を出してやった。
「うへぇ~。リョウに初恋なんて、似合わないねぇ。
ん~……でも聞いたトコロじゃ、ゲリラ時代にも数々の浮名を流したらしいな」
わかっちゃいたコトだろうが、カオリの柳眉が切なそうに歪む。
マズイ、マズイ。
助け舟を出すつもりが、ますますカオリを追い詰めちまった……と、慌てて話しの矛先を変えた。


「あ~……でもまぁ、そいつに気持ちが付き添ってたワケじゃないだろうしね。
男ってのは、どうしようもない生き物で、さ。
あくまで身体が求める欲求……単なる、脱・チェリー。
日本で言うトコロの、筆おろしってヤツだったんじゃないか?」
「脱・チェ……?筆……?」
意味がわからないと首を傾げるカオリがかわいくて、となりに座るサエコまでが、肩を揺らしてくすくす笑い。
耳聡いファルコンがカウンターの向こうでボンッと頭から湯気を出し、それを見たミキが、やれやれと苦笑していた。
オレとしても、これ以上あからさまな説明でカオリを追い詰めてもかわいそうで、どうしたもんかと苦笑するばかり。
そしてそれを察知したサエコがそっと耳打ちすれば、カオリは見る間に、耳まで真っ赤になって。
「わ……私、ちょっとトイレ……っ///」
と、慌てて席を立っていった。


「あんなに真っ赤になって……。ん~カオリは変わらず、キユートだねー」

「……あなた、まだカオリさんを?」
去っていく後姿を目で追いつ、ほのとした残り香にうっとりと目を細めれば、
ジロリ、と、音がする程の鋭い視線を向けられて。
ホールドアウト、何等やましい心は持ちません、と、慌てて両手をあげた。
「日本だって、同じだろ?初恋は実らぬもの、ってね」
報われなかった想いをそっと胸にしまい込みながら、肩を竦めて。
そういえば……と、話しを続けた。
「……あぁ。初恋同士が実ったって、珍しい例があるな」
「……?」
「あの二人だよ。カオリの初恋は紛れも無くリョウだろ?リョウの"それ"は、身体ばかりのそいつだったから、気持ち的には……」
「香、さん……?」
「多分……ね。いやぁ~あるトコロにはあるモンだね~(笑)」


「ふふ……っ。知らぬは当人たちばかりってコトね?」
愛用のナイフのように鋭く射抜くような瞳が、きょとんと見開いて。
そのままきれいな細い指先を口元に置き、鈴を転がしたように、くすくすと笑う。
さらと揺れたきれいな髪からは、どこで貰ってきたのか、桜の花びらがはらりと落ちた。
花びらも、彼女の魅力に惹かれてたどり着いたのかな……なんて、らしくもなくメルヘンチックなコトを思ったり。
日頃の妖艶さから、ふいに幼い少女のような魅力を垣間見せたその笑みに、思わず食指が動くのを止められず。
カウンターに置かれた白い指先に、そっと手を添えた。


「……サエコ?ヒデユキには敵わないだろうが、初恋のティーチャーよりは、キミを愛せると思うよ?
どうだろう、今晩、一緒にディナーなんて……」
リョウと競うようにあまたの女性をとろけさせた甘い瞳で見つめてみたが、無下にもすぐさま、ピシャリと叩かれた。
「冗談は顔だけにしてちょうだい?そのオイタ、奥様に知らせないだけ、ありがたく思うコトね」
そう言って、人の鼻先にきれいに塗りあげた爪をピッと添えて、立ち上がり。
ミキに片手をあげて挨拶するや、店を出ていった。


日本女性はヤマトナデシコと聞いてたが……どうしてどうして。
オレの回りに集うのは、カオリにカズエ、ミキにサエコにと、ことごとくそのイメージとは対照的。
……ま、それぞれ魅力的だから、いいんだけどね。(苦笑)
叩かれた右手に、ふぅふぅと息を吹き掛けてくすりと笑えば。
サングラスの奥から呆れたような視線をよこすファルコンの頭に、窓から降り注ぐ春のおだやかな日差しがきらめいていた。





END    2011.4.19