●星まつり●



二日酔いの残る重苦しい身体を引きずるようにリビングに下りれば、
そこには何やらの紙屑が山と築かれていて。

そしてそれらに囲まれるように、紙屑の中央に、香がペタンと腰を下ろしていた。



「おまぁ…何やってんの…?」
「あ、リョウ、おそよう。いいかげん、もう夕方よ?いったいいつまで寝れば、気が済むのかしら?」
軽く頭痛の残る頭に、キャンキャンとした香の声が響き。
それだけはやめてくれ…と、俺はこめかみを押さえた。



「あぁ…反省してるよ。んで…これはいったい、何の騒ぎだ…?」
反省…どうだかアヤシイもんだわと、ブツブツと文句を言いながら、香は件の紙屑を手に取った。
「ほら、今日は7月7日、七夕でしょ?だから七夕飾りを作ってるの」
香の手には、様々な色で作られた数々の短冊。
白や水色の色紙は飾り切りされ、天の川を模し。
ピンクや黄色の紙では、提灯が作られ。
そして金や銀の紙は、きれいに星型に切り取られていた。



「まぁ、相変わらずマメなこと…。ん、で…?肝心の笹は、どーすんだ?」
「あ、それはね、大丈夫なの。美樹さんトコの常連さんで、竹林を持ってる人がいてね。
それで今度、そこを少し整理するっていうんで、伐採した竹の先っちょ少ぉ~し、いただくことになってるの」
「ほぅ…」
「夕方頃に海坊主さんが持って来てくれることになってるから…そろそろ、来るんじゃないかしら…」
「海坊主が…ねぇ…」



巨大な熊かゴリラを連想させる、悪友・海坊主。
アイツが笹を背負ってくる…?
ぶっ…ぶふふっ!!
それはさぞかし、見モノだろう。
新宿中の情報屋に連絡して、そのベストショットをぜひとも納めてもらおうじゃないか。
そして後で、さんざんに苛めてやろうっ!!



「…何、笑ってんのよ…」
「…ん~?別にぃ~?」
飾りを手に一人ほくそ笑む俺に、香が怪訝な視線をよこす。
…と、その手が一枚の短冊とペンを差し出した。



「ハイ。リョウも一枚、書いて?」
「…んぁ?」
「願い事…よ。リョウだって何かひとつくらい、願い事、あるでしょ?」
キラキラと子供のように、大きな瞳を輝かせる香。
その瞳に吸い込まれそうにな自分を、やっとのことで押し止め、
ニコリと笑う香の鼻先をピンと弾き、ふふ…んと、笑ってみせる。
「ふ…ん。願い事なんてのは、な。願うより実力行使して手に入れるもんなんだよ!!」
「いったぁ~いっ!!何よぉー大人ぶっちゃって。でもこの際、何かひとつでもいいからさ、ね…?」
鼻先を押さえ、文句を返しつつ。
それでもズイと、短冊をよこしてくる香。
「しかたねぇなぁ…」と、しばし考え、「うん、コレコレ♪」と、ひとつの「願い事」を、短冊に認めた。



「ホイ。これでイイだろ?」
ポイと投げた短冊を手にとって一読するや、香の表情が見る見るうちに変わる。
「ちょっ…ちょっと、リョウ!!何よ、コレ。“世界中の美女ともっこり♪”?!アンタ、こんな時まで…っ!!」
「だってぇ~…“何でもイイから”って言ったのは、お前じゃん♪」
そう答えれば般若のような顔でにらみつけ、今まさに噛み付こうとする香をサラリとかわす。
そして未だ怒り心頭の香に「じゃぁな♪」と捨てゼリフを残して、サッサと街に繰り出した。



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ナンパが失敗続きでリベンジを繰り返していたら…いつものメシの時間より、遥かに遅くなってしまった。
さぞかし香が怒っているだろうとリビングを覗けば、そこには誰の姿も無く。
同じく誰もいないキッチンには、俺の夕食の取り置きすらも見えなかった。
「あちゃぁ~…まだ怒ってんのか?ひょっとしてひょっとすると、今晩はメシ抜きかよぉぉぉ…」
せめてビールでもと、頭を抱えながら冷蔵庫を開ける。
そして中にあった枝豆を摘まみ、缶ビールのプルトップを起してグビリと一口飲んだ。
蒸し暑い外気に晒されてすっかり参っていた体が、内側から冷やされていくのを感じる。
そのままグビグビと飲み歩きながら自室に戻ろうとして…屋上に、香の気配を感じた。



キィ…と音を立てて鉄製の分厚い扉を開けると。
屋上の一角…新宿の象徴たる派手やかなネオンが一番届かない、影になったところ…に、香はいた。
どこから引っ張り出したのか、竹製の縁台の上におにぎりやら枝豆やら、唐揚げなどが置かれている。
そしてその縁台に座り、美味そうに缶ビールを飲む香の姿に…俺は、目を奪われた。



香は普段から気にしていた短いクセ毛を上手にまとめ上げ…浴衣を着ていた。
紺地に白や淡いブルーのぼかしで、スッキリとした桔梗が描かれたそれは、
香の白い肌を見事なまでに引き立てていた。

そして縁台に座り、まるで子供のように下駄の足をブラブラと振っている。
そのくせ、乱れる裾から時折覗く、白い脹脛はすんなりと伸びていて…俺の目は釘付けになった。



「あ、リョウ。おかえり~」
「お、おぅ…」
気配に気付いたのか、香がこちらに顔を向けた。

そしてようやく放心状態から脱した俺は、それを気取られないようにと、
いつもの素振りで縁台に近づいた。




「ねぇ、見て見て?きれいに出来たでしょ~♪」
「ん…?あぁ、すげぇな」
見れば屋上の手すりに、一般家庭にしてはやけにデカイ笹がしっかりと結わえ付けられていて。
そして昼間、香が喜々として作っていた七夕の飾りが、これでもかと飾り付けられていた。
香の浴衣姿に見とれ、香にそれと言われるまで笹の存在に気がつかなかったとは…。
我ながら、不覚だった…。



「大変だったのよ?一人で飾り付けるのは…」
リョウがいなかったから…と、後に続く台詞を飲み込んで、ぷうとふくれる顔は幼い子供のようで。
それでいて、まとめ上げられずにほつれた髪の幾筋かが項に落ちて、風に揺れる様や。
すんなりとのびた首筋から下りた胸のふくらみが、帯に締められて、
いつもよりその存在を誇示しているのとか。

袖口から覗く白い手首が、折れてしまいそうな細さだとか…。
それらはすでに、大人のオンナとしての「それ」だった



「ホラ、ここんトコは手が届かなくって…大変だったのよ…?」
…と、笹のてっぺんの飾りにひょいと手を伸ばした時…
八つ口からかすかに見えた白い脇腹や胸のふくらみに、思わず理性が飛びそうになる。

そしてその細い体を、後ろから抱きすくめてしまおうかという衝動の最中…香がふいに、振り返った。



「あ、ねぇ。今日の夕食、ココで食べてるんだけど…リョウもそれで、イイ…?」
大きな瞳をキョンとさせた表情に、腰に回しかけた手を慌てて引き戻す。
そして何食わぬ顔を装って、「あ、あぁ…」と返した。
「じゃぁ用意してくるから、ちょっと待っててね~」
カラコロと下駄をかき鳴らし、裾をひるがえし。
階下へと続く階段を下りる後姿を、じっと見つめる。
めったに見ないモンを拝ませてもらって、俺としたことが…と、苦笑いがこぼれた。



ポツンと一人取り残されて、気分を変えようと香の会心の飾りつけを見ていく。
色とりどりの短冊には、ご丁寧にもひとつひとつ、キチンと願い事が書かれていた。



一番上に飾られた短冊には、“仕事が来ますようにっ!!”。
目の前にぶら下がってるのは、“宝くじ当たれ”。
その後ろには、“目指せ、マイナス3キロ!!”
細く長い枝先にあるのは、“温泉行きたい”。
そのまた向こうには、“美味しいもの食べたい”。
ピンと上を向いた枝先には、“リョウのもっこり無くなれ!!”。
…と、どれもこれも香らしい願い事に、思わず笑ってしまう。




…と、一番下に結わえ付けられていた短冊が目に入った。
「世界中の美女ともっこり♪…って、俺の、か。一番下、ねぇ…。ひっでぇ仕打ち…」
くすくすと笑いながら、その横に、まるで寄り添うように並べて結わえられていた短冊をひっくり返す。
短冊の大きさに見合わないほどの小さな字で書かれた、たった一行の願い事…。



“リョウと、ずっとずっと、一緒にいられますように…”



ただの薄っぺらな紙なのに、触れる指先からほんのりと熱が伝わってくる。
「…こういうのは一番上に飾んねぇと、願いが叶わないんじゃなかったっけか…」
その願いのいじらしさと、控え目に、一番下に飾り付けたその心根にくすりと笑って。
穂先に結わえられた糸を、そっと解く。
そしてヒョイと腕を伸ばし、笹の一番上…“仕事が来ますようにっ!!”の短冊より、さらに上へと結わえ直した。
場所を変えた短冊に…アイツは気付くだろうか。
そして、どんな顔をするだろうか…。



「まぁ、気付かなくてもイイんだけど…さ…」
照れくさくなって、頭をガシガシとかく。
屋上へと続く階段から、カラコロと下駄の音が聞こえてきた。
「今日は我が家の織姫と星まつり…か…」
タバコを咥え、火をつけて。
目を閉じて、近づく下駄の音に耳を済ませた。




END    2005.7.5