●星を見上げて●



「2・3日で帰ってくっから」
そう言ってリョウは、一人で仕事に行った。
奥多摩でのあの約束以来、そのすべてではないけれど、リョウは裏の仕事について隠さないようになった。
ドコへ何しに、とまでは言わないけど。
どのくらい留守にする、とは伝えてくれる。
それだけでも、帰りがいつになるのかわからず不安な毎日を送っていた今までに比べれば、
精神面ではかなり楽になるというもので。
私の杞憂も、少しは軽くなったの。



約束の日から、今日で3日目。
折りしも今日は七夕で、織姫と彦星になぞらえるわけじゃないけれど。
離れ離れになってた二人が再会するにはピッタリね…と、一人、思わず微笑んでしまう。
そんなことを考えながら、出掛ける前、渋るリョウをなだめながら二人で準備した七夕飾りに目を細めた。



「……来ない……」
日が暮れて、夜になっても何ら音沙汰なくて。
信じてないワケじゃぁないけど、なんだか不安になってしまう。
約束の、3日目の今日。リョウ……?
何かあったの……?
何も出来ないままに、不安は募るばかり。
屋上に出て、都会のネオンに紛れつつ、かろうじて見える織姫と彦星に目をやった。



トゥルルル……


ふいにポケットの携帯電話が鳴り出して、慌てて取り出し。
相手も確認しないままに、息せき切って叫んでしまった。
「……リョウ?!ドコにいるのっ?!大丈夫…っ?!」
その剣幕に苦笑したのか、私の心配をヨソに、「ふっ…」と小さな笑い声。
そして「大丈夫だ…悪かったな、心配させて」と、大好きな低い声が甘く響いた。
「ヤツら、思ったよりヤンチャでさ。ちぃーっと手こずっちまったが、大丈夫。カタぁつけたし、ケガもしてねぇよ」
私の不安をなだめるように、ゆっくりと言葉を紡いでくれる。
そのやさしい気遣いが、無性に愛おしかった。



「悪かったな。今日には帰るっつったのに、約束、守れなくて」
「ううん……リョウが無事なら、それでいいの」
相手の顔が見えないせいか、普段なら照れくさくて言えない、ウソ偽りのない心の内が言葉に出来た。
リョウからは何の返事もないけれど、携帯電話の向こうで、きっと目を細めて笑ってる……。
そんな気がした。



「今日は七夕だったな。お前……今、ドコ?」
「え……?屋上だけど?」
「じゃぁ、どうにか織姫と彦星、見えてるだろ」
「うん。ネオンに負けちゃいそうだけどね」
天下の新宿なのにスゴイよねと、ちょっと自慢げにくすりと笑えば。
「そうか。こっちはちょいと山ン中だから、満天の星空だ。織姫や彦星どころか、天の川までバッチリだぜ?」
「えーっ?!ずるぅーいっ!!」
ハハハと楽しげに笑う声。
その声に、どこもケガしてなさそうだと確信した。
パートナーとしては、まだまだ足手まといだけど。
リョウの具合は、いくら隠したって。
声を聞いただけでわかっちゃうのよね。



「元気そうでよかった……」
「………あぁ」
たった2・3日のコトなのに、聞きなれた低い声を耳にして、心が穏やかになっていく。
そして気づけば視界が揺らぎ。
星々もブレて、二重に見えてきた。
慌ててスンと鼻をすすれば、受話口がら、困ったような笑い声が聞こえてきた。
「明日には帰っから……。七夕飾り、そのままにしとけよ」
「………うん」
「明日も晴れるみたいだから、屋上で星、見上げながら、ビールでも飲もうぜ」
「うん………っ!!」
私がリョウのコトわかるように、リョウにも私のコトなんて、お見通し。
でも、その悔しさが嬉しいなんて……ふふっ。ちょっぴり変よね?



「じゃぁな。腹出して寝るんじゃねぇーぞ」
「ふぅーんだっ!!子供じゃないですよぉーだっ!!」
送話口に向かって、イーとしてやれば。
「はっはっは……」と、楽しそうな笑い声を残して電話が切れた。
その高らかな余韻を楽しみながら、パタンと携帯電話を閉じて、空を見上げれば。
眠らない街・新宿のネオンの中、懸命に輝き続ける星々がやさしく私を照らしていた。



「そうよね……。空は続いてるんだもん。リョウも同じ星たちを見てるの。
この空の向こう…ちょぴり離れたトコだけど…ね」
それまでの不安を打ち消すように、うーんと元気よく伸びをして。
明日、リョウと二人で。
一日遅れの七夕で星々を眺めるコトを胸に描いて。
口元に笑みを上らせながら、ゆっくりと屋上を後にした。





END   2010.7.7