●犬も食わない何とやら。●



押して押されてと賑わう祭の人込みの中、視界の端に、
頭ひとつ抜きん出てる背の高いカップルが目についたと思ってたら、片手をあげながらにこやかに声をかけられた。
「よう、今年も盛況のようだな」



人波にもまれ、眉間に少しシワを寄せながら近寄って来たリョウさんは、 それでもしっかりと香さんと腕を組み、祭で賑わう周囲の人々に目を走らせる。 その瞳にさほど鋭いものがないのは、周囲の堅気のお客さんに迷惑をかける、騒がしいやんちゃなヤツらがいないって証拠で。 この祭が今年も穏やかに、恙無く進んでいることを意味していた。 「ありがとうございます。おかげさんで今年もいい感じですよ。どうです、ビールでも?」 後ろに控える若いのに軽く顎をあげてやれば、 ビールサーバーの横にいたのが、心得たとばかり、紙コップを手に腰を上げかけた。



「……いや、またあとでな。大丈夫だと思うが、もう少しこのあたり見回っておくよ。 それに今は、このうるさいのに、がっちりと捕まってるから、せっかくの旨いビールもまずくなっちまうしな」 そう言って、軽く手をあげて若いもんの動きを制するリョウさんが、肩をすくませながら、傍らにいる香さんに目をくれた。 「……あら、何言ってんの。手を離したとたん、すぐにふらふらと。 夜の蝶々を探して、どこかに行っちゃうんでしょ。 私はあんたがみんなに迷惑かけないように、しっかりガードしてあげてるんですっ」 祭屋台の光源にあてられて、少し赤みを帯びた頬をぷぅとふくらませる香さんは、えらく子供っぽくてかわいらしく。 ちょっぴりしかめた眉の下にのぞく茶色い瞳は、そのままずっと見つめられたいと思うほど、印象的で。 そのくせ、腰に手をあてながら軽く仁王立ちして、ミニスカートからすらりと伸びる細い脚はえらく魅惑的で……。 思わず視線を留めていた俺に、刺すようなリョウさんの視線が降り掛かって。 鋭い刃物の切っ先にも似たその視線に、身の潔白を晴らすように、慌ててぷるぷると首を振った。



「……ふん。こちとらお子しゃまな香ちゃんが人込みン中で迷子にならないように、ちゃぁ~んとみてやってるんだよ」 「へぇ~?それはどうもお世話さまっ!!私なら大丈夫だから、どうぞ離して下さいなっ」 「ばぁ~か。この人込みン中で迷子探しなんて、見つかるワケねぇだろ。誰がそんな大変なコトするかっての」 あぁだこうだと言いながら、互いにその手を離そうとはしない二人にあてられる。 互いが互いを想いあってるコトなんて、新宿のみんなが周知の事実なのに。 当の本人であるこの二人は、その事実を一向に認める気は無いらしく……。 もう朝晩はかなり冷え込んできたってのに、どうしてどうして、この二人のまわりは真夏のように暑いのか。 「じゃぁな、後でまた寄るわ」 「じゃぁね~♪」 今までのやり取りが嘘のように、にこやかに腕組みしながら人込みへと消えていく。 周囲の祭屋台のみんなが、いいかげん、どうにかならんのかね、と。 寄り添うように消えて行く、背の高いカップルのその後ろ姿を、肩をすくめ、苦笑しながら見送った。 END    2015.11.5