●アイロンかけの受難●



あたたかな陽射しの中の、アイロン掛け。
お日さまの匂いをいっぱいに含んだ洗濯物たちは、見てるだけで幸せいっぱい。
そのしわしわの姿さえ、無防備で愛おしくてたまらない。
でも、やっぱりきれいにしてあげないと、だよね。
そんなコトを考えながらくすりと笑って、心地よい風が吹き込むのを感じながら、
リビングのテーブルに置いたアイロンにスイッチを入れた。



シューッというスチーム音を合図に、まずはハンカチやらの小物類を。
よれた皺がピンと張る気持ちよさは、見ていて何とも言えない感じ。
続いて大物たちをと、アイロン台の上に広げてく。
リョウはとある企業に潜入捜査中だから、必然的にYシャツがいっぱい。
ヤツのクローゼットの中身まで把握してるワケじゃないケド、あれで案外お洒落なの。
細かなピンストライプのものや、タブカラー、シンプルなドレスシャツなど、そのバリエーションは幅広く。
いったいドコにあったのやらと思う程だケド、いつ何時、仕事で使うかわからないから、数あるのに越したコトはない。
でも……そのやけに目立つ長身がスーツをまとった姿は、悔しいケドサマになり過ぎ。
それを華やかなOLさんたちの目にさらしてるのかと思うと、知らず、胸がチクリと痛んだ。
「いくら悩んだトコロで、仕事だもんね」ふぅとため息。
それも今日明日でカタがつくと言われてるし、こんな杞憂ともサヨナラだと思えば、肩の荷も下りていった。



それにしても、リョウって大きい。
常に隣にいて、その背格好は見慣れてるハズなのに。
こうしてシャツを広げてみただけでも、その大きさが見て取れる。
人より幾分長身の私より、頭ひとつ抜きん出てるんだから。
世の女の子たちから見れば、それだけでかなりのモノなハズ。
一昔前の三高とかじゃないケド、あの長身は魅力よね。
あれで結構物知りだし、黙っていればそれなりの整った顔立ち。
そしてその口から歯に衣着せぬ甘いコトバを吐かれた日には……すべての女の子たちは、ヤツにイチコロ。
その相乗効果を知っててやってるようだから、余計に腹が立ってしかたないの。



「まったくもう……困ったヤツなんだから」
持ち主のおでこに見立てた広いそれをピンと弾けば、瞬間、小さなシワが走って消えた。
ふふ……やっぱりYシャツは、こうでなくちゃ。
「それにしても、大きい……」
最後の一枚にアイロンを掛け終え、コンセントを抜き。熱が冷める間にと畳み掛けて、思わず手を止め、見惚れてしまう。
そして誰もいないのをいいコトにふわりとシャツを羽織り、一回転。
「うっわ、だぶだぶだわ」裾は膝頭をかすめる程で、袖口は三つ折りくらい出来そう。
「ふふ……ちょっとしたワンピースって感じよね」くるくる回れば、ひるがえる裾先。
その洗いたての柔らかさと、お日さまの匂いをたっぷり含んだ心地よさが何とも言えず、幸せな気分にさせてくれる。
ひととおり回り終えたトコロで、あまりに子供じみてたかな、と。
誰が見てたワケでもないのに、ちょっぴり苦笑。
ふぅと一息ついてしゃがみ込み、ゆっくりと日の傾き始めたカーテンの向こうを見ている内に、まぶたが自然と閉じていった。



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「帰ったぞー……って、香ぃ?いないのかぁ?」
玄関の扉がガチャリと閉まり、遠慮もなくドスドスと床を響かせる足音に目が覚めた。
周囲を見回せば、すでに日はとっぷりと暮れて。
開けっ放しだったベランダからは、昼間よりはまだ幾分の冷たさを孕んだ風が吹き込んでいた。
「いっけない、いつの間にか寝ちゃったんだ……」
時計を見れば、飲み歩きばかりのヤツにしては珍しく早いご帰還。
いつもは困らせてばかりなのに、
こんな時に限って早く帰ってくるなんて、間が悪いったらありゃしない。
ふぅとため息をつくものの、声の主は返事を求め、どんどんこちらへと近付いてきた。



「おーい、香ぃ?」
「はーい。ごめんね?ちょっとうたた寝しちゃって、夕食、まだなのよ。
すぐ支度するから、悪いケドしばらくテレビでも見て……」
そう言いながらリビングを出れば、向こうから来たリョウと廊下でご対面。
とたん、リョウの表情(かお)が一変した。
「香……おま……っ?」
「……へっ……?」
目をぱちくりとしばたくリョウの視線をたどって己を見れば、先程のアイロン掛けの、そのままに。
リョウのシャツを羽織ったままなのに気がついた。
アイロンが発するスチームの熱とこのトコロの暑さを考慮して、ショートパンツにキャミソールという格好をしていただけに。
ワンピースとも見紛うぶかぶかのシャツを羽織った姿は、まるで素肌にシャツ一枚だけにしか見えなくて…。



「……ちっ、違うのよ、リョウ。これはちょっと、ほつれがあったから確認を……」
慌てて言い訳してみるものの、時すでに遅く。
リョウの目の色が獲物を狩る、野生動物のそれになる。
じりと迫られ、じりと退くが、すぐに壁へと追い詰められて。
こんな危機的状況なのに、ネクタイに指を掛けて緩める様が色っぽい……なんて思っちゃうんだから、私ったらしかたない。
「リョウちゃん、お腹ペコペコなの。いっただきまぁ~すっ!!」
「いやぁ~………っ!!」
せっかくのスーツ姿も台なしの、口元にヨダレを垂らした、だらし無い男に襲われて。
必死にあがいたトコロで逃げられるハズもなく、結局男の部屋に拉致監禁。
ようやく解放されたのは、前日にアイロン掛けをしたのと同じ頃だった。
もう……もう二度と、リョウのシャツにアイロンなんか掛けてやらないんだからっっっ!!!///





END   2010.5.14