●除夜の鐘に思うコト●



「たぁらいまぁ~」と、下手に心配させるよりかはと思い、明るい調子で帰りを告げれば。
"おかえり"の返事もそこそこに、上から下まで。
それこそ、頭のてっぺんから爪先に至るまで、キッチンから飛び出してきた香大明神さまの総チェック。
そしてたいした傷もないコトがわかるや否や、ほぅと一息、安堵のため息をこぼし。
「さぁ、とっととお風呂入ってらっしゃい」と、生い立てられた。



埃にまみれた服は洗濯機に放り込み、ザブリと熱い掛け湯のあと、石鹸を泡立ててゴシゴシと身体をこすれば。
ポロポロと、あとからあとから玉のような垢がこぼれ落ちて苦笑する。
続いてシャンプーとともにジャリジャリとした砂の感触を洗い流し、ようやくひとごこちがついた。
ザブンと湯舟につかれば、「ふぅ~」と、我知らず吐息が漏れ出て。
少し熱いくらいの湯がチクチクと肌を突き刺すのが心地よくなった頃には、身体の芯からじんわりとあったまってきた。
日本人でよかったと、しみじみ感じる一瞬だ。



クリスマスまでは例年通り、のらりくらりの冴羽商事だったのだが、この年末、年の瀬に、急に仕事が舞い込んで。
すったもんだの遺産争いにカタをつけ、依頼人のジーさまを、関東近県の山麓にある別邸へと送ってきたトコロ。
これがまた、野趣あふれると言やぁカッコはいいが、平たく言やぁ、えらい山ン中で。
ご覧の通りの、散々たる有様だった。
でもまぁ、特に身の危険をさらされるようなモンじゃぁなかったし。
今年も色々あったが、どうにか一年を無事に終えられるな、と。
熱い湯につかり、何の危険に身を研ぎ澄まさなくてもよいコトに、そっと肩の力を抜いた。



NYにいた頃にゃ、NEW YEARの声を耳にしながら人の命を奪ったコトもある俺なのに。
新年より何より、明日のコトすら眼中にない生き方をしてきた、俺なのに。
それなのに……今は命あり、一年を終え。
新しい年を迎えるコトに幸せを感じる自分がいる。
死神と怖れられた俺がな……と、誰に嘆息するワケでもないが、どこか気まずげな、苦い笑みがこぼれた。



気がつけば、湯気に曇る窓の向こうからゴーンと響く除夜の鐘。
いつの間にか、もうそんな時間になっちまったか、と、思った矢先。
「リョウ~?いつまで入ってるの?年越しソバ、伸びちゃうわよ~」と、えらく色気のないお出迎え。
無事に帰宅した俺に安堵の顔を見せたのは、ついさっきなのに、もうこの調子。
今年も来年も、そのまた先も、香にゃぁかなわなさそうだ。
欲を言やぁ、もう少し。
来年は色っぽくなって欲しいモノだと、くすりと笑い。
髪から落ちる熱い滴をひとつ振り払って。
「へぇ~い」とひとつ、声をかけながら、ザブリと立ち上がった。




END    2010.12.31