●唄を忘れた金糸雀は●



「また出掛けるの……?」

にへらと相好を崩したまま、いつもはロクに手入れもしない髪をブラシで丁寧に撫で付けて。
ふふん……と鏡の前で鼻歌まじりにUターン。
ドコがどう変わってるとも言えないその姿に、細かなチェックを入れている。



「あぁ、今日はマリエちゃんの出店、一週間目だからな。そのお祝い♪」
マリエちゃんてのは、クラブ瑞峰に先日入ったばかりの、まだハタチそこそこの女の子で。
その若さから来る怖いもの知らずの勝気なところとか、下手にイヤらしくない媚び方だとかが可愛くて。
このところの、リョウの一番のお気に入り。
でも……だからって、ねぇ?
お店にデビューして一週間目のお祝いってのは、何なワケ?



「まったく、何ヘラヘラとめかし込んでるんだか……バッカみたい」
みっともないほどに鼻を伸ばしきった、あまりにご機嫌なリョウの態度に胸の奥がチクリと痛む。
「へっへぇ~んだ。マリエちゃんはな、まだまだ歌舞伎町の初心者何だよ。
色々とわからなくて大変だろうから、この街の生き字引であるこの俺が、
手取り足取り、ほんでもって腰取り……と、イチからじーっくりと教えてやるのっ♪」
手取り足取りはいいとして……腰取りってのは何なんだ、このバカっ!!



冴羽さん、よろしくお願いしますーvって、そっりゃぁ可愛いんだぜっv」
「……ったく……それが営業トークってヤツでしょ。
ホステスの本音とリップサービスとの区別も好かないなんて、アンタも堕ちたもんね、リョウ」
苛立ち紛れに腰に両腕を構えての仁王立ちで言ってみるものの、リョウはそんなのはドコ吹く風という体で。
「フンッ!!何言ってやがる!!マリエちゃんは素直で可愛くて、守ってやらなきゃって感じで。
お前みたいな男女とは、月とスッポンなんだよーだっ!!」



………むかっ。
そこまで言うかと思いつつ、ココで反論を唱えれば、さらに空しい言い争いになるのは常のこと。
何度も同じことでもめるのも、いいかげん、体力使うのよね。
しかたない、バカにつける薬無し、か……とばかりに、大きなため息をついて。
地球の裏側までめり込ませてやれるだけのハンマーを、そっとしまい込む。
そしてそのまま黙って、浮かれまくったまま、スキップしながら出掛けて行く大バカ者の背中を見送った。



行かないでという言葉も傍にいてという言葉も、他の女の子を見ないでという言葉も。
そして最も大事で、最も伝えなくちゃいけないはずの、好きという言葉さえも。
そのどれもこれもが、伝えられないままで。
もうずいぶんと長いこと、心の奥深くに飲み込んできた。



そして強がったまま、いつしか、伝えたい大事な言葉たちを忘れてしまった私。
言わなくちゃ……伝えなくちゃと思っているのに。
それはもう、心の奥深いところに、まるで澱のように固まっていて。
簡単に取り出すことは出来ないの。



いったいいつから、こんなにも意地っ張りになってしまったんだろう。
普通の女の子のように、素直に可愛らしく、想いの丈を伝えればいいのに。
どうしてこんなに、こんがらがっちゃたのかなぁ……。



もう十分にわかりきってる自分の性格とはいえ、やはり自己嫌悪。
ホントにたまにだけど、凝り固まった想いを素直に口の端に上らせようと努力してみれば。
出て来る言葉は、いつも飲んだくれのリョウを罵ることばかりで。
そしてまた、日常茶飯事ともいえる口喧嘩が始まってしまうの。



女の子はこんなにも、不器用なものなのかしら……。
ふぅと小さくため息をこぼして、今日もまた、伝え切れなかった想いの丈を心の奥底に圧し沈めた。



いつの日か、この想いを伝えられる日が来るように。
いつの日か、リョウの隣りで普通の女の子のように素直に笑えるように。
そしてずっとずっと、傍にいられるように……。



ベランダから、周囲より頭ひとつ分高いその大きな背中が遠ざかって行くのを見下ろしながら。
小さく小さく、いつもの内緒の呪文をそっと唱えた。




END    2006.11.17