●ラブレターフロム…●



「たらいまぁ~」
桜の花も満開の、のどかな春の昼下がり。
ドコもかしこも花見をしようってぇ家族連れやカップルばかりで、日課のナンパも思うようになりゃしない。
美樹ちゃんが留守にしてるんじゃ、タコの顔見ながらコーヒーってのもいけ好かず。
仕方なしといつもより早目にアパートに帰ってみれば、意外にも、香の姿は見当たらなくて。
ため息まじりにコーヒーをいれ、一人、リビングのソファにどっかと腰をおろした。
コーヒーを一口、二口。開け放たれたベランダから降り注ぐ穏やかな春風に、思わず欠伸。
情けねぇやと、テレビをつけようとテーブルのリモコンに手を伸ばして、重ねられた新聞や雑誌の下から覗く、一通の封筒に気がついた。
「…んぁ?何だ、こりゃ…?」



宛名も差出人名もない、真っ白な封筒。
それほどの厚みもなく、せいぜい中身は1、2枚。
特に封印されてるでもなく、開封された形跡もないから、このままポストにでも放り込まれたんだろう。
さて、どうしたモンかなと、ぺらぺらと振り回してみるが、やはり気になり、中身を取り出せば。
予想どおり、封筒と同じ真っ白な便箋が2枚、几帳面に折られていた。
誰に気負うワケでもないが、多少の後ろめたさを感じて周囲をきょろと見回して。
誰もいないのを確認して、四つ折された便箋を開いていった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


はじめまして。突然のお手紙、さぞ驚かれたでしょう。ご無礼をお許し下さい。


実は街であなたをお見掛けし、恥ずかしながら一目惚れしてしまいました。
雨の日も風の日も、みんながけだるげに歩く暑い夏の日も、凍えるような北風の吹く冬の日も。
あなたはいつも明るい笑顔で、笑っていましたね。
それをお見掛けする度に、私も頑張らなきゃと励まされました。
仕事がうまくいかなくて落ち込み気味の時など、何度その笑顔に励まされたかわからない程です。
そしていつしか、その好意を押さえられなくなってしまったのです。



背の高い男性と親しげに歩かれているのを何度かお見掛けしましたが、ひょっとしてお付き合いされている方でしょうか。
口喧嘩したりして歩かれているのを拝見し、それが私の杞憂であって欲しいと願ってやみません。
どうかお願いです。
一度お食事をご一緒させていただけませんか?
直にお話させていただく機会を与えて貰い、私という人間を少しでも知っていただけたらと思います。



〇月〇日、夜7時。
いつもお見掛けする新宿駅東口にてお待ちしています。
仕事が終わり次第駆け付けます。
その日、あなたの笑顔と向き合えることを祈っています。



柳沢雄二


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ふ~ん……?」
几帳面に折られた便箋に、筆圧も弱く、やたら畏まった文面。
そこから察するに、香好みの、線の細い優男系なのは間違いなさそうだ。
だいたい一目惚れとか言っといて、春も夏も秋も冬も、と。
結局一年間、香を盗み見てたってコトじゃねぇか。
それって男として頼りなくねぇか?
情けなくねぇか?
この手紙にしたって、宛名も何も書いてないってコトは、香の後つけて、アパートを確かめたってコトだろ?
下手すりゃ一歩間違えて、立派なストーカーじゃねぇか。
そいつがおこがましくも、一緒に食事だと?
バカ言うのもたいがいにしろってんだ。



鼻息荒く、四つ折した便箋を乱暴に封筒に押し込む。
あまりに胸クソ悪く、見えないストーカー野郎の代わりにと、件の手紙をギロとにらみつけてみるものの。
しかし……と、小さくため息をこぼしてしまう。
「でも、まぁ……ある意味、うらやましいヤツだよな」
言葉を交わしたコトすらないが、男として香に惚れてると、キチンと断言出来るヤツ。
そして面と向かい、その胸の内を香に伝えようとしているヤツ……。
「ぎくしゃくしたくなくて、みっともなく逃げまくってる……俺の方が情けねぇか」



今の今まで、見えない野郎にムカついてたクセに、己を振り返って急にトーンダウンする情けなさ。
たとえ線の細い優男だろうが、こっそり後を付け回すストーカーまがいの男だろうが。
香の気持ちを知りつつ無視し、自分の気持ちにフタしてグズグズしてる俺と比べりゃぁ……はは。
大差ねぇかもしれねぇな。



さっきまでの怒りはドコへやらと、心の内に広がる、やる瀬ない感情。
この手紙がココにあったたコトは、香はもう、すでに目にしているワケで。
別に俺がとやかく言うコトもないし……言える立場でもないし。
香がこのストーカーまがいの野郎に会いに行こうが、俺にゃぁどうするコトも出来やしないんだ。
はぁ………。
日頃、男女だの暴力女だの、世界で唯一もっこりしない女だ、などと。
自分が撒いてきた種とはいえ、それで香が自信を無くし、自分を女として認めてくれる野郎に惹かれてくのは……
まぁ、自然の摂理としちゃぁ文句は言えなくて。
結局は俺自身が撒いた種か……と、ソファに寝そべり。
のどやかな青空にほっこりと浮かぶ、真っ白な雲を見上げて。
そのやる瀬ないまでに白い綿雲の流れていく様を、ぼんやりと目で追った。



「ただいまぁ~……って、あらやだ。リョウ、帰ってたの?」
誘われる春風の柔らかさに眠気を受け、恥ずかしながら、いつの間にかソファでうたた寝しちまったらしい。
買い物でもして来たのか、大きな買い物袋を抱えた香が、のんきそうな顔を覗かせる。
「……おう。お前こそ、買い物か?」
あの手紙の野郎のコトなど、微塵もその気配に出さない香に胸がざわめく。
わざわざ俺に話すコトでもないってコトか?
お前にとって、俺はそれだけの存在なのか……?
渦巻く思いとは裏腹に、それを口にする勇気はなくて。
リモコンを取るフリをして、わざとテーブルの手紙を床に落とした。



「うん。友達が来てたんで、駅に送りがてら伝言板と、夕食の買い出しにね」
「友達……?」
「うん、こないだ同窓会で会って、相談があるからって……あら?」
開け放たれたベランダから吹き込む風に、そう重くない手紙がふわりと舞って。
そのまま香の足元へと運ばれていった。
「あらやだ。由布子ったら、肝心の手紙、忘れてったわ」
「………へ?」
足元に不時着した手紙を取り上げて、ため息まじりに傍らのバックに捩込んで。
取り出した携帯をピピと弄って、相手が出たのを確認してまたため息をついた。



「もしもし、由布子?今、ドコ?あぁ、もう着いちゃったんなら、仕方ないわね。
肝心の手紙、ウチに忘れてったわよ?大丈夫?まぁ、日にちと時間だけ覚えてるならイイけど……あっ!!名前は?
そうそう、柳沢さん。あらやだ、ちゃんと覚えてるのね。案外由布子も、期待してるんでしょ。
ふふ……冗談よ。うまくいくよう、祈ってるわ。あとで結果、教えてね。うん……それじゃ」
肩をすくめ、くすりと笑みをこぼしながら携帯をバックへとしまい込んだ。



俺の知らない"同級生"との会話。
ジョークを交え、楽しそうに笑う俺の知らない香を見せられて、軽く嫉妬してみたり。
だが、まてよ。
今の会話からすると、もしかして……?
呆気に取られる俺に気付いた香が、あぁという顔でくすりと笑って。
買い物袋の中のものをテーブルに仕分けしていきながら、「あのね」と口を開いた。



「あのね?さっきまで高校のクラスメイトだった由布子って子が来てたんだけど。
こないだの同窓会で、私が探偵まがいのコトしてるっていったら、気になるコトがあるって、相談されちゃったのよ」
「へぇ~………」
この展開、もしかしてもしかしなくても、やっぱり……?
「通勤時に、いつも誰かの視線を感じるんですって。
それが気味悪くて……って相談しに来ようとした矢先、その相手から手紙が着たらしいのよ」
「ふ………ん」
「後をつけられたのか、マンションの郵便受けに入ってたそうよ。
宛先もなく、差出人もない手紙。でも中を見たら、由布子に一目惚れした男の人からのラブレターだったのよ」
「はぁ……なるほど、ね」



先程の電話からある程度予想してたとはいえ、明確な答えを貰って突如我が身に降り懸かる脱力感に、声も出ない。
まだ見ぬへなちょこストーカー野郎に嫉妬した勢いが勢いだっただけに、
それが悲しき勘違いだと気付いたあとの気まずさといったら、どうにもならず。
とりあえず、件の手紙が香宛じゃなかったコトだけ、ヨシとしようじゃないか、という結論に辿り着く。
「……ん、で?その由布子ちゃんは、ヤツと会う気なのか?」
手紙が香宛だと思い込んでただけに、その先が気になって声を掛ければ。
大きな瞳をぱちくりとしばたいて、あら珍しい、こんな話しに興味あるの?という意外な顔をされた。



「ん~……ちょっとストーカー気味で怖かったみたいだケド、一目惚れされたって言われて、気分は悪くないみたいよ?」
「んじゃ、付き合うのか?」
確かに惚れられたってのは気分いいだろうが、それだけで見たコトもないヤツに会うのかよ。
付き合ちまうのかよ、と、軽い苛立ちを感じたり。
「あぁ、それはないみたい。由布子、彼がいるのよ。
同じ職場の人で、いつもは口喧嘩ばかりなんだケド、お互いをストレートにぶつけ合える、いい関係なんですって。
ふふ……のろけられちゃったわ」
口元に指を添え、その時を思い出してか、くすくすと楽しそうに微笑む香。
「でもね?こうして手紙までくれたのを、無視するのも悪いでしょ?
だから一度会って、付き合ってる人がいるって、キチンとお断りするみたいよ」
「へぇ~……」



話しはこれでおしまいとばかりに、テーブルに広げた食材をよいしょと抱え、香はキッチンに向かってく。
その背中にふぅと安堵の息がこぼれるのを止められなくて。
頭をがしがしと掻きむしりながら、思わず苦笑。
「勘違いだなんて……ったく。
俺としたコトが……な」コトの真相を知るまでの間、どれだけ自分が苛立ってたかを振り返って、また苦笑。



そこまで気になるなら、手っ取り早く"自分のモノだ"、と。
周囲にも、当の本人たる香にも公言しちまえばいいモノを。
「俺にだって、出来るコトと出来ないコトがあるんだよー……っと」
誰に言い訳するでもなく、ポツリと一人、呟いて。
翻るカーテンの向こう、夕方にはまだ早いのどやかな空に微笑んで。
「ふわぁぁぁ~……」と、大きく欠伸をひとつして。
そのまま安堵の笑みをこぼしながら、ソファにごろりと身を投げ出した。





END   2010.4.20