●まどろみの中で●



朝から降り続く雨のせいで、窓から臨む景色は一面の霞色。

いつもならウザイくらいにそびえ立つ新宿の高層ビル群が、
目をこらしてようやくうっすらとその輪郭が見えるかどうかってぇトコロだ。
その見えるか見えないか、そこにあるのか果たして幻影なのか……という、
はかなさと言うか頼りなさと言うか……
そんなあやふやな思いが、何とは無しに心を落ち着かせなくさせていた。



「梅雨にはまだ早いし、五月雨ってトコかしらね」
「…………ふーん?」
窓の外を何とは無しにぼんやりと見ていた香が言う。
「これくらい雨が降って景色が霞むと、何だかとっても幻想的というか…ロマンティックよね」



「んぁ……?お前、雨、嫌いじゃなかったのか?」
意外な言葉にそう問い掛ければ、
「えー?そんなこと無いわよ、雨って降り続くと気分が滅入るけど、
何だかゆっくり時間が過ぎてくようで私は好きよ。どうして私が雨は嫌いだなんて思ったの?」
……と、さも意外そうな瞳で覗き込まれ、瞬時、答えに窮した。



槇村が逝ったあの日…あの嵐のような激しい雷雨が頭に残り、
ヤツを奪った雨の日を、香は苦手というか恐れてるんじゃないか…と、勝手に思い込んでいたなんて。
ンなこたぁ、今、この瞬間に言わなくたってもいい。
あんな辛く悲しい過去は、年に一度思い出せばそれでいい。
それだけで十分だよな………と、
「さぁな、何となく、な…」
と、曖昧な物言いで言葉尻を濁した。



「もう……っ、また隠し事?いつまでたっても秘密主義なんだからっ!!」
と、そんな俺の横で香がいつものように文句を垂れる。
だが、何を思ったのか、頬をふくらませたまま、ふいにソファに寝そべる俺の傍に寄り、
床に横座りしながらソファにもたれてコーヒーを飲み始めた。



風通しにと軽く開けた窓から、うっすらと湿った風が吹き、
その茶色のくせ毛がふわりと俺の鼻面に掛かるたび、やさしい香りに思わずうっとりと目を伏せる。
新宿の街中で、いつもの悪友たちの前で、ぴーぴーケンカするのも悪くはないが。
たまには二人、こうしてアパートでゆっくりと時間(とき)を刻んでいくのもイイもんだな……などと。
ちょいと気が滅入りかけてたくせに、ふいに浮上する己の単純さにこっそり苦笑。



そして、やがてこれから始まるであろう憂鬱な梅雨の訪れも、
こうして彼女と二人、ゆっくりとした時間(とき)を過ごせるのであれば。
それならば、それはそれで悪くはないか……などと、
身近くある彼女のぬくもりに、しばしうっとりと目を伏せて。
まだ降り止まぬ雨音に耳を傾けながら、傍らにあるそのぬくもりを何より失いたくないものと、
やがて訪れた睡魔にゆっくりと身を任せる、今日この頃の俺だった。




END     2007.5.16