●Main Dish●



「…………リョウっ?!」

「……………ステラ………」



街角で声を掛けられて振り向けば、かつてアメリカで、ほんの少しの間だけ組んだパートナーがそこにいた。
「日本に行って、新宿って街で暮らしているとは聞いてたけど……まさか会えるなんて、思わなかったわ」
「そっちこそ、どうしたんだ?日本へは仕事……か?」
そう問えば、もう足を洗って素人になって、ただの観光だ……と、自慢のロングへアをかきあげながら悠然と微笑む。
そしてスルリと腕を絡めて来て……ジャケットの間から、アメリカ人特有の豊かな胸の谷間が垣間見えた。
「ねぇ……久しぶりの再会を祝して、ゆっくりしたいわ?ドコか飲みに行きましょう?」



「んー?………あ、あぁ………」
アメリカでも何かと気の合う女だった。
彼女が俺に興味をもっていたのにも、気がついちゃいたが。
生憎とそういう関係には、一度たりともならなかった。
しかし、わずかばかりの年月を経て、よくもまぁ俺好みのもっこりちゃんになったもんだ。
ナイスバディの金髪美女に迫られて、悪い気はしないってもんさ。
だが……この街でこんなコトしてると、だ、なぁ……。
そんな考えがチラと頭を過ぎったとたん、見に覚えのある殺気が背後に迫った。



「こぉ~ら、リョウっ!!真昼間から、金髪美女に欲情してるんじゃなぁぁぁ~いっっっ!!!」
街中に響く怒声がしたのも束の間、大音響と共に、悲しいくらいに慣れ親しんだ100tハンマーに潰されちまった。
「こんなもっこり男を野放しにしてるなんて、外交問題に発展したら、どーすんのよ、タコっ!!」
「……いってててぇ~……おい香、彼女は、だ、なぁ……」
ひくつきながらハンマーの下から這い出れば、信じられないものを見たという目のステラ。
そりゃぁ確かに、こんなドデカいハンマーを振り回す女がいるなんて信じらんねーよな。
ある意味、香の方が外交問題だろ、うん。



「リョウ……あなた、どうしたの?こんなモノも避けられないなんて……それに、この人は誰?!」
「……えっ?!もっ、もしかして、お知り合いっ?!」
ステラがリョウと呼ぶのに気がついた香が、慌ててハンマーを片付ける。
「………っててぇ~……まったく、お前の早とちりも、どうにかしろよなー」
「……だっ、だって、いつものナンパかと……」
そう誤解されるようなコトをしてるのは……まぁ、否定は出来ないが。
「……アメリカで、ちょっとだけ組んでたパートナーのステラ・メイナード。でもって、こっちが今のパートナー・槇村香」
必要最低事項の紹介だけをすれば、簡単な日本語が話せるステラは、香と互いに自己紹介して握手を交わす。
しかし、素人の匂いをプンプンとさせている香に、驚きの色を隠せないようだった。



「あきれた……この娘(こ)、まったくの素人じゃない。何を考えてるの、リョウ?わからないわっ?!」
顔にはにこやかな笑みを浮かべてはいるものの、チラと走らせる視線は鋭いもので。
香に単語のひとつでも聞き取られないようにと、スラム雑じりの早口の英語でまくし立てる。
「…………ステラ………」
それにどう答えたところかと考える間に、ステラの言葉から発する刺々しさと、その場の妙な空気とを察したらしい香が退いた。
「……じゃ、じゃぁ、つもり話もあるだろうし……私、失礼するわね?」
「…………おい、香?」
止める間も無く、その顔に苦い笑みを浮かべながらくるりと背を向けて、瞬く間に走り去った。



「ねぇ……どういうコト?あんな可愛いお嬢ちゃんがパートナーだなんて、務まるの?」
「……あれで、なかなかのモンなんだぜ?」
「それでも………」
どう言葉を重ねようと、俺たち裏社会のヤツらから見れば。
香のどう見たって素人にしか見えない姿からは、その働きぶりはわかるまい。
苦笑しながら香の走って行った先を見れば、二人組みの男たちに声を掛けられ、戸惑う彼女の姿。



「……ちっ。悪いがステラ、俺はこれで……」
「……そんなにあの娘(こ)が気になる?ただのパートナー以上に……女として彼女に興味があるっていうワケ?」
自分という女を放ってまで追いかけるほどの、それほどの相手なのか……と、
自信満々の、醜い女の嫉妬が矢のように突き刺さる。




「彼女、まだまだお子さまじゃない。あなたが好きなのは、もっと大人の女性だったでしょ?
あんな料理の付け足しの、まるでパセリみたいな娘(こ)の、いったいどこが……」

「ステラ……悪いがアイツは、メインディッシュなんだ」
「………リョウっ?!冗談はよしてちょうだい。どうせ素人が珍しいからって、単なる一時的な遊びなんでしょ?」



信じられない……とばかりに眉間にシワを寄せ、そのきれいなブルーアイの瞳に侮蔑の色が混じった。
確かに昔の俺なら、もっこり美女で俺に興味を持っている彼女を選んだだろう。
だが俺は……“香”という存在を知ってしまった。
何よりもかけがえの無い、手放したくない、守るべきその存在を……。



「誰が遊びで、ココまで妬くかよ。……じゃぁな!!」
見れば男たちは香の手を掴み、どこぞへと連れ出そうとしてる。
その姿に、首筋の毛がチリと逆立った。
……ったく……いつものハンマーはどうしたってんだよ。
まだ何か言いたげなステラを振り切って、足早に駆け出して。
香の背後に立って、男たちに殺気にも似た鋭い視線をくれれば。
とたん、ヘビににらまれた蛙のごとく縮み上がるヤローども。



「あ、リョウ……。ステラさんは?」
「……いや、何だか用事があるんだってさ」
戸惑う香に笑いかけつつ、チラと視線を走らせれば、呆然とした顔で立ちすくむステラ。
女と見れば誰彼構わず口説き落とし、その口から心にも無い愛の言葉を紡ぎ出す。
一夜限りの恋なんてのは、ザラだった。
そんな昔の俺を知る彼女には、今のこの俺の変化が、とうてい信じられないのだろう。
それはまぁ、無理の無いことだ。
そう言う俺自身だって、まだ信じられないもんな……と、思わず自嘲の笑みが洩れる。



「お前さぁ……あんなヤツら、いつもみたいに、とっととハンマーで蹴散らせよな。それとも何か?ナンパだって、喜んでた?」
「バっ…バカ言ってんじゃないわよ!!誰が喜んで……っ!!」
キャンキャンと噛み付かんばかりに喚く香の茶色の髪に指を絡ませ、クイとこちらへ抱き寄せて。
その柔らかな髪と甘い匂いとを己の手に入れる。
そう……誰にも渡さない、彼女だけは……。



「……まぁまぁ、いーから。さ……帰るぞ?」
ニヤリと笑みを向ければ、ぷぅと頬を膨らませて。
それでも、“仕方ないわねぇ…”と、諦めの笑みを浮かべる。
そう……この笑顔を知ってしまえば、化粧にまみれた女の顔など、何の魅力があるものか。
この笑顔を守るために……そしていつの日か、手に入れるために。
昔の俺なんてモノは、きれいサッパリ捨て去ったんだからな……。



女一人のためにココまで変わっちまった自分に、我ながら呆れちまう。
だが、それほどまでにしても、彼女を誰にもやりたくないという、この独占欲。
それを素直に表に出せば、二人の関係はこうまでこじれなかったものを…とも思う。
…が、こんな曖昧な今の関係こそを楽しんでいる自分も、確実に存在しているワケで……。



……我ながら、手に負えないヤツ……だ、な……

隣りを歩く香に覚られまいと、く…っと、小さな笑みをこぼして。
二人、歩きなれた新宿の街並みに、互いの影を並ばせた。




END    2006.9.2