●まぁるいレンズの向こう側。●




「ん~……今日もいい天気っ♪」

ランドセルをベッドに放り出して、ベランダの窓を開けて、大きくひと伸び。
何かと雑多な新宿という街だから仕方ないケド、
日の光りの下、大きく息を吸い込む心地よさは格別だった。



手術をして歩けるようになっても、つらいリハビリは長く続いて。
そのくじけそうになる度に、香さんに励まされた。
「駄目よ、こずえちゃん。諦めたりしちゃ。あなたはあの時、不自由な身体で。
悪いヤツらにも、ちゃんと大声出して抵抗したじゃない。あの時のパワーはどうしたの?!」
あの茶色い大きな瞳でまっすぐ見つめられたら、反論出来ないし、最後まで抵抗する気も失せちゃって。
担当の先生もとってもいい人だったので、私の足は見る見る内によくなっていったの。



そしていよいよ学校にも行けるようになって、嬉しい反面、ちょっぴり残念。
だってそれまで香さんたちと過ごせてた時間が、学校に取って代わってしまったんだもん。
もちろん元気に歩けて学校にまで行ける日が来るなんて、
正直諦めてたトコロもあったから、そりゃぁ嬉しいけど。
長いことお休みしてた割に、仲のいいお友達もすぐに出来て、よかったけど……。
それでもやっぱり、香さんとの別れは、ちょっぴりさみしい。



そんな私の楽しみは、やっぱり望遠鏡で冴羽さんちを覗くコト。
通院途中にひと休みする喫茶店で顔を合わせたり、時折リハビリに付き添ってくれたりもしたけれど。
望遠鏡から眺めてた時間が長かったせいか、何だか実際に会うより、こっちの方が落ち着くのよね。(苦笑)
それに、この方が、飾らない普段のままの二人を見られるじゃない?
まぁもっとも、冴羽さんの場合、"飾らない普段のまま"ってのは、
かなり私みたいなお子さま的に、NGみたいだケドね。(爆)



「よいしょ……っと」
そんなワケで、今日も愛用の望遠鏡を取り出し、いつもの角度にセットする。
乱立するビル群の向こうに、よくぞこんな出会いがあったと思う。
常に開発されていく新宿の街の中、手前に新しい高層ビルが出来て邪魔されるコトもないなんて、奇跡よね、ホント♪
「さぁ~て。今日の二人はどうかしら?香さんは、屋上で洗濯物取り込んでたりとか?
冴羽さんは……またリビングのソファで、エッチな本、見てるのかしら?」



くすくすと笑みをこぼしながら、定点にセットした望遠鏡のレンズから向こうを見れば、

案の定、リビングのソファに寝転がった冴羽さんが、今日も元気に読書中。
だらしなく寝そべる姿からは、裏社会を牛耳るスイーパーだなんて、これっぽっちも思えない。
まったく……冴羽さんて、どこまでも未知数ね。
ふぅと肩をすくめ、深いため息をこぼしながら、もう一人の主人公・香さんの姿を探した。
「……あっ!!いたいた♪」



屋上にでも干していたのか、山のような洗濯物を抱えた香さんがリビングに入って来た。
……と、ソファに寝そべる冴羽さんに何事か文句を言って、ぷぅとふくれる。
「洗濯物畳むのくらい手伝ってよ、とか、言ってるんだわ、きっと♪」
洗濯物を間にピリピリしたその雰囲気を察して、あながちその想像が外れてなかったコトにくすくすと笑う。
ふふ……やっぱり冴羽さんたち見るのは楽しいなv



……と、そうこうする内にも、コトは少し険悪ムード。
いつものコトながら反抗的な冴羽さんに、業を煮やした香さんが、ぽかりと拳をあげて。
それをかわそうと、冴羽さんが香さんの腕を掴んで、引き寄せて……そのまま二人、倒れ込んだ。
折しも少し強い風が吹いて、窓辺のカーテンがサッと引かれて、しばし暗転。
風に揺らぐカーテンの隙間からは、何やらもつれる二人の足が見え隠れするばかりで、
二人のその後がどうなったのかは、皆目見当がつかない。
「……大変っ!!」



慌ててベッドに放り投げたランドセルから携帯電話を取り出して、慣れた手つきで冴羽家の番号をプッシュする。
学校に行くようになって、いわゆる鍵っ子になった私を心配したお姉ちゃんが買ってくれた携帯電話。
それがまさか、こんなトコロで役に立つなんてね。
そんな偶然に思わず苦笑しながらも、
耳に響くコール音を確認しながら、再度、冴羽家に向けて焦点を合わせたレンズを覗く。
トゥルルルル……
いくら元気のいい香さんでも、冴羽さん相手に喧嘩したら、ただじゃすまないでしょ?
あのまま殴り合いにでもなって、香さんがケガでもしたら、大変よっ!!



「あぁ、香さん……どうか無事でいて……っ!!」
「……はい?……ったく、誰だよ、いいトコロ邪魔しやがって……もしもしぃ~?」
思わずもれた言葉が吹き抜けた風にさらわれたのと同時に、携帯からはものすごく不機嫌そうな冴羽さんの声。
あぁ、やっぱりすっごく香さんのコト、怒ってるんだっ!!
「……冴羽さん?私、こずえです。牧原こずえ!!」
「んぁ?こずえちゃん?何だってまた、電話なんか……」
「あのね、ちょっとお話があって……香さん、いる?」
不機嫌さに輪をかけないように、口を突くセリフも恐る恐る。
ここでまた火に油を注ぐようなコトにでもなったら、そばにいる香さんがどんな危険な目に遭うか……と、
必死で受話器の向こうの気配を探った。



「香ぃ?何だ、まだ連絡取り合ってたのか?」
「い……いいでしょ?せっかく仲良くなったんだもの。
それでね?ちょっと急用で、香さんと話しがしたいの……代わってもらえます?」
言ったあと、そこに香さんがいると前提のセリフだったコトに気付いたケド、そんなコト構ってられない。
冴羽さんが不審がろうが、とにかく香さんの身の安全が、第一よっ!!
「香ぃ~?いやぁ……あいつ、今ちょっと、取り込んで……」
「……いいから、代わって!!」
有無を言わさぬ剣幕にさすがの冴羽さんも驚いたのか、「ちえっ」と舌打ち。
そして受話器の向こうから、渋々という感じの声が聞こえてきたの。



「おーい。こずえちゃんだけど……何?お前ら連絡取り合ってたの?電話、出れっか?」
そんな冴羽さんの声の後、しばしガタゴトという音がして、ようやく待ちに待った香さんの声がした。
「……こずえちゃん?」
いつもハキハキしてる香さんらしくない、どこか戸惑いを見せるような声が聞こえ、ドキリと胸が鳴る。
「……香さんっ!!こずえです。大丈夫っ?!」
「……え?大丈夫……って……?」
「冴羽さんとの喧嘩です。大丈夫ですか?まさか、ぶたれたりしてませんっ?!」
「喧嘩って、えっと……?」
何が何だかという香さんに、私は正直に切り出した。
「……ごめんなさい。望遠鏡から見てたんです、私。
そしたら、香さんと冴羽さんが喧嘩してるようで。それで……」
「望遠鏡って、ベランダから……えぇっ?!」



突然、声にならない声を発した香さんが受話器を落としたのか、
いきなりガタンと音が耳に響き、思わず眉をしかめて受話器を遠ざける。
何?どうしたの?!やがて受話器の向こうから、香さんと冴羽さんのやりとりが聞こえてきた。
「……何やってんだよ、危ねぇなぁ」
「だって……だって、こずえちゃんが、望遠鏡からこっち、見てたってっ///」
「あぁ~?望遠鏡~?」
ハッとした気配に、冴羽さんがドスドスとリビングを横断して。
風に閉じられたカーテンをザッと開けたトコロで……望遠鏡越し、
冴羽家を覗いていた私の視線と冴羽さんの"それ"が、かちあった。



「…………」
「…………」
望遠鏡越し、睨み合うコト、十数秒。
やがて冴羽さんの小脇から、カーテンにその身を隠すように、香さんがそっと顔を覗かせた。
その顔は真っ赤で、一瞬、冴羽さんにぶたれたのかとも思ったケド。
カーテンの隙間から、まるで冴羽さんに寄り添うようにそっと顔を覗かせる様子からして、そういうワケではなさそうで……。

「……おい。盗み見たぁ、行儀が悪いんでない?」
携帯から聞こえる声に我に返れば、望遠鏡の向こうには、子機を手に睨みつける冴羽さん。
「だ……だって、二人が喧嘩してるように見えたから。それで……」
「んぁ~?喧嘩ぁ?」
「冴羽さん、怒ったような顔で、香さんの腕を引っ張ったでしょ?だから私、喧嘩だと思って。それで……!!」



望遠鏡で覗いてたコトを棚に上げて、自分を正当化しようと必死に言葉を重ねるけれど、何故かおどおど、空回り。
「あぁ……そーゆーコト」
くすりと笑う冴羽さんに、「何よ」と反論してみるものの、望遠鏡の向こうの顔はにやけるばかり。
「ばぁーか。喧嘩じゃねぇよ、安心しろ」
「喧嘩じゃないって、じゃぁ、いったい……」
なおも食い下がらない私に、冴羽さんがやれやれと肩をすくめ、
向こうからは見えないハズの私に諭すよう、ずいと人差し指をこちらに向けた。
「それ以上は大人の話。ガキには関係ねぇよ。いいかげん、おとなしく宿題でもして、クソして寝ろ」
「な……っ!!」
「いいか?もう人ンち、覗くんじゃねぇぞ?もしまた覗いてんの見つけたら……」
「……なっ……何よ」
「もっこり姉さんに、こずえは望遠鏡で周囲の家を覗いてばかりの変態です~って、言い付けてやるからな」
「~~~っ!!」



いつもはおちゃらけてる冴羽さんだけど、本気になったら怖いコトは過去の体験で実証済。
携帯から聞こえるセリフは多少の軽さがあるものの、
望遠鏡の向こうの色を増した不適な笑みに勝てるハズもなく……降・参。(爆)
「……了解?」
「……りょ……了解」
がっくりと肩を落とす私の姿が見えるハズもないのに、冴羽さんは勝ち誇った顔でにやりと笑って。
そんな自信満々な冴羽さんに、私はまた、激しい脱力感に見舞われたの。



それからというもの、冴羽さんに気付かれないように気をつけながら望遠鏡を覗くけど、
その度に、リビングのカーテンはぴっちりと閉められて。
秋晴れのいいお天気が続くのに、窓も開けてないのか、カーテンはちらとも揺らぎはしない。
それどころか、時折街で見掛ける香さんに笑顔で手を振ってみようものなら、
香さんてば顔を真っ赤にして、脱兎の如く逃げちゃうんだから……もう、さっぱりよ?
「……ん、もうっ!!何がどうなってるのよーっ!!」
ぽっかりとした綿雲が風に流れる青空に、私の雄叫びがゆっくりと吸い込まれていった。




END   2011.10.10