●待ち人来る●



年中無休なのに、ほぼ毎日が開店休業状態の我が冴羽商事。

そんな情け無い現状を今年こそ打破するためにと、
新年早々伝言板チェックに出掛けたものの…結果は、惨敗。




「ま…まぁ、ね。新年早々そんな依頼があるようじゃ、日本の未来もダメだわよねー」

あはは…と、己の暗い気持ちを励ますかのように、引きつった笑みを浮かべれば。
「んぁ~?ンなコト言ったって、依頼が無きゃ、俺たち食っていけねぇんだぜぇ~?」
と、お正月だというのに相変わらず両手をポケットに突っ込んだまま、猫背でボーっとしたリョウが答える。
もうっ…それもこれも、アンタが依頼を選り好みするからじゃないっ!!
…と言ってやりたいものの、そこはお正月だからと、ぐっと堪えた。




「じゃ…じゃぁリョウ?どうすれば依頼が来るのかしら?」
「ん~?ンなコト、俺が知るかよ。昔っから言うだろ?果報は寝て待て…て。
何にもしないのが一番!ただじっと待ってるのが一番さ♪」

「……ンなコト言ったって、アンタは日がな寝てばっかだけど、
一度としてそれで依頼が来たコト、あったかしらぁ~…?」




お正月くらいハンマーは自重して、今年は大人しくカワイイ女になるのだと決めてたのに。

先ほどの忍耐力はドコへやら…いつの間にか私の手には、
日頃から慣れ親しんだハンマーのグリップがしっかりと握られていた。

「…えっ?!いっいやぁ~そっ、それはだなぁ、香……っ」
ゆらり…と私が発する怒気を察したのか、ふんぞり返っていたリョウの口元がふいに引きつって。
その言葉尻が怪しくなって、徐々に後退して行く。



まったく・…コレだからこの男はっ!!
ドガァァァ―――……ンッッッ!!!
逃がすものかと、その後退する背を目掛けて、新年一番のハンマーをお見舞いしてやった。



幾度新しい年を迎えようと、このグータラで単細胞な男の性格は、一生変らないみたい。
どうしてこんな男に惚れてしまったのか…と自分を悔やむものの、今更、この気持ちを変えるコトは出来なくて。
もとより…変える気持ちも、さらさら無くて。
「ホントに……どうしようもないわねー……」
と、誰に当てたかわからないセリフとともに、大きなため息を吐いた。



そんなどんよりとした気持ちの私と相反するように、街を行く女性たちは高そうな晴れ着に身を包み、
楽しそうに幸せそうに微笑みながら歩いて行く。

私だって裏の仕事をしてなきゃ、あんな風に着飾って、彼氏の一人や二人と楽しいお正月を向かえてたのにな…。
今更…と思いつつ、そんなバカなコトを考えている私の耳に、チリリン…と、軽やかな鈴の音が響いた。
その音色を辿っていけば、初詣客の手にしていた真っ白な羽が美しい破魔矢に行き着いた。



「初詣、かぁ…。そうだ!ねぇリョウ、初詣に行こうよ」
「んぁ?初詣ぇ~?」
「そうよ。新しい年の初めでしょ?こういう時こそ、この一年を無事に過ごせますように、
いいコトが…依頼が着ますようにって、神様にお願いしなくっちゃ!」

「神様ねぇ……ンなモン、俺、信じてねーもん」
「信じてる信じてないじゃなくってさ、神頼みでもしなきゃ、今年も依頼に見放されたままになっちゃいそうじゃない?」
「だってよぉ……初詣ったって、タダじゃねぇんだぜ?賽銭やらなきゃ、神サンだって願い事、聞ぃちゃくれねぇだろ。



万年金欠の我が家、たとえ賽銭のはした金だって、大事なんじゃないの、香ちゃん?」

そう言って、にやり…と意地悪な笑みを向けるリョウに、グッ…と口ごもる。
文句のひとつでも言ってやりたいのに、ホントのコトだから言い返せ無いのが妙に悔しくて。
腹ただしいったら、ありゃしない。



「そっ…それは確かに、冴羽商事にはお賽銭だって手痛い出費には違いないけど。
でもでも、そんなコト言ってられない現状なのよっ!!背に腹は代えられない…って言うでしょっ?」
「…………」
それは使い方が違うだろ…という白い目を「まぁまぁ」と無視して、
ブツブツと文句を言うリョウの腕を引きずりながら、本殿へと続く参道へと入って行った。



お正月…いつもは無信心な日本人も、年の初めには初詣をしなくちゃという気持ちになるらしく、
神社の本殿へと続く参道は、晴れ着を纏った女性とカッコよく決めたカップルや、
仲のよさそうな家族連れで溢れていた。

その中で自分たちが少し異質な感じのするのを気にもとめず、人波にもまれながら本堂に辿り着き。
お財布からなけ無しの…これさえあれば、特売のカップ麺が一個買えるのに…
という100円を、私にしては大奮発で放り投げて。

隣りで未だブツブツと言うリョウはこの際だからと無視をして、両手をパンパンと勢いよく合わせて。
「どうぞ今年こそ、伝言板がXYZで溢れかえりますようにっ!!」と、
全身からヤケドしそうに熱いオーラを発しつつ、一心に祈りを捧げた。




…と、これでもかっ…とお願いをしていた私の手を、リョウがグイと引きずって、
ふいに私は本殿の前から退かされた。

「何よぉ…まだお願いしてたんだからね、私っ!!」
「お前ねぇ……物には限度ってモンがあるの。後ろがつっかえてんだよ。
賽銭を握り締めたガキが恨めしそうにお前をにらんでたの、知らねぇだろ」
「えっ……?」
見れば、今まで私が熱い祈りを捧げていたその場所に、小学生になるかならないかの男の子が立っていて。
チラリ…と、不貞腐れたような視線を私にくれた。
「…あ、あぁ……ごめんなさい……」



しゅんとした私を慰めるかのように、苦笑したリョウが優しく髪を撫でてくれる。
その気まずさに、先ほどまでの熱き思いがしゅるしゅると萎んで行くようで。
それがまた妙に悔しくて、景気づけにと、リョウの手を引っ張った。
「ねぇリョウ。ついでだから、おみくじも引いていこう?」
「おみくじぃ~?お前ねぇ、これ以上、どれだけ散在すりゃ気が済む…」
口を尖らせるリョウを「いいからいいから♪」と引っ張って行き、巫女さんにお金を渡して、おみくじの箱を振った。



「え~っと、何々?今年の運勢は…っと……」
そう言って開いたおみくじに書かれた文字は……
「末吉…か。はは……今年も運気からは遠い一年みたいだわ」
「………………」
乾いた笑いしか出てこない私の横で、巫女さんを口説きつつ
おみくじの箱を振っていたリョウが棒立ちになっているのに気がついた。

「…ん?リョウ、どうしたの?」
「…えっ?い、いやぁ~そのぉ……」
私以上に乾いた笑みを浮かべるその手元を見れば…
「えっ、えぇ~っ?大凶っ?!アンタ、何、そんな珍しいモン引いてんのよ。ンなモン、引き当てる人、滅多にいないわよ?」
「はは……そ、そうだよねぇ~……?」
神様なんて信じちゃいない…そう豪語したはずの男が顔を引きつらせ、
情け無い笑みを浮かべている姿に苦笑する。




「Hi、リョウ、カオリ。HAPPY NEW YEAR♪」
その親しげな声に振り向けば、お向かいのミックとかずえさんが仲よさそうに立っていた。
「あ、二人とも…あけましておめでとうv こんなところで、珍しいわね」
「ふふふ…あけましておめでとう、香さん。これから研究関係の新年パーティーがあってね。
海外の研究者も集まってなので、夫婦同伴でミックも一緒に。で、その前に…って、初詣に来たのよ」
パーティーというコトで少し着飾ったかずえさんは、いつになく綺麗で。
これまたいつも以上にスキ無く決めたミックとともに、似合いの夫婦だった。



「そうなんだぁ~…いいわね、新年早々、仲がよくって」
「Oh、カオリ。そっちこそ仲良さ気に、二人でおみくじなんか引いてるじゃないか。…で、結果はどうだったんだい?」
「見ての通り、末吉よ。下の下、末の末…って意味。今年も依頼とは縁遠そうだわぁ~」
「香さん…新年早々、そんなため息つかないで…」
と、かずえさんが慰めてくれるけど、何もかもが悪い方へと転がり込んでいくような展開に、どうしたって落ち込んでしまう。
「でもねぇ……あ、そうそう。でも、私より運の悪いヤツがいるのよ。
見てよ、リョウのおみくじ。大凶よ、大凶!こんなの引き当てるなんて人、世の中にいるんだわね~」

二人が現れてからも未だ、おみくじを握り締めたまま棒立ちだったリョウの手から、するりとその紙切れを引き抜いて。
これ見よがしに二人に見せ付けた。



「大凶っ?!あらやだ、冴羽さん。新年早々、すごいの引いちゃったわねーお気の毒……」
「…でしょぅ?パートナーがこんなの引いてたら、私のせっかくの末吉まで、意味を成さなくなっちゃうじゃない!」
「……ふんっ!!……るっせえーよっ!!」
滅多に拝めない大凶などというものを引いたリョウは、皆に好奇の目で見られて、不貞腐れている。
そこへ二枚のおみくじをしげしげと眺めていたミックが、「おんやぁ~…?」と、奇妙な声を発した。



「…どうしたの、ミック?」
「ん~…?いやはや、リョウとカオリと、二人のおみくじを見てたんだけどね?
大凶と末吉、全く違う結果だってのにさ。ホラ…ココ、ココ。縁談の欄に二人とも、同じ結果が書いてあるぜ?」
「………えっ?」



差し出された二枚の紙切れの、下の方。
健康だの金銭だの何だのと、様々な項目が並べられているその中に縁談の項目があって。
二枚の紙切れの、その同じ位置に書かれていたのは……
待ち人来る
……の、文字だった。



「やぁ~だ、香さん。大凶だの末吉だのって言うよりも…、コレだけで十分じゃない?
冴羽さんと香さん……二人とも、待ち人来る…ってねv」
「ふふふ……喧嘩するほど仲がいい…とも言うしね。リョウ?今年はいよいよ、年貢の納め時か?」
揶揄する二人の言葉に、瞬時に顔が真っ赤になっていく。
チラリ…と見れば、リョウも少しだけ頬を赤く染めて。
「ふんっっっ!!!」と、そっぽを向いていた。



「じゃぁお二人さん、そういうコトだから、今年も仲良くね。
仲良くしてればその内、依頼の方から転がり込んで来るわよ」
「そうそう。リョウ…?信じるものは救われる…だぜ?じゃぁな、お二人さん♪」
そう言って、言いたいことだけ言いまくって、慌しく二人は立ち去って行った。
ポツン…と残されたリョウと私は、おみくじに書かれた文字が気になって。
気まずくて、互いに視線を合わすことすら出来なかった。



「…あ、痛っ!!」
そうこうしてる間に、ドンッ!!…と勢いよく男の人が肩にぶつかって。
自分たちの立っている場所が、通行の妨げになっているのに気がついた。
「ココは危ねぇな。いつまでもこんなトコで突っ立ってるのも何だし……帰るぞ」
「う、うん////……あ、ちょっと待って?」
リョウと私と、二枚のおみくじを重ねて細く折って。
そして悴んだ指先で、傍にあった細くか細い枝に結わえ付けて。
その小さな結び目にそっと指を這わせ、待ち人来る…の文字を、胸の中に刻み込んだ。



「おい……帰るぞ?」
「あ、うん…待ってよ、リョウ!!」
私の声に構うこと無く、ズンズンと進んで行くリョウの背中。
人混みの中で見失わないようにと慌てて走り出すものの、
冷たいようでその実ちゃんと、私が置いてきぼりにならないようにと、その速度はゆっくり目。

そんな気遣いが嬉しくて、くすりと笑みがこぼれた。



ねぇ…あのおみくじ、二人とも待ち人来る、なんだって。
その意味が示すところを…知らないわけじゃ無いんでしょ?
神様なんか信じちゃいないかもしれないけど…
でも、ちょっとくらいは、心に掛けててくれてるんでしょ?




依頼がどうのこうのなんて、もういいから。
そんなコトより何より、今はただ…。
来年も再来年も、どうかあなたの傍にいられますように…。
私以上に素直じゃなくて、照れ屋でぶっきら棒で…何一つ、その心のうちを明かしてはくれないけど。
そんな無口なあなたに…不安になる時も、たくさんあるけれど。
それでもやっぱり、リョウの傍に居たい……それが私の、ただひとつの願い…。



大きなストライドで人波を縫っていくその背中が、ようやく目の前になるまで追いついた。
ねぇ…その心の中で、私の存在はどれくらいなの…?
そんなコトを背中に問いかけながら、私を出迎えるようにクイと差し出された腕に、
自分のそれをするりと絡めて頬をよせた。




いつまでもいつまでも、この位置が私の定位置でありますように……。




END    2006.1.4