●女豹の恋人●



「……え?アニキのコト……?」
ところは冴羽家のリビング。
いつもながらの突撃取材に、呆れたように肩をすくめていた香さんだったケド。
取材の対象が自身ではなく、その兄・槇村さんだったと聞くや否や、その特長でもある茶色い瞳を殊更大きく見開いた。
「……そう。今日のお話は冴羽さんや香さんでなく、槇村さんなの。だから安心して?」
出されたミルクたっぷりのカフェオレを一口、口にして、にっこりと微笑む。
「え……っと、確かにリョウや私たちのコトじゃないのは嬉しいんだけど……」
言葉尻がごにょごにょと。
正直な思いが口に出るのは、香さんが素直だから。
ストレートな自分の言葉に真っ赤になって口ごもる香さんたら、かーわいいっ♪
いつもは少年ぽさを残した中性的な感じなんだけど、こんな表情(かお)も見せるのね。
冴羽さんもこの表情に惚れちゃったのかな?(笑)
……と、本来の取材目的とは異なるコトながらも、新たな発見を見逃したくはなくて。
まだ開いた口の塞がらない香さんの目を盗んで、
すでにテーブルに置かせてもらってた愛用のノートPCに、そのかわいらしい表情を記録させて貰った。



「あのね、女豹シリーズは、一見モデルかと思う美貌のサヨコが、
大の男や凶悪犯たちを、スパッとナイフで切り裂くように事件を解決していくのが人気なんだけど」
「うんうん。冴子さんがモデルなだけに、そうなるわよね」
「うん……でもね?サヨコだって妙齢の女性なんだから、
ミステリやハードボイルド的な面でなく、ロマンス的なエピソードがあってもいいんじゃないかって、編集部から声があがってね」
あぁ……と、妙に納得顔の香さんが一息つくように、自身の前に置いたカップにゆっくりと口をつけた。
「……まぁ、冴子さんも女性なワケだし、確かにそれは……ねぇ。それでアニキの話を……って?」
「うん……槇村さんの妹である香さんなら、二人のホントのトコロを知ってるんじゃないかと思って……」
冴子お姉ちゃんと槇村さんの話題は、誰に問い掛けても、みな一様に戸惑いがちな表情(かお)をして、ふいに言葉を濁してばかり。
まるでその話題はタブーとでもいうかのように、それまでのおだやかな空気が一変。
そのまま口を重くするんだもん。
それはやっぱり、槇村さんが亡くなってしまったコトが原因なのかしら。
そしてまだ、冴子お姉ちゃんが槇村さんのコトを……。



「ん~……ただアニキの人となりをってコトなら、答えてあげなくもないけど。
それが冴子さんにかかわるコトだとなると……そうだなぁー……いいのかなぁ……」
人のいい香さんは、人を傷つけるコトを特に嫌う。
それがその人の心に深い思いを残したものに対してなら、尚のコト。
でも……それじゃぁ私も困るのよっ!!作品にならないのよっ!!
「そ、そりゃぁ香さんの考えもわかるわ?でも、これも人助けと思って……お願いっ!!」
ソファから飛び降り、そのまま土下座。
作品のためだけでなく、ホントは降るようにくるお見合いの話にがんとして首を振らない冴子お姉ちゃんの好きになった人って。
今もその心に住み続けてる人って、どんな人なんだろう……って。
槇村さんの存在は、ただ妹としても、とても興味深いトコロなのよね。






「う~ん、いいのかなぁ……どうしようかなぁ……」
「……何がどうしたって?」
躊躇しがちな香さんと、それをどうにかなだめようとする私の背中から、ふいに暢気な声が降り懸かって来た。
「……リョウ!!」
「……冴羽さんっ!!」
突然、降って湧いたような冴羽さんの登場に、ビックリして言葉もない私たちの前にドッカと座り。
さもかったるそうにその悔しいばかりに長い脚を組んで、胸ポケットから取り出した愛用のタバコに火をつけた。
「……んで?唯香はまた、何だってんだ?お前が来ると、ロクなコトねぇからな」
むかっ!!失礼なっ!!でも苦手にして煙たがられてるってコトは、やましいコトがあるからよね?探られたくないコトがあるってコトよねっ?!(鼻息)
ふふふ……今日のトコロは許してあげるケド、また今年もしっかり取材させてもらいますからねーだっ♪
「その言い草には引っ掛かるトコロもあるケド……まぁ、今回はいいわ。
あのね?今、香さんにも話してたんだケド、今日取材に来たのは槇村さんのコトなの」
「槇村だぁ~?」



やっぱり日頃の行いがモノを言うというのか、案の定、思いがけない人物名の登場に、冴羽さんもいひょうを突かれたみたい。
「そう、今日は槇村さんのコトを聞きに来たのよ」
「……?何だって槇ちゃんのコトなんざ……」
いぶかしげな冴羽さんに、"あのね"と、香さんがコトの次第を説明すれば。
「んぁ~……槇ちゃんと冴子、ねぇ……」と、いかにも興味なさ気な口ぶり。
何なのよ、その態度。
仮にも槇村さんは、冴羽さんのかつてのパートナーだったんでしょう?
その人となりだって、十分に知ってるクセに。
少しくらい協力しようって気に、ならないの?
ムカムカムカ……つい膨れっ面をしかけてしまい、慌てて笑顔の仮面を貼付ける。
香さんがどこか躊躇しがちなんだから、ココで冴羽さんにまで見捨てられたら一大事よ。
何としてでも、槇村さんの情報を手に入れなきゃっ!!



「まぁ冴子絡みってんだと、"何よけいなコト喋ってんのよっ!!"とか、あとで手痛いしっぺ返しをされかねんが……。
まぁ、槇ちゃん自身のコトなら……別にいいんでねぇーの?」
ぷかりと吐き出したまぁるい煙が、ゆっくりと天井に登るのを、目で追って。
まるでひとりごとを呟くかのような冴羽さん。
「アニキのコトだけっていうなら……そうね」
多少の気まずさはあれど、冴羽さんに後押しされて肩の荷が下りたのか、香さんが渋々という体でひとつ、大きなため息をついた。
「ありがとう、香さん、冴羽さん!!恩に着るわっ!!」
ウソでも何でもない、本当に素直な気持ちだったのに、
"お前からそんなセリフを聞くとは思わなかった"というような、いかぬも不審げなふたつの視線。
まったくもう……少しは私ってモンを信用してくれたって、いいんじゃないのっ?!(爆)



「まず……背格好から聞いていい?槇村さんて背は高かった?身長いくつ?
筋肉質だったのかしら。それとも、線の細い、美少年タイプ?」
気を取り直して愛用のノートPCと向き合いながら、あらかじめ記録していた取材用テンプレートを下に質問を始める。
「……ぷっ☆筋肉質だ?美少年だぁ~?唯香、お前、それ、いったい何の冗談だよ」
「ぷっ……☆そっか……唯香ちゃん、アニキのコト、何にも知らないんだったわね。ちょっと待ってて?」
冴羽さんがお腹を抱えてヒーヒー笑い転げる中、香さんも必死に笑いを堪えながらリビングを出て行って。
やがてパタパタと小気味いい足音をさせて戻って来た。



「ほら……これよ」
「……え?……えぇ~っ!!」
どこにでもありそうな、小さな写真たて。
その中で顔をくしゃくしゃにして、弾けるように笑ってるのは、まだどこかあどけなさの残る香さん。
そしてその香さんに肩を抱かれるように、少し前つんのめりになってる、眼鏡をかけた、よれよれのコートの男の人が……。
「そっ。そいつが槇ちゃんさ」
「うっそぉ~っ!!」
あまりに予想外の展開に、思わず大声で叫んでしまう。
香さんは一瞬きょとんとしてから、苦笑いして。
冴羽さんは、さもありなん……といったしたり顔で、にやりと笑った。



「は、ははは……。え~と、そんなにショックだった?」
クセのある茶色い髪を、香さんが気まずそうにかきあげれば。
「ふっ……そりゃそうだろ。筋肉ムキムキだの、女みたいにナヨっちいのを想像してたんだろうから、よ」
と、冴羽さんが楽しそうにお腹を抱えながら、ソファに踏ん反り返る。
だって……だって、だってっっっ!!!
"あの"冴子お姉ちゃんが、今なお、心から追い出せない…
どんな男性をも寄せ付けない程に惚れちゃってる、"その男性(ひと)"なのよ?
それに、もし生きてたら、きっと……ううん、絶対に。
お義兄(にい)さん、て、呼んでたハズの人。
女ばかりの野上家としては、"お兄さん"て存在は、とてつもない憧れだったのよ。
いったいどんな男性なんだろうと、すっごくすっごく、楽しみにしてた。
そんな憧れを抱いてた、まだ見ぬ義兄(あに)………"それ"が、"コレ"っ?!



「……………」
「……………」
ショックというにはあまりに衝撃が大きく、口もきけなくなった私に向けられたふたつの視線にハタと気付いて。
まだ少し強張りのとけない顔に、無理矢理笑顔の仮面をへばり付け。
慌ててぶんぶんと首を振った。
「い…いや、そのぉ…。確かに、勝手に想像してたのは私なんだけど。
こんなにドン臭……いやいや、味のある人だとは、思わなかったので……」
「いやいや、無理すんなって。ドン臭いであってるよ。嘘でも何でもない。正真正銘、コレがホンモノの槇ちゃんさ♪」
「……そうねぇ……。確かに妹の私から見たって、どうしてアニキと冴子さんが……って、そう思うもの」
何とも楽しげな冴羽さんと、苦笑しながらもそれに同意する香さんに、私は言葉を無くしてしまう。
「コンビを組んだトコロで、あんまりに釣り合わない二人だったからさ。当時、警視庁の仲間内じゃ、月とスッポンて呼ばれてたんだと」
「月とスッポ……」
開いた口が塞がらないとは、このコトかと。
身をもって痛感した瞬間だったわ。



「迷子見つけりゃあ、仕事ほったらかして親捜しするし、猫が川に落ちたと聞きゃぁ、ズブ濡れになって助け出し。
重いモン持ったバーサンがいりゃぁ、代わりに荷物担いで手ぇ引いて歩いたり、さ。お人よしなんだよ、槇ちゃんは」
ソファに胡座をかいた冴羽さんは、指で耳をほじっては、目を細め、面倒臭そうにその指先にたまった耳垢を吹き飛ばす。
う"~……さいってぇーっ!!
「……まぁ、月とスッポンなのは妹の私も認めなくもないケド、正義感が強い、と言って欲しいわね。
それに……間違っても、こんなお行儀の悪いコトはしなかったわっ?!」
……と、香さんは暢気そうにあくびをしかけた冴羽さんの耳を、ギュウと力任せにひとひねりした。



「……ってーっ!!あ"に"すんだよ、香っ!!」
「ったく……アニキの爪の垢が残ってるなら、煎じたりしなくて、生で飲ませてやりたいわっ!!
あのね、お節介じゃなく、そこがアニキのいいトコロなんじゃない。困った人を見たら、放っておけないのよ。
もっこり美女じゃないと仕事しないなんてあんたとは、大違いなのっ!!」
売り言葉に、買い言葉。
「いーっ!!」としかめっつらをしたり、「アカンベー」と舌を出したりする二人は、まるで子供の喧嘩そのもの。
人が多大なるショックを受けてるなんてのも、お構いなしよ。
まったく、もう……何て人たちなのっ?!



でも……くしゃくしゃの笑顔の香さんの隣で、少年のように慌てた笑みを浮かべたその人に、悪いトコロなどカケラも見られない。
冴子お姉ちゃんと肩を並べての敏腕刑事だったってのは……どうもイマイチ、信じられないケド。
それでも、決して嘘などつかない……真実、優しそうな人。
肩肘張らず、気取ったりせず。ありのままの自分でいさせてくれる……そんな人。
"誠実"という言葉をカタチにしたら、こんな人になるのかなぁ……なんてね。
槇村さんのドコに冴子お姉ちゃんが惹かれたのかは、わからないケド。
一見、確かに言葉に詰まる感じだけど。
冴羽さんとは違う、安らぎに満ちた魅力を持ち合わせた人。
そう……この人だったら、安心して"義兄(おにい)さん"……て、呼べてたかもしれないな。
……そんなコトを考えたら、何だか気恥ずかしくなって、思わず、くすりと笑みがこぼれた。



「……わかりました。ちょっと……考えてみます」
小説の中のサヨコにも、冴子お姉ちゃん自身にも、あまりに予想外の相手だったケド。
何だかすごく、魅力的な人に出会えた感じ。
悔しいケド、創作意欲が刺激されちゃったわ?
資料というか、ネタ集めはもうたくさん。
これ以上いくら多くを語られなくても、この飾らない笑顔だけで十分よ。
あとはじっくりと頭の中で、"彼"というキャラクターを造りだしていかなくちゃ。
「……へっ?も、もういいの?」
「ハンッ!槇ちゃんが期待してたようなヤツじゃなかったから、これ以上どう聞こうが、小説の参考にならねぇってこったろ?」
「何ですってぇ~っ!!」
今にもハンマーを振り下ろそうかという香さんと、餌食になりそうな冴羽さんなど我関せずとばかりに、
「さようなら」と、手早くノートPCを手にアパートを出た。



でも……個人的に槇村さんて人は、確かに魅力を感じるんだケド。
どうなのかなぁ……。
仮に槇村さんをモデルにした、Mという人物を登場させたとして。
彼をサヨコの恋人として……並の男など相手にしない、美しくも鋭い眼光の持ち主・サヨコが、唯一、心惹かれる男性として。
果たしてFANの人たちが、認めてくれるのかどうか。
FANの人たちが納得出来るだけの"M"を、果たして生み出せるかどうか…。
う"~……難しいトコロだわ。
もしかして私、今までで一番の難関に突き当たったかも。(泣)
赤信号で立ち止まり、青く澄み切った冬空を見上げれば。
上空の強い風に流されたのか、真っ白な雲が、まるで刷毛でひと掃きしたような筋を描いていく。
いろんな考えが渦巻く私の心とは、正反対の清々しさが、何だかとても羨ましくなった。
ん~……ごちゃごちゃ考えたって、キリないわ?
こうなったら、仕方ない。
残念だけどココはひとつ、サヨコの恋人絡みの話は、もう少し待って貰おっと。(苦笑)



さて、そうすると……記念すべき「警視庁の女豹サヨコ」シリーズ第十作は、どうしたらいいのかしら。
こうなったら、こないだ編集部から提案された、コラボって展開で手を打とうかな。
「都会の始末屋・サエキ リョウイチ」シリーズとコラボレーションさせてみないか……って言ったのは、長年担当をしてくれてた編集さん。
女豹シリーズの記念すべき十作目に、同じく肩を並べる人気の始末屋シリーズ・リョウイチとサヨコを共演させたい……
そんな案が出されたの。
前から読者アンケートでも、何度かそんなリクエストが着てるとは聞いてたケド。
でも私としては、個々のシリーズはそれぞれの世界感があるから、下手に絡ませたくはなかったんだけど……まぁ、記念作品だもんね。
少しはファンの希望も叶えてあげなきゃ、じゃない?



ある仕事でリョウイチと組んだサヨコは、闇をまとった彼に惚れちゃうんだけど。
カオルコのコトを知り……二人が両思いだと知って、身を引くの。
悲しい結末になっちゃうケド、いくら作品上のコトとはいえ、冴羽さんと香さんを傷つけるコトだけは出来ないモンね。
サヨコの恋人については…もう少し構想を練ろうかな。冴子お姉ちゃんが惹かれた、槇村さん。その魅力を十分に理解し、サヨコの恋人役として造りあげるには……。
それにはまた、私自身も冴子お姉ちゃんみたく歳を重ねて。
"人"ってモノをもっともっと理解していかなきゃわからないのかもね……。



そんなコトを考えてる間に、いつの間にか信号は青になって。
早くも点滅をはじめたそれに、念のため左右を見回して、慌てて小走りに対岸へと駆けて行く。
帰りがけに警視庁に寄って、久しぶりに冴子お姉ちゃんの美貌でも拝んでこようかな。
我が姉ながら、眼福モノの美しさだもんね。
その魅力を十分にサヨコに引き出すためにも、しっかりと見学してこなくっちゃ♪(笑)
早くも復活した作家魂に、我ながらゲンキンなモノだと苦笑して。
冷たくなった頬を両の掌であたためながら、警視庁へ続く道を、人込みに逆らいながら駆け足で進んで行った。





END   2010.2.16