●未来くらい…。●



「綺麗よ、冴子」
「ありがとう、お母様」
「うんうん。綺麗だぞ、冴子ぉ~っっっ!!!」
「…あ、ありがとう、お父さ、ま…」
今日はン十回目のお見合いの日。
いいかげんにしてよと言いたかったけど、今日のお相手はさる大臣の
息子さんということで、
お父様の立場上お断りすることも出来なくて…。
もちろん私にその気は無いのだけど。
それでしかたなく、義理チョコならぬ義理お見合いってヤツかしら…?



そんなこんなでせっかくの改まった席だから…と、珍しく振袖なんてのを着せられてしまった。
淡いブルーの地に大輪の牡丹が華やかに描かれたそれは、まさに今の季節にピッタリのもの。
それにあわせて髪もアップにし、少し可愛いらしい髪飾りをつけて、くるりと回ってみる。
ふ…ん。私もまだまだイケてるんじゃない?…と、われながら思ったりして。
こんな姿、槇村が見たら…何て言うかしらね。
普段とは違う私を、少しは見直してくれるかしら…。



あいにくの小雨の中、会場のホテルで紹介されたのは…どうしようもない、バカな男だった。
大臣たる父親の権威を笠に着ているだけの、秘書という名の、ただの遊び人。
ブランド物のスーツを身にまとい、キザったらしく髪を掻き揚げている。
そんなに邪魔なら切ってあげましょうか?…と、言ってやりたかった。
ルックスには自信があるらしく、金で女を侍らすことに慣れているのか、
女を蔑んだ目で見ているのが癇に障る。

着物の合わせ目や項に走らせる視線がいやらしくて、思わず愛想笑いも忘れるほどだった。
「雨も上がったことですし、あとはお若いお二人で、庭園でお話などしてらっしゃい…?」
と、仲人さんのお言葉。
いいかげんウンザリしていたけど、「えぇ…」としおらしく答えてみたり。
男はといえば、この笑顔に女はイチコロさと自信満々のキザったらしい微笑で、手を差し伸べてくる。
あいにくだけど、私は今までアナタが侍らせていた女たちとは違うのよ…
と言ってやりたい気持ちを
やっとの思いで抑え、にこやかにその手を受けた。



小雨が止んだ空は見事に晴れ渡り、綺麗な青空に白い雲が穏やかに流れていた。
さすがに新宿一と謳われた庭園らしく、青々と茂る竹林と、ちょうど今が盛りの紫陽花が美しい。
男に手を引かれて石畳を歩けば、先ほどの雨が木々に残した雫が太陽の光を受け、
まるで水晶のようにキラキラと煌いていた。
横にいるのがこの男でなければ、この美しい自然の贈り物を存分に楽しめるのに…と、
男に知れないように、そっとため息を漏らした。
「いやぁ~しかし野上さんが、こんなに美しい人だとは思いませんでしたね。
いや、本当です。刑事だなんて、もったいないですよ。
そのへんのモデルだって女優だって、貴女には太刀打ちできませんね」
美しい自然美を邪魔するかのように、ハハハと高笑いをする男。
やっぱりこの程度の男か…と、苦笑する。
こんな時、槇村だったら…と思わずにはいられない。



槇村だったらこんな時…
何も話さずに、ただじっと、この景色を見つめているだろう。

そして時折、あの優しいまなざしで私に微笑んでくれるだろう。
そう。槇村とだったら、何の言葉も要らなくて。
同じ景色をただ見ているだけど、それだけで、お互いの心が伝わった…。
そんな懐かしき日々を思い出して、ちょっとだけ胸が痛んだ。



「…で、ですね。野上さんのご予定はいかがですか?」
「…えっ?!えっと…」
思い出に浸って適当に相槌を打っている間に、男はどんどん話を進めていたらしい。
「やだなぁ…次のデートですよ。いつにします?ドコに行きましょうか。
ドライブなんてのはどうです?僕の自慢の車で、野上さんのお好きなところへお連れしますよ」
…要は自分の自慢の車を見せびらかしたい…ってワケね。
女がみんな、かっこいい車に惹かれるなんて甘い考え、捨てた方がいいわよ?
それにドライビングのテクなら、アナタより私の方が数段上だと思うけど…?



「そ、そうですねぇ…」
「あ、それとも映画とかの方がいいかな?その後は、行きつけのレストランで
食事でもいいですね。
いやぁ~いいワインを飲ませる店を知ってるんですよ。
ぜひお誘いしたいなぁ~」

行きつけのレストラン…ね。
ワインが聞いて呆れるわ。
きっと一本千円のと一万円との区別もつかないに違いない。
それに、その支払いで自分の懐を痛める心配も無いのだろう。
パパ大臣というバックを利用しての、いかにも成金趣味そうなデートコースに辟易した。



「…えっと、次のお休みは書類がたまってるので休日出勤なんですのよ。
その後ですと、まだハッキリとは…」
断るつもりでいるんだから、そう簡単に次の約束なんか出来ますかって。
おほほ…とさりげなく手をかわそうとしたら、逃がすものかとギュッと引き寄せられた。
「仕事熱心な方ですね…素敵ですよ。でも僕と結婚すれば、
刑事なんて汚い仕事はしなくたった、遊んで暮らせます。

僕としては一日でも早く、次にお会いしたいと思ってますが…
明日かあさってでも、都合つきませんか…?」

握る手の親指が手の甲を舐めるように這い回り、鳥肌が立った。
「やめてくださいます…?」
キッとにらみつけるが、男はそんな私を楽しむように口元をニヤリとゆがめ、腰に手を回してきた。
「僕たちはいずれ結婚するんですよ?これくらい、いいじゃないですか…」
そう言って、身体を引き寄せる。



私がいつ、承諾の返事を下って言うのよ。
まったく…こんな息子の親が大臣だなんて、日本の未来も怪しいもんだわ…。
せっかくの席だけど、我慢に我慢を重ねてきた堪忍袋も、もう限界。
いつものとおり内股に隠したナイフを…と思ったら、
今日は振袖を着せられたので装備してなかった。

その隙に、だんだんと男の顔が近づいてくる。
ちっ!!…と舌打ちした瞬間、大きな力で身体を後ろに引かれた。



「よぉ、冴子。お前の男の趣味も、ずいぶん悪くなったもんだな」
「…えっ?」
振り向けば、そこにはホテルの庭園にふさわしいとは言い切れない、
ラフなジャケットを羽織った背の高い男が立っていた。

「リョ…リョウッ!!」
己の方に私を引き寄せようとしたいた男はリョウに私を取られた反動で、
不様にも尻餅をついていた。

「だっ、誰だ、貴様っ!!」
さっきまでのインテリ紳士ぶりはどこへやら…仮面がはがれ、
欲にまみれた醜い素顔が覗いていた。

「リョウ…どうしてココに…?」
いつも行動パターンの読めない男だが、今日は特にそうだった。
いったいなぜ、リョウがココに…?



「麗香と唯香、さ。大臣のボンクラ息子とかで、どうしても断れない見合いだ…って。
まぁ、放っておいてもよかったんだがな。何たってお前、見合い相手を自慢のナイフで
半殺しにすんの、好きじゃん?
でもまぁ、そのボンクラが相当なタラシだって言うし。
男に免疫の無いお前がそんなのに引っかかったら…って、
心配性な妹二人からの依頼…さ♪」
「…あの子たちったら…っ!」
思わずくすりと笑ってしまった。



「さっきから聞いてりゃ、ボンクラだの何だのとうるせぇんだよっ!
コイツは俺の女なんだ。
手ぇ出すんじゃねぇよ、オッサンッ!! 」
その存在を忘れていた男がふらりと立ち上がり、気色ばんで怒鳴りだした。
「…って、言ってるぜ?お前いつから、アイツの女になったんだ…?」
「冗談でしょ?!誰があんなボンクラ馬鹿と。それならまだ、アナタの方がマシよっ!!」
「はは、は…マシって…おい。俺をあんなヤツと一緒にすんなよな?!」
「あら、私には同類に見えるわよ?」
笑うながら話す私とリョウに、男はついにブチ切れた。
「こぉんのぉ~っ!!勝手な事言いやがってぇ~っっっ!!!」
拳を握り締め走りかかる男をリョウがひょいとかわして足をかければ、
そのまま勢いよく
雨上がりの草むらの中へとダイブした。
よろよろと立ち上がったその姿は、見るも無残な泥まみれ。
色男も台無しだったけど、でもこの程度の男にはピッタリの姿かもね…?



「よくも…よくもやってくれたなぁ~っ?!」
見栄も理性の欠片も無くした男は泥まみれのまま、リョウに突進していく。
そのまま相手にすれば自身も泥まみれになってしまうので、
リョウは手出しをせず、ただただ身をかわすのみ。

それが一層、男の怒りを増しているようだった。
「この…っ!!…くそっ!!逃げるなっ!!」
何度も何度もリョウに飛び掛る男。
と、次第にこの騒ぎを聞きつけたらしく、庭園入り口はいつのまにか、黒山の人だかり。
そしてそこには、我等が警視庁のトップにしてわが父の姿もあって…。
「…さっ、冴子?!この騒ぎはいったい…っ?!」
目を白黒させるお父様に、この状態をどう説明しようかと考えていたら、
くいと身体を引っ張られた。

「…走れ、冴子っ!!」
「…えっ?ちょ、ちょっと、リョウ?!」
リョウに指を絡められそのまま二人、竹林の中に逃げ込んだ。



晴れたとはいえ、雨上がりの竹林の足場はひどく悪い。
それでも後ろから聞こえてくる声から逃げるように、必死になって走る。
「リョ…リョウッ!! こんなコトして、どうする気よ!!」
息せき切る中、それでも必死で文句を言う。
「何言ってやがる。お前の心の中に槇村がいる限り、お前は他の男と結婚なんざ
出来ねぇよ。
コレはアイツと、その妹からの依頼…ってトコかな?」
「……っ!!」



リョウは絡めた指先をされに引き寄せ、その速度も増した。
「おとなしく男に手を取られてたじゃないか。いつものナイフはどうしたんだよ。
あ、そっか。着物じゃそうはいかねぇよな」
「失礼ね!ちゃんと装備してたわよ。ただし、今日は袖口にね。
でもいつもと勝手が違ったんで、ちょっと戸惑ったのよ。
それなのに大げさに庇いだてなんかしてくれてっ!!」

ホントは嬉しいくせに、強がって文句を言って見る。
でもリョウはそれをちゃんと知っていて、振り返った口元がニヤリと上がっていた。
振袖の袂がひるがえり、牡丹が風に舞っているように見えた。
青々と茂る竹林に差し込む光が、まるで矢のように降ってくる。
不確かな足元を気遣いつつそっと見上げた空は、槇村のように明るく澄んだ青だった。
そう…ね。断るつもりならどんなことがあろうと、初めから受けなきゃよかったんだわ。
だって私は、今こんなにも、アナタへの愛を抱えているんだもの…。



竹林を抜けた裏道に、見慣れた小さな赤い車が止まっていた。
助手席のドアを開けて手を振っているのは、最愛の人が遺した大切な妹…。
「こっちよ、リョウ!冴子さんっ!!」
「…香、さん…」
はぁはぁと、息を継ぐ私。
「大丈夫ですか、冴子さん。着物で走ったから、キツかったんじゃ…。
それに…いくら麗香さんや唯香ちゃんに頼まれたからって、
せっかくのお見合いをブチ壊しちゃって…。

ひょっとして、迷惑だったんじゃ…」
荒く続く息を整え、笑いながら彼女を抱きしめた。
「迷惑?とんでもない!大感謝よ、香さん。
私が槇村以下の、馬鹿な男と結婚するとでも…?」
「…いえ…」
くすくすと笑う香さんの手を取って、その大きな瞳を見つめる。



「本当に…ありがとう」
「冴子さん…」
「…っと。のんびりしてたら追っ手が来たぜ、早く乗れっ!」
竹林の向こうから聞こえる声が、徐々に近づいてきた。
あわてて車に乗り込む。



親の言いなりになんて、ならないわ。
自分の未来くらい、自分の手で選んでいきたいもの。
私の幸せは、私自身で掴み取るの…。
槇村…素敵な友達を遺してくれて、ありがとう。
素敵な日々を、ありがとう…。
でも、アナタとのコトはまだ当分、思い出という過去にする気はないわよ…?



竹林からの覗く青空に向かってくすりと笑った時、
クーパーが勢いよく走り出した。





END   2005.5.30