●桃の花●



灯りをつけましょ ぼんぼりに
お花をあげましょ 桃の花……



のどかな昼下がり、冴羽家のリビングに流れるのは雛祭りのメロディ。
今日は3月3日、雛祭り。
日本の風習に詳しくないという美樹のために、香とかずえ、
女三人でのささやかな雛祭りパーティーが開かれていた。
チェストの上には豪華7段飾りとまでは言わないが、ガラスのケースに入れられた内裏雛。
その隣には春らしく桃と菜の花が彩りよく活けられ、リビングに一足早い春の香を撒き散らしていた。



女ばかりの野上家では、娘に甘い父親が各々の娘に用意した段飾りの雛人形があるらしい。
長女・次女・三女とまではそれを許した妻だったが、さすがに邪魔だと感じたらしく、
四女・五女たる双子の娘たちには、ガラスケースに入った雛人形にしたのだという。
今日はそのうちの一組を麗香に借りてきてもらったのだが、あいにくと本人は急な仕事で地方に出張中。
そんなわけでしかたなく、女三人の宴となったのだった。



「うわぁ~キレイねぇ~…。襟の合わせ目とか、すっごく素敵♪昔の人って、ホントにこんなの着てたの?
これじゃぁ全然、身動きなんて出来ないじゃない?」
うっとりした目でケースに見入る美樹。
幼き日々を戦いの中で過ごした彼女にとって、華やかなものは永遠の憧れらしい。
「うーん…。貴族のお姫様たちはね?お屋敷から外に出ることは無かったから、それで良かったんじゃないかな?
身近に仕える女房たちもいたわけだし…」
「女房…?」
「女性の召使い…簡単に言えば、侍女よ」
「ふぅーん…」
想像もつかないわ…という顔の美樹。
まぁ洋服の身軽さを知ってしまえば日本人といえど、着物を着るのは年に数えるくらいしかなくて。
これも時代の流れよね…などと話し合う香とかずえだった。
そんなことはお構いなしに、女三人の宴は始まる。



持ち寄った料理に加え、草餅に桜餅、雛あられも並ぶテーブルを囲み、まずは白酒で乾杯。
女の宴らしく、しっとりと…とは、いかないようで…?
「ふふふ…今日はね、ちょっとしたお土産があるのよ♪」
と、かずえが取り出したのは、一本の白ワイン。
「知り合いが特殊ルートで手に入れた、極上の白ワインよ。普通に買えば、一本ン十万はするらしいわ?」
「そんな高価なワイン…いいの、かずえさん…?」
「そうよ。ミックと二人、特別な時にこそ…飲むべきものじゃないのかしら」
極上という言葉に惹かれつつ、ン十万という値段におびえる香と美樹。
しかしそんな二人を意にも介さず、かずえはいきなり拳を握った。



「イイのよ!!ねぇ、聞いてくれる?こないだミックったら、またナンパしてたのよ?
しかも私が学会から帰ってくるのを待っている駅で、よ?信じられる?!
これが…これが許せると思うっ?!きっと…きっと私が留守にしてる間にも、
鬼の目を盗んで…とか言って、ナンパしてたに違いないわ。もうあんなヤツ…知らないっ!!!」
握り締めた拳で料理の並ぶテーブルをドンと叩き、グラスがカチャリと音を立てた。
「は、ははは…」
慌ててお皿やグラスをカバーしながらも、香と美樹はフォローの仕様が無く、ただただ苦笑するだけだった。
そんなこんなでかずえをなだめつつ、白酒を白ワインに替え、再び乾杯となった。
甘いものに冷えた辛口のワインは実に美味しく、ついついグラスを重ねていくうちに…三人の酔っ払いが出来上がった…。



「ん~美味しい!さっすが、一本ン十万円のワインね♪」
「そぉよね。お値段だけのコトはあるわぁ~」
「んっふふふ…でしょ、でしょぉ~?」
女三人、しとやかなはずの雛祭りは、いつのまにか酔っ払いによる
日頃ため込んでいたそれぞれのパートナーへの文句の言い合いになってしまった。



「まぁ~ったくぅ…ミックったら…。日頃は甘いコトバを平気で掛けてくれるくせに、
どうしてあの悪いクセは治らないのかしらねぇ…」
「ん~でも、かずえさんはまだイイわよ。時々でも甘いコトバをくれるなら。
それとも、リョウにそれを期待する私の方がバカ~?!」
「そんなことないわよ、l言葉は大事!!私だってファルコンがすっごい照れ屋なのは知ってるけど、
それでも時には、キチンと言葉にして欲しいと思うわ~」
飲みすぎたワインが効き始め、散々文句を言い合ったあげく、三人は次々と睡魔に襲われた。
そして静かになったリビングには、時々「バカ!!」だの「スケベー!!」だのと、聞くに堪えない寝言が響く…。



そんなリビングがようやく静まりを見せたころ、その扉をカチャリと開け、リョウが入ってきた。
今日は珍しく部屋でゴロ寝を決めこんだのだが女三人の剣幕に当てられ、コーヒーを飲みたくても
怖くて階下に降りられなかったのだった。
「…うっ…酒くせぇ…」
料理とグラスの散らばったテーブルを囲むように、女三人がグッスリと寝ている。
「…ったく…飲みすぎだっつーの。しかたねぇなぁ…」
と文句を言いつつ香に近づくが、憎まれ口をたたくその瞳は愛しき女を見つめ、
その柔らかなクセ毛をくしゃりと撫でた。
「甘いコトバを平気で吐くような、あんな金髪ヤローと一緒にすんなよな。そんな安売りするコトバに、
本気なんかこもってねぇっつーの」
と、これまたかずえが聞いたらハンマーもののセリフ。
「俺はそんな、安売りはしない質でな。まぁいつの日か、お前が茹でダコになっちまうくらいに
吐いてやるから…覚悟しとけよ…?」



ふと見れば、雛祭りにと活けられた桃の花が、甘い香を放っていた。
「桃…か…」
その小さなピンク色の花を武骨な指で一輪失敬し、柔らかな茶色の髪に飾る。
「言葉にはしなくても、お前に首ったけ…って、な」
己の言葉に苦笑し、再度そのクセのある髪を愛しげに撫でると、コーヒーを淹れるためにキッチンに向かった。



その足音が遠ざかるのを確認したかのように、香がゆっくりとまぶたを開ける。
そして、聞き取れないほど小さな声で「バカ…ね」とつぶやくと、くすくすと笑い出した。



END    2005.3.16




<注・桃の花の花言葉→あなたに首ったけ>