●Mother is…●



「今でも"彼"のこと、忘れられないのね」
「…………」
寄せては返す波のように、穏やかな瞳に見つめられて。
今更返す言葉もなくて、くしゃりと笑った。
しつこくお見合いを持ち込むお父様と、久々に派手にやりあってしまった。
だってあまりにも、傍若無人。
お気に入りの部下とまとめようとして下手な小細工するあたり、職権乱用もいいところ。
これで安全大国・日本のトップに立つ警視総監だなんて、日本の未来も危ういもんだと思うのよね。



滝のように降ってくるお見合いをかわすのに、いつまでも無言のままというワケにはいかなくて。
好きな男性(ひと)がいる、と。
生涯共にありたいと思う男性(ひと)がいる、と、以前から母には内緒で伝えてた。
そして数年前には、彼が"不慮の事故"で、命を落としたということも。
もう彼以外の男性(ひと)のことなど、考えられない……と、いうことも。
「生涯をかけて愛せる男性(ひと)に出会えたのなら……後悔はないわよね。お父様には、内緒だけど」
「…………」
「こんなに素晴らしい男性(ひと)を愛せた……と、誇れるような。冴子はいい恋をしたのね」
「お母様……」
にこりと微笑む母の表情(かお)は、慈愛に満ちあふれる聖母そのもので。
優しく肩を抱かれて、情けないことに視界がにじんだ。



「でも……お父様の顔をたてて、たまにはお見合い、してあげてちょうだいな」
「……その気もないのに、それって失礼じゃない?」
思いがけないセリフに肩をすくめれば、くすりと笑いながら小首を傾げる。
少女のようなその様と、そのあっけらかんとした口調に、思わず笑みがこぼれた。
「あら、それは親孝行の範囲内。お父様がお喜びになるなら、許されるでしょ。
それに、"彼"のよさを再認識出来る、いい機会と思えばいいじゃない?」
この父にして、この母あり。
こうして夫婦は成り立つものなのかなと、思わずぷっと、吹き出してしまったわ。



「まぁ我が家はこのとおり、男勝りな娘だらけだし。
ねぇ……誰かかわいいお嫁さん、連れてきなさいな」
嘘とも冗談とも思えるセリフに瞬時言葉をなくしつつ、ふっと脳裏に浮かんだのは、よく知る"彼女"の姿。
「んー……そう、ね。知り合いに、顔よし性格よし、人あたりもよくて、器量よし。
おまけに気遣いに長けて、家事全般見事にこなす、お嫁さんにしたらもってこいの彼女がいることはいるんだけど……」
「あら素敵。今度連れてらっしゃいな」
ぱちんと両の掌を合わせて目を輝かせる母の姿は、20代を筆頭に、5人も娘がいるとは思えなく。
どうやったら母のように歳を重ねていけるものかと、しばし逡巡。



「んー……だめ、ね。彼女、恋人と暮らしてるの。
それがとんでもなくヤキモチで、彼女が他の男の目に触れるのも嫌がるくらいなのよ」
「あら、残念。懐の狭い男は、出世しないわよ?」
「ふふ……そうね。でも彼は、出世するより"我が道を行く"ってタイプなのよ。
でも……うん、彼女がお嫁さんだったら、文句ないなぁ」
料理上手な上に細かいところまで目の届く香さんなら、さぞかし快適な暮らしだろうと推測される。
そしてその素晴らしい環境に何も感謝せず、
毎日をのほほんと享受しているバカな男に、改めて深い吐息をこぼした。



「じゃぁ、その彼に飽きたらよろしく……って。そう言っといて」
我が母にして、このセリフ。
そうでもなきゃ、あのお父様の相手はつとまらないってトコロかしら?(苦笑)
新年早々、仲良く腕を組みながら花園神社へ初詣に出向いた姿を見かけたところからは、
何人(なんびと)たりとも他をよせつけないほどの、二人だけのオーラみたいなものが見てとれたっけ。
あの二人の間に入り込むようなコトしたら……片足踏み込んだだけで、寿命が十年は縮むわね。
冗談とも本気とも取れるような母のセリフに「はぁ~い」と微笑みながら、くわばらくわばらと肩をすくめた。




END    2015.7.16