●泣かないで●



仕事を終えて、アパートへと向かう帰り道。

心地よい疲れと、肩の力を抜いての帰り道。
「あー終わった、終わった。疲れたぁ~」だの、
「依頼料が入ったから、今日はフンパツしてお肉よ!!」だの。
そう……常ならば、そんな会話で弾む車中なのだけど……
……今日は、違った。



最後の最後で、気を抜いてしまった私。
そんな私がドジを踏んだせいで……またリョウが傷を負ってしまった。
ンなモン、たいしたコトねーよ……と、笑って言うし、
その実、確かにそれほどのケガでは無いのだけれど。
それでも……私のせいでリョウがケガをしたことに、何ら変わりは無いワケで。
いつまでたっても半人前の自分に、自己嫌悪。
自分の身も守れずに、リョウの足手纏いにしかならない自分。
リョウにとってリスクにしかならない自分に、ほとほと嫌気がさしてしまった。



狭い車内。
顔を合わせるのも気まずくて、運転席のリョウに顔を背け、流れ行く車窓を見れば。
すでに夕暮れた空は、忍び寄る夜の暗さとは別の、何だかどんよりとした雨曇り。
それが一層、私の心を暗くした。



泣いちゃダメ……。
泣けばよけい、惨めになるだけ。
リョウの心を、重くするだけ……。
そうやって窓の外、流れ行く景色をにらみつけ。
必死に涙を堪えていた私の目の前で……何かが、揺れた。



…………雨…………。
私が必死に堪えていたら、その代わりなのだろうか。
重苦しそうな空から、いきなり水滴が落ちてきた。
スピードを上げる車の窓ガラスにぴたりと張りついたそれは、小さくいびつな粒となって。
やがて、自身のその重みに耐えられなくなって、よたよたとした跡を残しながら下降する。
次の雨粒が、その跡を辿るように勢いよく流れていって。
その次の雨粒も、そのまた次の雨粒も、その後を追うように辿っていって。
そのよたよたとした跡を、更に太いものへと変えていった。



いよいよ車は本格的な雨雲の中に入ったようで、
その次の大きな雨粒は、そのよたよたとした道程の途中から、よそへと枝分れして行った。
そして気がつけば、窓ガラスは一面、流れるようなあまたの軌跡を描き出し。
それはまるで、モザイクの模様のようだった。



泣かないで……泣かないでよ……。
せっかく私が我慢しているのに、こんなにも堪えているのに。
空は無情にも、その想いを打ち砕くようにたくさんの涙を流す。
それはまるで、私に泣けと誘っているかのようで。
負けるものか……と、ギュッと唇を噛み締めるのに、私の感情はもう、ギリギリのところまで来ていて。
そんな抵抗はもう、何の意味もなさなかった。



ひっく………。
上ずる声を我慢出来ず、まず、肩先が揺れた。
それに続く涙と嗚咽を堪えようと、更にリョウから顔を背ける。
そして肩先に羽織っていた毛布を、口元から鼻先まで、顔を隠すように深く覆った。
それでもまだ、涙も嗚咽も留まることを知らなくて……。
車内の空気は、さらに言いようもないものになっていた。



ひっく……ひっく……。
どうしたって止めようのない涙と嗚咽に、ますます自己嫌悪に陥る私。
その髪に……リョウの手がそっと触れた。



ぴくり……
……と震える私を気にすること無く、その手はゆっくりと優しく、
まるで子供をあやすかのように、私の髪を撫でてくれる。



その手のあたたかさに……何も言わず、黙っていてくれる優しさに。
このまま、リョウの傍にいてもいいの………?
……と、涙で腫れた目を向ければ。
何も言わずに、包み込むようなあたたかな笑みをくれて。
そのままに、黙って私の身体を引き寄せてくれた。



その笑みに……その優しさに。
へこたれるだけじゃなくて、必死についていこうと。
この笑顔を……この信頼を。
何よりリョウその人を失いたくないと……そう思った。



いよいよ激しく打ちつける雨の中、まるで私の鼓動と同じように、車はグンとスピードを上げていく。
その雨音とエンジン音を聞きながら、
ほんのりと血のにおいのするその太い腕に、子供のように縋りついた。




END    2007.1.22