●夏草のワルツ●



山梨方面へ依頼人を送り届けた帰り、ふいの豪雨に、道が土砂崩れで封鎖されて。

舌打ちするリョウをなだめながら、慣れない道を迂回してる間に、とっぷりと日が暮れてしまった。
「どうするの?」と口をはさみつつ、一方のハンドルを握るリョウは、何だか少し渋い顔。
長く続いた依頼のあとだけに、さすがにリョウも疲れてるみたいで、
時折ハンドル叩く指先が、その苛ただしさを物語っている。
早くアパートへ帰りたいのは山々だけど、
慣れない暗い道を走ってくのは、さらなる疲労を呼び込んでいった。



「……だーっ!!もうっ!!面倒くせぇ。今夜は泊まりだ」
「泊まりって、こんなトコに、宿なんか……」
戸惑う私をよそに、車は細い脇道へと滑り込む。
夜目に過ぎ行く慣れない景色を追っていけば、どこか見たような、懐かしい道なりで。
そして辿りついたのは……奥多摩の、あの教会だった。
「リョウ、ここ……」
「捕まったり、激しいドンパチがあったり……
美樹ちゃんもあんなコトになったし、人もたくさん死んだ。
あんまりいい思い出がないから、どうしたもんかと思ったんだが……
近場で泊まれるようなの、ココしか思いつかなかったからな」



確かにひどい一日だった。
幸せそうに微笑み、ブーケを投げようとした、あの瞬間……。
耳をつんざくような激しい炸裂音とともに、
美樹さんの胸が真っ赤に染まった、あの一瞬を……忘れるのは無理だろう。
そしてさらわれた私を追って来てくれたリョウとクロイツとの、危機迫るやりとり。
そしてそれに続く、リョウの言葉……。
今まで生きてきた中で、何よりうれしかった言葉を。
死んでもいいと、そう思わせてくれた言葉を聞いた、あの日のことを。
私は生涯、忘れることはないだろう。



「……こんなトコ、やっぱイヤか?」
黙り込む私に、リョウが不安げな視線をよこす。
確かにつらくて嫌な出来事だったけど……みんなとの絆が。
誰より、リョウとの深く強い絆を感じることが出来た、
リョウと一歩進んだ関係になれた、大切な思い出だった。
厭う気持ちはあるものの、あの日のすべてという意味じゃぁないし。
何よりこの奥多摩の教会は、私の中での、ターニングポイントとなる、大切な場所だった。
「ううん……大丈夫」
にこりと笑って首を横に振れば、幾分強張っていたリョウの肩から、ほっとしたように力が抜けた。
そんなに気にしててくれたんだ……と、意外なところで神経の細かいリョウに、くすりと笑った。



「電気に水道はある。食いモンは備蓄用の簡単なのしかないが……まぁ、どうにかなるだろ」
ベルトのバックルから取り出したナイフの先を使い、リョウが器用な指先で教会の扉をこじ開けた。
「大丈夫。さっき向こうを出る前に、リョウ、給油してたじゃない?
その時私、コンビニで少しお菓子とか買ったのがあるから、それを夕食にすれば……」
ちょっぴり沈みがちなリョウを励まそうと明るく言えば、黒い瞳がふっと和らぎ。
くっくと、押し殺したような笑い声が響く。
「……ったく。いつまでも食い意地が張って、しょうがねぇなぁ」
と、あからさまな吐息のあと。
「これからは、もうちょっと色っぽくなってもらいたいもんだな」
と笑って、私の鼻をくいとつまんだ。



普段なら「何ですって?!」と、そのまま喧嘩腰になるはずなのに、
大きな手が横滑りして、そのままゆっくりと頬を撫でていくから、返す言葉を忘れてしまった。
私を見つめるリョウの目が、どうしようもなく優しく穏やかで、胸が高鳴る。
「……まぁそれも、俺限定で、な」
「え……」
聞き間違いかと思ったセリフに、大きく目を見開けば。
くしゃりと照れたように微笑むリョウに見つめられて、次第に頬が赤くなる。



雨のあがった夜空には、先程までの暗雲が嘘のように、きれいな星々がきらめいて。
しっとりと濡れた夏草が、夜風にゆったりとそよいでく。
「リョウ……」
何を言わずとも、わかってる、とばかりに、
くしゃりと私の髪を撫でた手が、そのまま頭を抱えるように抱き寄せて。
頭のてっぺんに小さなくちづけが落とされる。
思い出の教会で、あらたな夜がはじまろうとしていた。




END    2012.9.6