●お買い物●



「う~…寒いっ!!ただいまぁ~」
寒さに頬を真っ赤に染めながら、香は抱えていた買い物の山を玄関にドサリと置いた。
「…香ぃ~…メシぃ~」

リビングからは、相変わらずのんきな相棒の声。
冷えた手をさすりながらひょいと覗けば、声の主はソファに寝そべりながら、
愛読書たる
いかがわしい雑誌をご愛読中。
その鼻の下はみっともないくらいに伸びていて、

これのドコが裏の世界のNO.1なのだと、文句のひとつも言いたくなった。



「アンタねぇ…この寒い中を買い物してきた私に、感謝の気持ちってのは無いワケ?

おかえり、寒かったろって、コーヒーの一杯くらい淹れてくれたって、バチは当たんないわよ?!」
「ふんっ!!俺は世界一のスイーパーだ。そんな暇は無ぇんだよ。それに…香ちゃん?
お前、俺のアシスタントだろ?
俺が常にベストな状態で仕事に対処できるように配慮すんのが、
お前の仕事。
だっからぁ~そんなみみっちいいコト言わないで、早いとこメシにしてくれよ。

リョウちゃんおなか減って、一歩も動けないのぉ~」
「……」
一日ゴロゴロしてばっかの男にこんなことを言われ、文句を言いたい…言いたいが、
でも、言い返すだけの気力も体力も、さらには時間までもが無駄だと判断して、
香は足取り重く、キッチンに向かった。



買い物の山をキッチンのテーブルに置き、ガサゴソと中身を広げてゆく。

今夜のメニューは、鶏だんご鍋。寒い中を帰ってきた香としても早く熱々のお鍋が食べたくて、
手早く準備に取り掛かる。
…と、その時…

「…あぁーっっっ!!!」
キッチンに響く香の大絶叫。あまりに突然の大声に、リョウも慌ててキッチンに飛んで行く。
そこには、ただただ呆然とする香の姿があって…。
「…んだよぉ…でっけぇ声、出しやがって。ビックリすんじゃねぇか」
「だって、だって…葱が無ぁ~いっっっ!!!」



「…は、はぁ?!葱ぃ?!」

ふと見れば、キッチンのテーブルには白菜やしらたき等、
いかにも
今日は鍋料理♪的な材料が並べられていた。
「別に葱が無くったって、鍋は出来るだろ?何もそんな、デカイ声出さなくったって…」
「だって、だって今日は鶏だんご鍋なんだもの。鶏だんごには刻んだ葱をたっぷり入れないと、
美味しくないのよぉ~っ!!」
「んじゃ、もっぺん、買いに行けばぁ?」
香の作る鶏だんご鍋。それはリョウの気に入りの冬のメニューのひとつであって。
そうか、あの鶏だんごの隠し味は葱だったのか…と、日頃、腹に入るものには無頓着なリョウは思う。



「じゃぁ…ハイ」

と、リョウの目の前に差し出されたのは、冴羽家の家計費を入れてある香愛用の財布。
香お手製のミニハンマーとリョウちゃん人形のマスコットが、可愛らしく揺れている。
「ハイ…って、何で俺が行かなきゃいけねぇんだよ。買い忘れたのはお前だろ?とっとと行って来いよ。
俺は腹が減ってるっつっただろ?」
「だ・か・ら・よ、リョウ?」
「…へ…?」
ニヤリと笑う香。



「おなか減ってるんでしょ、リョウ?すぐにでも食べたいんでしょ?でもね、葱が無いと鶏だんごは作れないの。

私が買いに行ってもイイけど…その代わり、私が買い物に行ってる間にお鍋の準備、してくれる?
お野菜切ったり、お出汁取ったり、モロモロの準備をリョウがしてくれる?それなら私、行って来るわよ。
でもね、私が買い物から帰ってきてイチから始めたら…もちろんその分、食べるのも遅くなるのよね。
それでイイのね、リョウ…?」
「~~~っっっ!!!」
不敵な笑みを浮かべる香に、リョウは何も言い返せない。
寒い外に行くのは嫌だが、腹が減ってるのはまぎれもない事実で。夕食が一秒でも遅くなるのは耐えられなかった。



しかし今日は、一段と強い寒気団が来ていると天気予報のもっこりキャスターが言っていた。

やっぱりこのクソ寒い中、出かけるのは嫌だな…と思いつつ香を見れば、
指先も頬も真っ赤に染まり、
足先も寒さに耐えるかのようにこすり合わせている。
「…ちっ!!しかたねぇなぁ…」
こんな姿を見せられた後では、再度香を外に出させるわけにも行かず。
素直になれないひねくれものは、しぶしぶという体で財布を掴むと玄関に向かった。



「あのね、リョウ?もしあったら、泥つき葱がいいんだけど…」

その後を追って来た香がおずおずと、それでもしっかりとリクエストする。
「泥つき葱ぃ?何だ、そりゃ?」
「普通の葱より太くって、青いところが多いの。煮ると甘くて美味しいのよ。だから、あったらそっち…ね?」
へいへい…と玄関を開ける。とたん冷たい外気を受け、思わず首をすくめた。



「あ、リョウ。ちょっと待ってて!!」

「んだよぉ…まだ何か…」
文句を言おうと振り返るリョウの首が、ふわりと優しい感触に包まれる。
「外…寒かったから…。気をつけて、ね…?」
キュッとマフラーを結ぶ香が、にっこりと微笑んだ。今まで身に着けていた香の体温のせいか、
それはほのかに温かく…そしてかすかに、甘い匂いがした。
「…おう…」
玄関を出るリョウの耳が、心なしか、赤く染まっていた。



「ありがとうございましたぁ~♪」
スーパーで泥つき葱を買い軽い電子音と共に開く自動ドアを抜けると、
とたん、冷たい風が身を斬るように吹き付ける。

夕食の買出しで混雑するスーパー内は熱気にあふれ、
それに反比例するかのように、街は冬一色の冷たい色。

冬の澄んだ空にはネオンに負けじと、凍て星が輝いている。



「くっそぉ~寒ぃなぁ…」
カチリとジッポの音を響かせて火をつけたタバコを咥え、リョウは早足でアパートへと足を進める。
ピリリリ…と、胸ポケットの携帯が鳴った。
表示された番号を見れば、それはまさしく我が家のものであり。となると、当然相手は…。
「リョウ?今、どこ?」
寒風の中、香の声がほんわりと温かい。



「おう…今、買い終わったぞ。さっみぃ~っっっ!!!メシの支度、ちゃんと出来てんだろうな?」

「うん…あの、ね?ついでで悪いんだけど、酒屋さんで料理酒、買ってきてくれない…?」
「はぁっ?!おまぁはこのクソ寒い中、まだ俺に買い物させる気かよ。ほんっと、つめてぇ女だよ、お前はっ!!」
咥えタバコで寒さに肩をすくめつつ、リョウは携帯に向かって文句をたれる。
「だって…今、切れてたのに気がついたんだもの。
今、スーパーの前なんでしょ?じゃぁそこの角曲がれば
酒屋さん、すぐじゃない。
それに…料理酒入れたほうが、鶏だんごもグンと美味しくなるのよ」

「…わぁ~ったよ。それで?これ以上“ついで”とやらは、ねぇんだろうな?」
これも美味しい鶏だんご鍋のため…と、口先だけは嫌味っぽくなるものの、
すでに腹はグルルと鳴って限界を告げていた。




「うん、それだけ」
「じゃ、な。切るぞ」
寒風に冷たく冷え切った携帯を耳から外そうとすると…。
「あ…リョウ…?」
「んだよ、もう用事はねぇんだろ?」
「うん…あの、ね?熱々のお鍋作って待ってるから…早く帰って来、て…?」
「……」
スンと鼻をすする。
「…ったりめーだろ?こんな寒い中、あと一秒でもいたら風ひいちまう。じゃ、な。切るぞ」
プチンと、そっけなく通話を終える。



「…早く帰って来てね、か…」
思わずニヤリと笑って携帯を胸ポケットに大事そうに戻すと、
その頬を寒さのせいかほんのりと赤く染めながら。

リョウは足取り軽く酒屋へと続く角を曲がって行った。




END    2005.3.16