●おかわり~ステーキ小噺~●



近所に出来たステーキハウスが、開店祝いとして配っていた半額券。
それを大食漢のバカ男が見逃すワケもなく、何とも嬉しそうにヒラヒラと見せびらかす姿は、まるで子供で。
いつもならそんなバカ話……とムシするトコロ、
こちらとしても、たまにはまとまったお肉をガツンと食べてみるのも悪くないわねと。
まぁ、半額という二文字につられたというのが正直なトコロなんだけど。(苦笑)
たまにはね……と、珍しく二人で外食するコトになったの。



ディナータイムのみとのコトで、混み具合を考えて少し早めに出て来たとのに、もう入口前には長蛇の列。
まぁ確かにこのご時世、半額ってのは魅力よね。
それにつられただけに文句も言えず。
リョウに至っては、肉で腹が満たされるならドンとこい!!と、列に並びながらも太腿上げなんかして、お腹を減らそうと奮闘中。
隣に並ぶ私としては、他人のフリをしたトコロで、矢のような視線が突き刺さり……。
ホント、バカなんだから……もうっ!!(泣)



いよいよ待ちに待った私たちの番が回って来て、
店内に足を踏み入れた途端、ジュージューとお肉を焼く音と、香ばしい匂いに包まれる。
こちらとしてもかなり待たされたので、恥ずかしながらそれだけで、お腹の虫が大合唱。
それをすかさず耳にしたリョウが、無言のままに、ニヤリと意地悪く笑った。



案内された席に着くや否や、「サーロインの特上、レアで500!!」と、メニューも見ずに答える男。
どうやら半額券に記されてたスペシャルメニューをしっかり暗記してたみたい。
こいつってば、こういう時だけ下手に記憶力がいいのよね。
「ちょっ……そんなに、食べられるの?!」
私なんか200グラムで結構お腹いっぱいになるのに、その倍だなんて……と思いつつ、
馬車馬のように食べまくる普段の生活を見ていれば、情けないコトにそれも納得出来てしまったり。
「半額なんだから、いーだろ?ほれ、お前は?」
ご馳走を前にした子供のようにご機嫌なリョウに急かされて、ロースの200をミディアムでお願いした。



他愛のない会話を交わしつつ、いくらか待たされ、ようやく出て来たそれに、思わず息を飲む。
お肉の裾先からは、きれいな肉汁が鉄板の上に広がって。
黒光りするその上でジュージューと、うるさいほど音を立てながら跳ねている。
それは何とも言えない魅惑的な香りを放ち、見ているだけで、お腹の虫がオーケストラの如く鳴り響いた。
「お、おいしそう……いっただきま……」
日々の生活に逼迫中の冴羽家としては、年に一度、拝めるかどうかのシロモノで。
それだけでもう、ありがたさは100万倍!!
感嘆する私をヨソに、食前の挨拶のそのすべてを言い切る前に、向かいの男は分厚い肉の塊を黙って十字に切り分けて。
それでもまだ十分に大きなその一切れを、遠慮も何もなく、大きく開いた口の中へポイと放った。



「……ちょっ……あんた、何、バカやって……っ!!」
驚き我が目を疑う私をヨソに、件のバカ男は2枚目を放り込み、もぐもぐと。
幾度か咀嚼したかと思えば、3枚目を放り込み。
「ん~……?」と、ようやく私に返事らしいモノを返した。
「あんたねぇ、久しぶりのお肉なのよ?もう少し味わって食べ……」
「ンな暢気に味わってるヒマ、あるかよ。おい、兄ちゃん、おかわり♪」
「はぁ~……っ?!」
私の言うコトなど、聞く耳持たず。
近くを通り掛かったウエイターさんに、おかわりを頼みながら最後の4枚目のお肉を放り込んだ。



「ちょっ……リョウっ!!」いくら半額だからって!!」
慌てふためく私にチラと視線をくれるケド、何等動じるコトもなく。
笑顔のままに、サイドメニューのサラダにざくざくとフォークを突き刺していく。
「半額だから、だろ?いつも節約してるんだ。こういう時に栄養取り込まなくてどーすんだよ」
レタスをもしゃもしゃと。
そしてあんぐりと開けた大口に、鮮やかな色を添えていたプチトマトが放り込まれた。
栄養も何も、あんたのその馬車馬並の食べ方じゃ、栄養以前に質より量でしょーがっ!!(爆)



今にも怒鳴り出そうとする私を軽くいなし、傍らの中ジョッキの残り半分を、その底無し洞窟の入口へ一息に流し込んだ。
「……ぷは~っ!!なぁ……今日くらい、ガタガタ言いっこ無しにしようぜ?せっかくの肉がマズくなっちまう」
悔い改めるなんて考えは露程見せず、次のお肉が来るまでの時間が手持ち無沙汰(口無沙汰?)とばかりに、
その猛る熱意は呆れて物が言えない私のサラダに向かい。
手にしたフォークを、遠慮も何もなく、ザクザクと差し込んでいった。



「~………っっっ!!!」
反省するどころか、至極もっともなコトを言い返されて、言葉に詰まる。
確かに久々にお肉の塊を口にしてるんだから、つまんないケンカでそのまたとない機会を台なしにするのは野暮ってモノよ。
でもね?だからってそう、人のサラダまでムシャムシャ食べるのは…と、また口を開きかけ。
いやいや、そんな小市民的発想がせっかくの雰囲気を台なしにするんだわと、踏み止まる。
「そりゃぁ私だって、美味しく食べたいけど……」
「……だろ?決ぃーまりっ!!さ、早く食おうぜっ♪」
人の躊躇などカケラも気付かずに、運ばれてきた2枚目のステーキを、これまた元気よく十文字に切り分けて。
そしてさっきと同じように、味わうコトもなく、ぺろりと平らげ、またお代わりをした。



「……あんた、どんだけ食べる気?」
「ん~………?」
呆れて物も言えないケド、その食べっぷりには、ついついため息がこぼれだす。
数回咀嚼する度に新しい一切れを放り込む姿は、まるで何かの規則に乗っ取ったかのようにスマートで。
食事をしてる、味わってる……とは、到底思えなかった。
まったくもう……それじゃぁ味もクソも無いわよね。
「どんだけ食べれば気が済むのかって話し、よ。
いつも馬車馬みたいに食べるんだから……あんたって、そーとー燃費の悪い身体してるわよね」
無垢な心のままに肉を頬張るリョウに、小さくイヤミ。
だって呟かずにはいられなかったのよ!!(爆)
でも、私のため息まじりのセリフにも、リョウにとっては馬の耳に何とやら。
そしてこれ以上奪われてなるものかと、リョウの目がステーキに向かってる内に、残されたサラダの残骸を引き寄せたケド。
それはもうサラダという名に相応しくない程、かわいそうなシロモノで。
小さなレタスの切れっ端が、ドレッシングの中、申し訳なさそうに漂っていたわ。



「どんだけ……って」
見るも無惨なサラダにため息をこぼす私に、リョウは何を今更…という顔で、意地悪そうにニヤリと笑う。
……?何よ。何なのよ、その不敵な笑みは。
こいつがこんな笑い方をする時って、ろくなコトないに決まってるんだけど。
それに思いあたるコトもなく、首を傾げる。
そんな私に、ナイフを手にしたままのリョウが、にぃと笑った。
「"これから"に備えて、あらかじめ養分補充しとかなきゃ……だろ?」
「これから………?」
私の手帳も新宿駅の伝言板も、どれだけひっくり返したトコロで、ここ数ヶ月、依頼の"い"の字も入っちゃいない。
ここんトコロの蒸し暑さで、とうとう頭にきたかと、いぶかしげに見上げれば、何とも楽しそうにクイと指を動かす。
それにつられて小首を傾げつつ、そっと顔を近づけた。



「これから香ちゃんと、蒸し暑さも吹っ飛ぶような熱ぅ~い夜を過ごすんだからさ。
しっかり体力つけとかなきゃ、じゃん?」
「な…………っっっ///」
「明日も雨だろ?伝言板チェックなんか、サボっちまえよ。帰ってからおっ始めて、明日一日、ガツンと楽しもうぜ♪
そのためには、こんな肉の10枚や20枚じゃ足りねぇよな。おーい、兄ちゃん。おかわりx2♪まとめて10皿くらい頼むわ~」
「ちょ……っ!!リョウっ!!///」



外食の場での会話じゃないクセに、内容からして、耳打ちするくらいの常識はかろうじてあったのかと、小さくため息をこぼし。
いやいや、そんな場合じゃなくって、と、思わずトリップしかけた意識を取り戻そうと、ブルブルと首を振る。
まさか聞き間違いかと思って視線を向けるケド、目の前のリョウは相変わらず、大きな肉片を飲み込むように平らげるばかり。
そのクセ、私の視線にニヤリと笑い、口元についたガーリックソースをべろりと舐め上げる。
それがまるで、夜のコトを匂わせるようななまめかしさで……急に気恥ずかしくなって、思わず視線を外してしまった。



「どうした、香?せっかくの半額なんだぜ?お前もたぁ~っぷり食って、途中でへこたれないように、ちゃんと体力つけとけよ?」
「…………っ///」
射竦めるようなその視線が、先程の会話がウソじゃぁないと物語る。
傍で聞いてれば、夏バテ防止かとも思える会話だケド、その意味するトコロを知ってしまったら……。
そしたらもう、ナイフもフォークも動かせやしないわよっ///
「こちらさまもおかわり、ご用意いたしますか?」
「……い、いえっ!!だっ、大丈夫ですっっっ」
何気ないウエイターさんの気遣いなのに、まるですべてを見透かされたみたいで、頬が染まり。
そんな私に、リョウの楽しげな視線が送られた。



もう……っ!!お肉の味なんか、わからないわよっ!!
こんなコトになるなら、ステーキなんか食べに来るんじゃなかったわ?!
半額だろうが何だろうが、もう二度とステーキなんか食べさせてやらないんだからっっっ///
ナイフとフォークを握りしめながら、顔から火が出る思いの私をヨソに。
またおかわりを求めるリョウの声が、ジュージューという音に負けじと、元気よく店内に響き渡った。





END    2010.7.27