●人を思いやるというココロ●



「何よっ!リョウのバカッ!!」
持っていた手帳を投げつけてバタンとドアを閉め、北風の冷たい街に飛び出した。



コトの起こりは二日前の依頼。
伝言板にXYZと書いたのは、大手商社に勤める佐々木さん。

上司の横領に気付いて警察に告発しようとした矢先、何者かに狙われるようになったんですって。
自分だけならまだしも、小学生の一人娘の周囲にも不審者がうろつくようになり、
覚悟を決めてXYZ----もう後が無い-----と依頼してきた。
それなのにリョウは、男の依頼は受けない!!の一点張りで…。



「何なのよ、アイツは!!情ってものが無いのかしら。最っっっ低っ!!」

新宿の街を、リョウのバカ!!オーラを出しながらズンズン歩いていると、
後ろから軽やかなクラクションが聞こえた。

「こんにちは、香さん。怖い顔して、どうかしたの?」
赤いポルシェに乗るその女性は小首をかしげ、その美しい黒髪をなびかせた。



「冴子さん…」

「なぁに?またリョウと喧嘩?」
くすりと笑うその顔が、女の私から見てもドキッとするほど色っぽい。
押し黙っている私に、苦笑する彼女。
「あいかわらず…ね。ちょうどいいわ。私、ある事件がやっと片付いて、ちょっと飲みたい気分なの。
グチ聞いてあげるから、一緒に飲みましょ?たまには女二人ってのも、イイじゃない?」
「そうです…ね。たまには…」
ムシャクシャする気持ちを少しでも晴らしたくて、冴子さんの誘いに乗った。



仕事の重要書類を持っているので、よそで飲むのはちょっと…
という彼女が提案したのは、彼女の自宅。

同乗した赤いポルシェが止まったのは、いかにもお家賃の高そうな白亜のマンションだった。
こんなトコ、月々どのくらいかかるのかしらねぇ…と考えてしまう自分が、何だか情けない。
「さぁ、どうぞ。その辺に座って?今、準備するから」
「あ、私、手伝います。えっと、何すれば…」



二人で向かったキッチンは、とてもきれいに片付けられていた。

食器棚に並ぶお皿やカップも、とても品がよさそう。きっとみんな、ブランド物よね。
調味料の棚の横にハーブの小さな鉢植えなんかが置いてあり、彼女の人柄を感じさせる。
「えっと…じゃぁコレに、クラッシュドアイスお願いしていい?」
「ええ」
時々リョウが飲む時に作るから、そんなのはお手のモノ…って、何で私、リョウのコトなんか考えるのよっ!!
新たに怒りが湧き出して、リョウへの怒りをこめるように、ガシガシと氷を削る。



自宅でカクテルを作るのが最近のマイブームなの、と言う冴子さん。
言うだけのことはあって収納庫には様々なリキュールが並び、その中から数点を選び出している。
「えーっと、何かツマミになりそうなモノは…っと…」
「あ、私、作ります。冷蔵庫、いいですか?」
どうぞ遠慮しないでという声に押され、クラッカーがあったのでカナッペと、フルーツ入れたサラダも作った。
「さすが香さん、手際がいいわね」
「だって、こんなこといつも…」
またリョウの顔が浮かび、思わずムッとしてしまう。
くすくす笑う冴子さんに誘われ、準備の整ったリビングで、女二人のパーティーが始まった。



「…でね、リョウったらそんなこと言って、まぁ~た仕事しないんですよ!!」
「またなのぉ?もうっ!ホントにアイツってば世話の焼ける…。
香さんも苦労が耐えないわよね。ホント、偉いわ~」

「そんなこと…アイツもあれで、もう少しでも仕事してくれれば、少しは見直すんですけどねぇ…。
え…っと、それで?冴子さんは仕事のグチなんて、無いんですか?」
3杯目のファジーネーブルを作りながら伺えば、う~んと、考え込むような顔。
「そう、ねぇ…詳しく言うと、捜査上の問題点にも関係してきちゃうけどぉ…」
「そんな、今更!!たまにはパァ~っと弾けちゃわないと、ストレスたまりますよ?」
「そうねぇ…強いて言えば…女だから、かなぁ…」
「女だか、ら…?」



そう、とうなずく冴子さんは、ちょっとトロンとした目つき。

「今回ケリがついた事件もね、私が最初に引っかかる点を見つけたの。
で、ちょっと無理して、そこを突いて。それでどうにか片付いたんだけど、そしたら…」
「そうしたら…?」
「やっかんだヤツらがね、女のくせに出しゃばりやがって!!って、軽口叩いてんの、聞いちゃったんだ」
「そんな…ひどいっ!!でも、冴子さんがヒントに気付かなかったら、事件は解決しなかったんでしょ?」
「えぇ、それはもちろん。私が解決への道を切り開いたと、自信を持って言えるわ」
「それなら…」



手にしたグラスを気だるそうに揺らしながら、ポツリポツリと語り出す。

「…でも、ね?いくら私が突破口を開いたといっても、それで結果オーライだったとしても。
まだまだ男社会なのよ。警察なんて、特にそう。仕方の無いコトとはいえ、やり遂げた…という充実感も、
何だか半減しちゃうのよねー…」
「冴子さん…」「こんな時…槇村だったら、どう言ったかしらねぇ…」
「アニキ…?」



ふふっ…と笑い、リビングの片隅を見る。
その視線を追うと、チェスとの上に小さな写真たてが飾られ、その中で、今は亡き兄が照れくさそうに笑っていた。
「あれはね、仲間内で余ったフィルムを使い切ろうとした人がいて、その時ちょっとしたイタズラ心で槇村を呼び止めて。
振り返った瞬間に撮ったものなの。だから少し、ピンボケでしょ?でも私の持ってる、唯一の、槇村の写真なの。」
「…そうです、か…」
「そうそう。この際だから、白状しちゃおうっかなぁ~」
「…え?」



酔いが回ったのか、冴子さんはのそのそと膝を擦りながらチェストに近づき、
写真たての前に置かれた小さな何かを手にして戻ってきた。
そしてテーブルの上にパチンと、まるで将棋の駒を置くようにして、私の前に差し出す。
見ればどうやら、ワイシャツか何かのボタンのようで…。
「コレ…ね?」
「……?」
「コレ、私の大切なお守り。槇村の、シャツのボタンよ」
「アニキの・・・?!」
ふふっ…と、まるで好きな人を教えあいっこする少女のように、はにかんだ笑顔で語る冴子さん。

一方、私はアニキのシャツのボタンがこの部屋にあるという事実に、瞬時に酔いがさめてしまった。
おかしそうに口元に指を置き、目は宙をさまよいながら、冴子さんの昔語りが始まる。



「えー…っと、あれは…そうね、槇村が刑事を辞める、すこぉ~し前の頃だったかしら。
私ね、若さにまかせて無理をして、風邪引いてるのに長期の張り込みについて…。
何とか犯人を逮捕できた後、そこでとうとう、ダウンしちゃったの。で、槇村に家まで送ってもらったのよ」
「アニキが…ココ、に…」
ボタンを見つめ、まさか二人は…という考えが頭を過ぎる。
それを察した冴子さんが、両手をブンブンと左右に振った。
「やっだぁ~違うわよ、香さん。ホントにただ、送ってくれただけ。強がってる私をベッドに寝かせてね、
女のくせに無理るるな…なんて捨て台詞吐いて、帰ってったわ」



「そう、なんだ…」

心配した?…という目で見つめられ、思わず顔を赤らめる。
「でね、このボタンは、その時落としてったみたい。風邪薬が効いてすっきりした翌朝、
カーペットの上に転がってるのを見つけたの。返さなくちゃ…とは、思ったんだけど、何だかそのままになっちゃって…」
しなやかな指で、ボタンを突つく冴子さん。その顔を上げ、ドキリとするくらい艶めく笑みを見せた。
「私って一人で突っ走るタイプだったから、人に優しくされたのなんて初めてでね。だからすごく嬉しくて、恥ずかしかった。
それ以来このボタンは、私にパワーを与えてくれたり、疲れた時には癒してくれる存在になったの。」
美しい小指の爪ほどしかない小さなボタンを、冴子さんは愛おしそうに、指の腹で撫でる。




「あの時…かなぁ。槇村に惚れちゃったのは…」
「……!!」
アニキと冴子さんが、互いに想い合ってたのは感じてたけど。
でも、こうもハッキリと言われるとドキドキしてしまう。
普段の冴子さんなら、こんなプライベートなことまで、ベラベラと喋ったりはしない。お酒のせい…?
「冴子、さん…?」



ふふ~と、かなりご機嫌な顔で、頬杖をつく。でもちょっと、顔色が…。

「ちょ、ちょっとゴメンなさい?」
オデコに触れたら、ビックリするほどの熱。さっきの話じゃないけど、、また無理をして風邪を引いちゃったみたい。
「冴子さん、すごい熱。ベッドで横にならなきゃ…」
「ん~?大丈夫よぉ~♪」
暢気な声とは裏腹に、酔いのせいと見えた気だるそうな姿があらわになる。
しかたない…と覚悟を決め、ヨイショとベッドに運んだ。



「大丈夫だったら…ん・・・」
「駄目です!ホントなら風邪薬飲まなきゃいけないんですけど、アルコール入ってるから駄目だし。
とにかく今は、おとなしく寝てて下さいね?何かほしいもの、あります?」
「ん~…すこぉ~し頭、痛いかも…?」
この熱じゃ当たり前・・・と、ため息をつき、氷枕を作ってあげる。
こーゆーのって、だいたいどこの家も同じトコロに置いてあるので、すぐに見つかった。
頭の下に入れてあげると、気持ちいい~♪と、うっとりした声を上げる。



手早く宴の残骸を片付けながら、さっききになったコトに気がついた。
この部屋…キレイ過ぎるんだ…。
もちろん冴子さんの性格からして、きちんと片付けられてはいる。
でも、生活感が無いというか…自分が暮らすアパートと比べ、何だかとても冷たい感じ。
そう、まるでマンションのモデルルームのような…。女性の一人暮らしって、こんななのかしら。
ううん。アニキが生きてたら、もっともっと暖かい雰囲気の部屋になっていたのだろう。
この部屋はきっと、愛する人を失った悲しみに一人で耐える、冴子さんの象徴…冴子さん、そのものなんだ。
明るくバリバリと仕事をこなすキャリアウーマンという仮面に隠した冴子さん心の淋しさを、垣間見た気がした。



枕元のナイトテーブルにミネラルウォーターと風邪薬、体温計を置いた。
「冴子さん…?私、これで帰ります。一眠りして落ち着いたら、風邪薬、飲んで下さいね?」
「んー…ありがと、香さん…」
「いいえ…」
「あー…何だか兄妹そろって、迷惑かけちゃったわね…」
「そんな、迷惑だなんて…。じゃぁ私、失礼します…」
と、玄関に向かおうとした私の手を、冴子さんの熱っぽい手が捉えた。
「あのね、香さん?さっき…あなたがサラダ作ってる時、リョウから携帯に電話があったの。
赤いポルシェに乗ったあなたを見たって情報から、私のトコだろうと見当をつけたみたい」
「え…?」



熱のせいか少し弱々しげな笑いを向け、話を続ける。
「でね?香さんに何したのって問い詰めたら、白状したわよ。横領した依頼人の上司…って人、
裏で暴力団とつながってたんですって。そこがタチの悪い組らしくて、佐々木さん…依頼人に近づく人を
片っ端からひどい目にあわせようとしてたらしいの。それでリョウは、香さんが依頼人近づかないように
したかったんですって。要はね、香さんの身を案じて…って、コトだったのよ」
「リョウ…が…」
「まったく…素直じゃないわよね。で、一人で全部、片付けてきたらしいわよ?」
楽しそうにくすくす笑い、そして熱のせいで潤んだ目を向けた。



「でね?
香さんを怒らせてばかりで、いい加減にしなさい!って言ったら、迎えに行くですって。
今頃マンションの下で、待ってるんじゃないかなぁ…?」
「……!!」
「さ、お帰りなさい、香さん。リョウが素直じゃないのは百も承知…でしょ?許してあげたら…?」
熱のせいか、酔うと笑い上戸になるのか、冴子さんは楽しくて仕方ないというように、くすくす笑う。
あぁ…この人にはかなわないなぁ…と、苦笑した。
「はい。じゃぁ…お大事に」
ぺこりとお辞儀をすると、ニコリと笑って、気だるそうに手を振り返してくれた。



アニキに甘えた冴子さん。頑張り屋の冴子さんを、優しくなだめるアニキ。
そんな二人がうらやましくなって、無性にリョウに会いたくなった。
エレベーターが一階に着き、広いエントランスのガラス扉の向こうに、小さな赤い、見慣れた車が止まってる。
私の姿に気付いたのか、運転席から手を伸ばして助手席のドアを開けてくれた。
ちらっと見えたその耳が、ほんのりと赤く染まっているようで。私もドキドキしてエントランスを出る。



クーパーまであと数歩…まず第一に、何て言おう。
さっきはゴメンなさい?、それとも、心配してくれてありがとう
ううん…微笑んだら、きっと微笑み返してくれる。
それだけでたぶん、全部わかってくれる…。



そんな気がして、クーパーへと最後の一歩を踏み出した。




END   2005.3.17