●ORANGE DAY●



「モーニン、カオリ♪」
「あ、おはようミック。いらっしゃい♪」
扉を開ければ、ニコリと笑うカオリの姿。
今日の彼女はブルーのジーンズに洗い立ての白いシャツ。
何のことはない取り合わせだが、他人が着るのと彼女が着るのとじゃ断然違う。
何気ない服装なのに、ボーイッシュさの中、どことなく艶な感じがするのは…
やはり彼女が、恋をしているせいなのだろうか。
その相手が俺じゃないコトがいまだに悔しい…
なんてことは、カズエには絶対内緒だ。




「風邪の具合はどうだい?日頃、頑張りすぎるからだよ。
カオリも少しは、加減ってモノを知らないと…ね」
「ありがとう、もう大丈夫よ。そう…ね、加減かぁ…。
リョウみたいに加減ばかりで本気になんかならないヤツは、
風邪なんか引かないわよね。そもそも、何とかは風邪引かないって言うし…?」




くすくすと笑うカオリ。ここ数日寝込んでいたせいか、頬のあたりが少しシャープになったようで。

コーヒーを運ぶ手つきも、どこか気だるそうだった。
それでもいつもの元気な口調に、少しホッとする。
「ははは…確かに。あ、そうそう。コレ、ほんの気持ちだけどね、お見舞い♪」
「わぁ~ありがとう、ミック。早速頂いていい?」
「どうぞどうぞ♪」
クッキーの缶をいそいそと開け、どれにしようかと目移りする姿は妙に幼く見える。
それもまた、彼女の魅力のひとつだ。




「そういえば…リョウは、まだ?」
「うん、まだ寝てるの。ゆべも遅くまで飲み歩いてたのよ。
まったく…パートナーの看病くらいしてくれたって、いいと思わない?
ホントにアイツってば、冷たいんだからっ!!」
ブツブツと文句を言いながらも、クッキーをバクバクと口に放り込む。
ははは…この勢いだと丸々一缶、食べちまいそうだな…。
「…っと、そうそう。ねぇミック?ちょっと待ってて?」
急に何かを思い出したカオリが、クッキーを頬張ってモゴモゴと言いながらリビングを出た。
そして何やら重たそうな紙袋を抱え込み、戻ってくる。



「よいしょ…っと。えっとね、オレンジなの。よかったら持ってって?」
手渡された紙袋を開ければ、中には大きくて色鮮やかなオレンジが
いくつも転がっていた。

「いいのかい、こんなに。誰かからの貰いものかな…?」
ひとつを手に取ってみれば、爽やかな柑橘系の香りと適度な重さ。
ジューシーさは保証済みらしい。



「ううん、リョウが昨日買ってきたの。何だか安売りしてたから…って。

風邪引いてる私に、ビタミン補給しろよってコトなのかしらね。
でも、いくら何でも買いすぎなのよね?二人じゃ食べきれないんだもの。
我が家の家計も考えずに、ホイホイと買わないでほしいわ。まったく…頭が働かないんだからっ!!」
「ふぅ~ん…リョウが、ね…」
大ぶりなオレンジをキャッチボールのように天井に放っては、落下するそれを受け止める。
…と、あることを思い出した瞬間、その手からオレンジがコロコロと床に転がった。




「…カオリ?リョウがオレンジを買ってきたのは、きのうだ、って言ったよね…?」
「…えぇ、それがどうかした…?」
「そっかぁ…そうかそうか、なるほどね。ふふふ…アイツらしいやり方、だな…」
「…な、何よ。リョウがどうかしたの?」
床に転がるオレンジを拾い上げたカオリは俺の問いかけがわからずに、
頭にたくさんのクエスチョンマークを浮かべていた。

「いやぁ…きのうはね、カオリ…」



カオリからオレンジを取り上げ、その謎を打明けようとした時、
上の階の扉がガチャリと開く音が聞こえた。

そしてこの殺気…。
自分が寝てる間の俺の来訪を快く思ってないことがビンビンに伝わってくる、
そんな殺気だった。

このままココでオレンジの謎をバラしたら…。
は、はは…明日の朝日は拝めないかも、俺…。




「ミック?きのうとオレンジとが、何のかかわりがあるのよ?」
急に黙った俺をいぶかしむカオリは、リョウが起きて来たことにまだ気づいていない。
教えてあげたいのは山々なんだが…ゴメンよ、カオリ。俺もまだ死にたくはないんだ。
それにホラ、ヤツの殺気がだんだんと近づいてきて…。
「…っと、sorry、カオリ。急用を思い出しちゃったよ。ゴメン、また今度…ね」
「え?ちょ、ちょっと、ミック?!」
慌ててリビングを出れば、階段を下りてくる殺気の主と目が合った。
ギロリとにらむそのまなざしは、とても起きぬけのそれではなくて…。
ずいぶんと前から俺とカオリの会話に聞き耳を立てていたのは、確実だった。
まったく…カオリが絡むとすぐに熱くなるからな、コイツは…。



「じゃぁね、カオリ。謎は謎の主に聞いてみたらどうだい?」
軽いウインクをして玄関を開けると、カオリは謎がさらに深まったという顔。
一方のリョウは懐に手を入れ、今まさにパイソンを構えようというところ。
「うわっと!それじゃ、カオリ。風邪、お大事に~!!」
脱兎のごとくアパートを逃げ出して、猛スピードで向かいの自宅…
カズエとのスイートホームに戻り、荒い息を整えてそっと窓の向こう…
今さっきまでいた向かいのリビングを覗いて見る。




きのう、4月14日はオレンジ・デー。
バレンタインに女が愛の告白をし、ホワイト・デーに男が返礼をする。
そしてこの日、想い合う二人は互いにオレンジ色のものを身に着ける…って寸法だ。
オレンジの花言葉は、「花嫁の喜び」。
欧米なんかじゃ、新婦がオレンジの花を髪に飾ったり、オレンジを手渡しながらプロポーズしたりする。
それくらいオレンジは、恋人や結婚と深い係わり合いのある果物だ。




アメリカで暮らしたことのあるリョウが、その意味を知らないわけはなくて…。
まぁ要するに…ヤツはカオリのことを、そう想ってる…ってコトだ。
まったく…たまには素直な言葉のひとつでもかけてやれないかねぇ。
相手は超一流の、鈍感お嬢さんだぜ…?
そんなことを言ってやりたかったが、カーテンの隙間から先ほどよりはるかに強い殺気を
含んだ瞳とぶつかり、慌てて窓を閉めた。

さてさて、アイツはカオリに、オレンジの謎をどう答えるつもりだろうな。
「頑張れよ、悪友♪」
と、持ち帰ったオレンジにキスを落とした。





END    2015.4.14