●男の事情●



「あっちゃぁ~……間に合わなかったか」

クラス会の帰り、あやしい雲行きを気にしながら、流れゆく車窓を何とはなしに見ていたけれど。
終電がホームに滑り込む頃には、すでに大粒の雨が、車体をいじめるように打ち付けていて。
どうしたものかと、ため息を落とす。



「こんなんだったら、絵梨子に甘えるんだったなぁ……」
大事なショーを控えているからと、珍しくノンアルコールで過ごした絵梨子は、
べろべろに酔っ払った子たちを車で送っていくことに。
「最後になっちゃうケド、乗ってきなさいよ」という絵梨子に、遅くなるからと断って、
どうにか終電に乗り込んだのが、このありさま。
こんなことなら、絵梨子の言葉に甘えておくんだったと後悔しても、後の祭り。
駅の売店は閉まってるし、近くのコンビニまで走るにしても、雨は意外に大粒で。
それに何より、たとえ百円傘といえど、無駄なお金を使うのに一抹の嫌悪感を抱くあたりが、もう病気。
性格とはいえ、どうしようもなかった。



「普段は堂々の午前様のクセに、リョウのヤツ、雨の日は意外にも飲みに行かないもんなぁ。
呼び出して不機嫌になるのも嫌だし、ん~……」
リョウを呼び出すか、なけなしの家計費から、百円傘を購入するか。
近くの顔なじみの店で傘を借りるという手もあるケド、
たかが傘とはいえ、ツケがたまってる上で申し出るのも、気が引けて……。
こうなったら、健脚の見せ所として走って帰るかと覚悟を決め、
少しでも濡れないようにと、ジーンズの裾を軽くロールアップすべく、しゃがみ込んだ、その瞬間……。
頭の上から、聞き慣れた低い声が降ってきた。



「……何やってんの、お前」
「……リョウ?」
呼びもしないのに、何故ここに?
ひょっとして私、いつの間にか念力使えるようになっちゃったりして?
もしかしてもしかして、超能力者?!……と、バカな考えが頭を過ぎる中、
件の男は、手にした傘をくるくると回して弄ぶ。
「なぁ~んだ、お前、いま帰りか。傘持ってないんだろ?しょうがねぇ、入れてってやるよ」
「……へっ?リョウ……あんた、私を迎えに来たんじゃ……」
傘を中心にステップを踏むように足踏みするリョウにいぶかしみつつ、声をかければ、
さも胡散臭そうな表情(かお)でにらまれた。
「ンなワケねぇだろ、ばーか。偶然だよ、グ・ウ・ゼ・ン」



聞けば今の今まで、ナンパした女の子と飲んでいて、終電で帰る彼女を送ってきたのだとか。
手にした傘がやけに小綺麗なのは、店を出た時に雨が降ってたので、客用の店の傘を借りてきたらしい。
どーりで見たコトない傘だと思ったわ。
「せっかく楽しく飲んでたのに、彼女、終電で帰っちまってさ。リョウちゃん、さみしぃ~」
大の男が傘を抱きしめ、嫌々をするように身をよじる姿は見ちゃいられない。



「ふん……。しょうがねぇから入れてってやるよ」
ほれ、と、くいとあごで示して、傘を広げる。
その尊大極まりない態度が、何だかムカついて、またもやいつもの、意地っ張り。
「あんたと相合い傘?冗談でしょ。しょうがなくて入れてもらうなんて、真っ平ごめんだわ」
「ばーか。甘くみて風邪ひいて、寝込まれでもしたら、こっちが迷惑なんだよ。ほれ、とっとと来いよ」
「…………」
雨に降られたくらいで風邪ひくようなヤワじゃないケド、
このところすっかり秋めいて、気温が下がってきたのは否定出来ない。
このまま雨の中ダッシュして、もし万が一、風邪ひいたら……。
それみたことか、と、バカにされるのは目に見えていた。



「……店まで行って、もう一本傘、借りるってのは?」
「店まで行くのは、遠回りだろ。それに、ふいの雨で、貸し出す傘だって限られてるだろうし。
それとも何か?他人を押しのけてまで、残り少ない傘をもう一本強奪しようってほど、
お前って性格悪いんだっけ」
「……わかったわよ」
にやりと意地悪く笑われ、ついに陥落。
広げた傘に打ちつける雨音が、リョウの勝利を祝う拍手のように聞こえるのが憎たらしい。
そんな思いもぐいと飲み込んで、えい……っと覚悟を決めて、リョウの広げた傘に飛び込んだ。



翌日。
多少不格好ながらも、味には自信のあるお手製クッキーを携え、傘を返すべく店に行けば、
開店前でまだ身支度のととのってない、うっすらと青ヒゲの残るママが、けらけらと楽しそうに笑い出した。
「あらやだ、やっぱり香ちゃん迎えに行くんだったのね」
「……へっ?」
聞けば、昨夜も飲み歩いてたリョウが、日付が変わる少し前くらいにふらりと現れて。
しばらく飲んだあと、降り出した雨に、訳知り顔で笑みを浮かべながら、傘を借りていったのだとか。



「ナンパした女の子と飲んで、雨の中、駅まで送ってったんじゃ……」
「いいえ?昨日はリョウちゃん一人で来たし、出てく時も一人だったわよ」
「……???」
ママの話しと、昨日のリョウの言い分との食い違いに、目が点になる。
そんな私に、口元に手をやりながら、ママは楽しげにくすくすと笑った。
「ウチの女の子から、香ちゃんがクラス会に行ってるらしいってのは聞いてたのよ。
で、時間も時間だし、お店に来た時の様子も変だったし。
何より傘貸してくれって言う前、ひどく時間が気になるのか、やたらと時計見てたしね。
それで、もしかして……って」



そりゃぁ、“雨が降り出しそうだけど大丈夫でしょ”、と、
終電で帰るとリョウに簡単なメールをしたのは事実だけど。
でもまさか……まさかリョウ、それにあわせて迎えに……?
ふふふ……愛されてるわね、香ちゃん♪」

「……っっっ///」
からからと男らしく笑うママに、ぼんっと顔から火が出るように真っ赤になった。
リョウったら、リョウったら、リョウったら…っっっ///
しゅうしゅうと頭から沸き立つ熱気をぱたぱたと手で追いやって、ふぅと一息。
素直じゃないのはわかってたケド、まさかそんな……と、
不用意に見せた昨夜の意地悪げな笑顔を思い出し、落ち着いた頬がまた熱をもつ。



とにかくお礼ですっ、と、不格好なクッキーの包みを押し付けて、店を出ようとした、その背中に。
笑みを含んだ、野太いママの声が降り懸かった。
「リョウちゃんも大概だけど、これも見栄っていうか、オトコの事情なんでしょ。見逃してあげなさい」
逃げるように小走りで表通りまで駆け出して、人込みの中、はぁはぁと息を整える。
普段から、思ってるコトの半分も口にしてはくれないけれど。
だからって、男の事情ったって、そんなの、そんなの……。
「わかりづらいのよ、もうっ」
ぷぅと頬をふくらましつつも、リョウに気遣われてるのが……大事にされてるのが、うれしくて。
切れ目なく続く、新宿の喧騒の中、人の目も気にせずに、くすくすと笑みをこぼした。




2013.10.2