●男の甲斐性●



「う゛~……気持ち悪い~……」

ベッドに突っ伏した香が頭を抱え、あうあうと青息吐息。



昨日、絵梨子さんとホテルのケーキバイキングに行き、二人で100個近くも平らげて来たんだと。
「いくらバイキング用のミニサイズだからって、50個も食うヤツがあるか、バカ」と言えば。
「違うもん……絵梨子は20個くらいだった」と、弱々しい声が返ってくる。
じゃぁ……何か?
お前一人で80個ものケーキを、その腹ン中に納めて来たってのか?



「………………」
「………………」
呆れて物が言えないとにらむ俺に、返す言葉も無い……と、息も絶え絶えに苦笑する香。
「……ったく……そんなバカ食いするなんて、やっぱお前は女じゃねーな」
「………うるさ……っ」
キチンと文句を返すものの、その度に「うっぷ……」と口元を押さえてやがる。
やれやれ……その姿の、ドコが女だっつーの。



「……ほら、いいから胃薬、飲んどけ」
瓶から取り出した胃薬と、水の入ったコップを差し出せば。
それをチラリと見て、とたん、眉をしかめる。
「う゛ー……そのお薬、苦いから嫌いっ」
「バカ言ってんじゃねーよ。それとも何か?口ン中に指、突っ込んでやろうか?」



飲みすぎの俺にいつも飲ませてる当の本人が、よくもまぁ、そんなセリフを吐きやがる。

目の前にゴツイ中指をズイと立て、不敵な笑みを浮かべてやれば。
とたん、ふるふると頭を振った。

「う゛……それはイヤ。絶対、イヤ。そんなコトしたら、せっかくのオレンジスフレにザッハトルテ。
シャルルクレープにナポレオンパイに、クリームブリュレに。
季節のタルトにオペラに生チーズパイに……その他、全部がもったいない!!」
「…………………」



は、はは……。
そこまで根性が座ってたら、もう何も言えやしねぇ。
「あぁ、あぁ、わかったよ。んじゃ、薬だけはキチンと飲んどけよな」
ダメ押しとばかりにそう言えば、「ん……ありがと」と、弱々しく笑い返した。
「……ったく……食い意地が張るにしても、加減てモノがあるだろ。今度からは気をつけろよ」
呆れて肩をすくめて部屋を出て行こうとするオレの背に、「だって……」と声が掛かった。



「………んぁ?」
「だって……だってだって。わかってるけど、仕方ないじゃない。
せっかくのバイキングだったんだもの。食べ放題だったんだもの。
そもそもアンタが仕事をしないから、ウチは万年金欠状態で。
だからケーキだって、好きな時に好きなだけ食べられないんじゃないっ!!こ…ンの、甲斐性無しっ!!」
そう叫ぶや否や、口元を押さえつつ。
それでも、どこにそんな力が残っていたのかと思う勢いで枕が飛んで来て。
それを寸でのところでかわして、慌ててドアを閉めて……一目散に逃げ出した。



「ふ……ん。甲斐性無くて、悪かったな」
まだ何事かブツブツと声のする扉を尻目に、ちっ……と嘯いてみせる。
とはいえ、先ほどのセリフが胸にチクリと棘を刺した。



男の依頼だの迷い猫探しだののチンケな依頼は悉く却下し、万年ピーピーの我が家の家計。
いくらやりくり上手の香とはいえ、その生活はあまりに制限されている……そう思う。
せめて毎日、毎週……いや、月イチくらいには、好きなケーキを食べさせてやるくらいの。
それくらいの仕事はしてやらんとな……と、らしくも無いコトを思ってみたり。



とはいえ……。
「アイツの好きなだけってのは、いったい、どれくらいなんだかなー……」
ひぃ、ふぅ、みぃ……と、ため息をこぼしつつ指折り数える。
しかし、その途方も無い数に呆れ、また、ため息をこぼして。
「でもまぁ、惚れた女にあぁまで言われたとあっちゃ……やらないわけにはいかねーよ、な?」
と、そんなセリフを一人吐いて。
苦笑しながら、思わず肩をすくめた。




END    2006.7.11