●今も、playboy●



「よいしょ、っと…」
懐かしき新宿駅。
改札を出て小さめのボストンバックを足元に置いて、ふぅと一息ついた。



ちょっと面倒そうな仕事を請けて新宿を離れ、遠出するハメになったのは一ヶ月ほど前のこと。
せめて1・2週間で帰れると予想していたのに、この展開は…まったく予想外だったわ。
早く帰って熱いシャワーを浴びたいけど、頭の芯はまだ何となく興奮状態を残しているようで。
冷蔵庫の在庫をザッと思い浮かべ、あまりたいしたものが残ってないことを確認して。
どこかで軽くアルコールでも引っ掛けていくか…と、ボストンの取っ手を持ち直した。



さて、どこにしようかしら…と考えながら、人の煩い新宿駅構内をフラリと歩く。
…と、夕方のラッシュでよりひどくなったその人混みの中に、
周囲の人より頭ひとつ分抜きん出ている男の背中を見つけた。

がっしりとした逞しい身体を隠すかのように、
ヨレヨレの色褪せたジャケットを身に纏って。

特にセットもしていない髪が少し伸びて、物憂く掻き揚げる仕草がドキリとするほど色っぽい。
この雑踏の中を煩そうに、でも、周囲の人を気遣いながら、
その特長たる長い足を大きくストライドさせながら人波を縫うように歩いていた。




ファルコンと美樹さんの結婚式のあの日…クロイツらのせいで、散々な目に遭ったあの日。
彼と彼女は、長年ひた隠しにしてきた互いの想いをようやく伝え合ったという。
そのすぐ後に仕事で新宿を離れざるを得なかった私は、彼らのその後を知る術もなくて。
先日、久しぶりに電話してきた姉さんの話によれば。
「今までどおり喧嘩はするものの、想いが通じ合った恋人同士という雰囲気がそれとなく伝わってくる感じかな」…と。
あの、彼と彼女、が…?
今までの二人を知っているだけに、姉さんの話だけではとうてい信じられなくて。
一度は本気で惚れた男の、そんな不様な変化を信じたくは無くて。
「ふぅ…ん」と、曖昧な返事を返すだけだった。



その彼が今、人波に紛れ目の前を通り過ぎて行こうとしている…。
私はボストンの取っ手をギュッと握り締め、そっと後をつけた。
これだけの人がいる駅構内でも、頭ひとつ抜きん出ている彼はそれをたいして苦には思ってないらしくて。
気軽に鼻歌なんぞを歌いながら、器用に人波を縫って前に進む。
…と、ふいに彼の足取りが止まった。



「ねぇねぇ、そこの足のキレイなお姉さん。ボクちゃんとお茶しませんかぁ~♪」
スリットの深い、切り返しの美しいデザインのスカートから伸びた、
足の綺麗な美女の手を握りながら、お茶に誘おうと擦り寄る男。

はぁぁぁ……やっぱりこの男のこういうところは、どうしたって治らない訳ね…?
持っていたショルダーバックで手痛い反撃を受けるものの、
男は次から次へと、道を歩く美女に声を掛けていく。




ある時はピンヒールでこれでもかと足を踏まれ、
ある時は美しいカーブを描いたネイルで、猫の引っかき傷のように頬を引っかかれ…。

それでもナンパを繰り返すその姿は、まさしく表彰モノだった。
彼女もよく嘆いてはいたけれど、このパワーを仕事に向けられないものかしらねぇ…。
散々仲を引き裂いてやろうかと思っていた彼女に、ちょっぴり同情してしまう。
まったく…あれさえなけりゃ、十分にイイ男なのに…。



思わず頭を抱えたその隙に、男の姿が人波にまぎれ、見失いそうになった。
慌てて後を追うけれど、ラッシュの波に逆らうように走る私に、
疲れたサラリーマンたちが露骨に嫌そうな顔をする。

ゴメンなさいと頭を下げながらも、目は必死に男の後姿を追う。
そして気がついたら…ギュッとその腕を掴んでいた…。
「……麗香?」
「あ、えっとぉ……は、はぁい、リョウ。お久しぶり…」
突然の出来事に目を丸くしているリョウに、私は気まずそうに声をかけた。
考えてみたら、リョウと会うのは一ヶ月ぶり。
その再会が、まさかこんなシチュエイションだなんて…さすがのリョウも、驚くわよね…。
ううん、一番驚いているのは、むしろ私の方かも…。



「おぅ…ずいぶん面倒な仕事だったんだってな。やっとケリがついたのか…?」
逡巡している私に声をかけるリョウは、一瞬にしていつものニヤリとした笑みを浮かべている。
その変わらない笑顔に、私はホッと胸をなでおろした。
「えぇ…やっと、ね…。私もまさか一ヶ月もかかるなんて、思っても見なかったわよ。
何だか新宿もご無沙汰…って感じ」

「んじゃぁ…どうだ?たまにはその辺で、一杯…」
肩をすくめる私にリョウが苦笑し、形のイイ顎をクイと動かして私を誘う。



こんなコトは、本当に久しぶり…。
昔はコトあるごとに「麗香ぁ~俺ともっこりしよぉ~」なんて飛びついてきて、
何度か軽い食事やバーに足を向けたというのに。

私が本気になって婚姻届を手に何度も追いかけるようになったら、
顔を背けて回れ右をするようになってたっけ…。

心の中では、リョウの本当の気持ち…香さんへの深い愛情…が、
そうさせているのだとわかってはいたけれど。

でもやはり結構…いえ、かなりショックを受けていたのよね、私。
だからこうして、また気軽に飲みに行こうと声をかけて誘ってくれたことが、何だかとても嬉しかった。
本当は飛び上がって抱きつきたいほど嬉しいくせに。
そんな本心を悟られたくなくて、指を口元に持っていって少しためらいがちに小首を傾げる。



「ん~…そうねぇ、どうしよっかなぁ…」

「いいからいいから、たまには…な?さ、行こうぜ?」
そんな私のポーズを知ってか知らずか、リョウは私の手からボストンを取り上げるとひょいと担いで、
ズンズンと歩き出してしまった。

「あ…ん、待ってったら、リョウ~?!」
嬉しいくせに、それでも少し怒ってる素振りを見せる。
人のこと、言えないわね…私もそうとうのひねくれ者だわ…。



辿り着いた先は、以前リョウと何度か飲みに来たことがあるバーで、
そのしっとりと落ち着いた雰囲気が、私も大好きな場所だった。

「んじゃ、一ヶ月ぶりの再会を祝して…」
そんなキザなセリフを言いながら、カウンターを照らすスポットライトに煌くワイングラスを傾けた。
マスターが用意してくれた何とかという特別なワインを、
値段もその価値も気にせず、クイと煽るリョウ。

その顎から太い喉にかけてのラインが美しく、
大きな喉仏がゴクリと音を立てて動く様に、しばし見惚れてしまう。

一ヶ月ぶり…一対一ではさらに久しぶりなリョウの姿に、なぜか妙に緊張してしまう。
そんな私の心を知ってか知らずか、リョウは以前のように屈託のない笑みを向けてくれた。



「…ったく、よぉ…一ヶ月も、いったいドコをほっつき歩いてたんだよぉ…。
麗香の姿が見えなくて、俺がどんだけ淋しい思いをしてたか…わかってんだろ…?」

ふっと目を細めて、その太い腕を私の肩に回す。
この男にとっては何気ない仕草なのに、私の身体は思わずピクンと震えてしまった。
そしてしだいに腕に力が込められて、半分抱きしめられたようになった格好の胸元から、
お酒とタバコと、ガンオイルのにおいが立ち上る。

そしてそれらが混ざり合った中に潜む、リョウ自身の匂いも…。
うっとりとしなだれかかりそうになる心にハッパを掛けて、
それを名残惜しげに胸深く吸い込んで、自分に渇を入れた。




「まぁ~たそんなコト言ってぇ~…相変わらず女の子に声、掛けまくってるんでしょ~?」
彼女とホントのところはどうなっているのか知らないけれど、
それでもプレイボーイぶりは、今もまだ治らないみたい。

でも、たとえ私がどれほど愛しても、彼の心は彼女のもの。
彼女だけが、彼の心の奥深いところまで入っていけるただ一人の存在…。
他のどんな女性に声を掛けようと、彼がどれだけ、認めようとしなくても。
ひねくれ者で照れ屋な彼のコトを知っている友人たちにとって、それは暗黙の了解だった。



「んなコトねぇって。俺が惚れてるのは、麗香だけさ」
優しげにふっと細めた瞳に、思わず心拍数が跳ね上がる。
でもそれは上辺だけの…1mgの気持ちさえ入っていない、口先だけのセリフ…。
そんなコト言っておいて、香さんの目の前で同じセリフが言えないことくらい、お見通しなのよ…?
プレイボーイを気取っているあなただけど、その心はただ一人…
香さんという一人の女性に、雁字搦めに縛られているのよね…。




…と、リョウの胸ポケットの携帯電話が、静かなジャズの流れる店内に相応しくない甲高い電子音を響かせた。
「…っと、悪いな、麗香」
「えぇ、どうぞごゆっくり」
肩をすくめて、店の隅に向かうその背を見送る。



壁にもたれるように通話ボタンを押して携帯を耳に押し当てるや否や、
リョウはふっとため息をこぼしながら、くすりと笑った。

あぁ……電話の相手は香さんなんだ……。
本人は気づいてないだろうけど、その柔らかな笑顔で相手への想いの深さが読み取れる。
声は聞こえない位置なので、そっとその唇の動きを読んだ。



「デートだよ、デ・エ・ト。邪魔すんなっつーの」
「んぁ…?高い店じゃねぇよ、心配すんな。ツケなんか作らねぇって」
「あー…もう、ガタガタうるせぇなぁ…。いかげん、切るぞ?!」



続く言葉は喧嘩腰ばかり。
それなのにその表情はひどく穏やかで、ずっと優しい微笑を湛えていた。
CITY HUNTERとして、どんな敵をも凍りつかせるほどの鋭い目を持っている男なのに。
それなのに…今の彼の瞳は限りなく優しく。
そして時々軽く目を閉じては、耳に転がる彼女の声を楽しむかのようにうっとりと聞きいっている。
そして時々意地悪を言うその口元が、楽しそうに笑った。



「………っ!!」
さっきまで人を散々有頂天にさせた言葉は、同じあの口から紡がれたはずなのに。
それなのに…私を喜ばせる言葉よりも、彼女に意地悪をいう時の方が、より自然な笑顔になるなんて…!!
気がついたら唇をギュッと噛み締め、指先が白くなるほど、きつくスカートを握り締めていた。
「結局、リョウが本当の自分を曝け出せるのは、香さんの前だけなのね…」
きのう、電話口で姉さんが呟いた言葉が思い出される。
自分でもそれは、十分にわかりきっているはずだった。
でも…それをこうも、目の前で見せ付けられるのは…とても耐えられない…。



「あぁ、わかったわかった…帰るよ。ガキは風呂入って、先に寝てろよ?」
煩そうに、それでも髪を掻き揚げながら微笑むその顔は、ひどく嬉しそうで。
「あぁ…じゃぁ、切るぞ。腹出して寝んなよ、じゃぁな」
その言葉を残してプチンと乱暴に切った携帯電話を、さも大事そうに胸ポケットにしまう。
そしてその上に手を当ててそっと目を閉じる様は、まるで祈りを捧げるように…
彼女を抱きしめているかのようにも見えた。




…気づかれないようにそっとため息をこぼしてカウンターに向かい、新しいグラスを頼む。
「すまん、待たせたな…って、何だ?また頼んだのか?」
「そうよ。だってリョウったら、遅いんだもの。まったくぅ~誰からの電話よぉ…」
「ん…?たいしたヤツじゃねぇよ」
…ヘタクソな嘘が、よけいに私の心を傷つける。
そんな素振りを見せたくなくて、明るい声で微笑んで見せる。
「このワイン、美味しいわよね~。さすが、マスターが勧めるだけはあるわね。ねぇ、リョウももう一杯、どぉ?」
盗み聞きしていたことを気取られないようにと、リョウの目の前にグラスを差し出して、
その陰にひきつった笑みを隠す。

ゆっくりとグラスを転がせば、二人の間で芳醇なワインの香がプンとひろがった。



「いや…俺はもういいや」
「…そぅお?じゃぁ、次の店に行きましょうか。こないだ友人が教えてくれた、イイ店があるんだ♪」
彼が早く帰りたがっているのを知ってるくせに、それに気づかないフリをして、まだタプンと揺れるほど残っていたワインを一息に飲み干す。
そしてスツールから下ろした足をわざとよろめかせて、リョウの腕にもたれかかった。
「お…っと、あぶね。何だ、もう酔ったのか?」
「ん~?そんなコト無いわよ。ホラホラ、リョウ?次の店、行くわよ♪」



ボストンを手に外に出れば、以外にもひんやりとした夜気が身を包む。
たいして飲んでもいないのに、愛した男の心が別の女性のものであると、
まざまざと見せつけられたせいなのだろうか。

夜風が妙に、心に沁みた。
遅れて出て来たリョウの腕をクイと引っ張って、精一杯の陽気な声を出す。
「さぁリョウ、行くわよ~?」
「おいおい、もう足がフラついてんじゃねぇか。大丈夫かぁ?」
「大丈夫っ!!ほら…ねっ?」
私を気遣う優しい言葉が嬉しくて、ふいに涙がにじむ。
そしてそれを隠すようにクルリと回って見せるものの、顔を背けた拍子に足がフラついた。
「…っとぉ…だから言わんこっちゃない。今日はもう辞めとけ、送ってってやっからさ」
そう言って、私の手からボストンを取り上げようと手を伸ばす。



リョウと肩を並べて二人きりの家路…それはひどく魅力的な誘惑だったけど。
でもそれは同時に、彼が私と別れた後、彼女の待つ隣のアパートへ入っていく姿を見ることを意味するのだ。
そんなの…見たくない…。
…そんなのはイヤっ!!!
「大丈夫よぉ~。ね、ね、ね?もう一軒だけだからさぁ~」
「だってお前、仕事明けで疲れてんだろ?ほら、とっとと帰るぞ」
「大丈夫だったら、大丈夫よぉ~…」
互いに引っ張り合うボストンの取っ手が、ミシミシと音を立てる。
このまま引っ張り合ってたら壊れちゃうかも、お気に入りのボストンなのに…
などと頭の片隅で思いつつ、それでも引っ張る力を弱めたりはしない。




「ん~~~……リョウのバカぁぁぁ~~~っっっ!!!」
友人を優しく気遣うラインから決して抜け出しては来ないリョウに、
つい、私の本音が口を突く。

とたん、取っ手を握っていたリョウが手を離し、その反動で私はフラつきながらも、何とか体制を整えることが出来た。
「あ~…もう、やぁ~めたっとっ。んな酔っ払い、こっちが願い下げだよ。勝手にしろ、俺は帰るぞ!!」
両手を胸の前で上げて、お手上げのポーズ。
そしてその顔は、とんでもなく呆れた顔…。
あぁ、せっかくの楽しいお酒だったのに、リョウを怒らせてしまった…。
「ふ、ふぅ~んだっ!!いいもん、私一人で飲みに行くもん。リョウなんか、ついて来なくったっていいわよぉ~だっ!!」
それでもそんな私を見せたくなくて酔ったフリをしてアカンべーをする。



「しかたねぇなぁ…まぁ、適当にしとけよ…?」
大きく温かな手がクシャリと私の髪を撫でて、降参という体の苦笑。
そして呆れながらも私を気遣う、優しい言葉。
でも…でもね、リョウ?
お願いだから私のコト、好きでもないなら、優しい言葉なんかかけないで…?
思わせぶりなコト、言わないで…?
あなたの何気ない態度で言葉で、私がどれだけ有頂天になって、
とんでもなくバカな勘違いをしているかなんて…
あなたは全然、気づいてないんでしょうね…。




「大丈夫よ、子供扱いしないで?じゃぁね、リョウ♪」
ニコリと笑って、背筋をピンと伸ばした敬礼のポーズ。
小首をちょっとだけ傾げて可愛らしく見せたのは、私の精一杯の強がり…。
「あぁ…じゃぁ、な…」
ふっと笑みを浮かべて、私に背を向けて自宅アパートへと足を進める。
そのすっと伸びた大きな背中が遠ざかっていくのを、言葉も無くじっと見つめた。
お願い、リョウ…一度でいいから、振り返って…。
彼が一刻も早く彼女の元へ帰りたいと、足を速めているのを知っているくせに。
今、彼の心がココではなく、彼女のいる自宅アパートにあり、私の存在なんてこれっぽっちもありはしないと知っているくせに。
それなのに、そう祈る心を止められなかった。



大きなストライドで周囲の喧騒を振り切るかのように歩く大きな背中が、どんどんと小さくなっていく。
そしてそのまま一度も振り返ること無く、人波の中に…消えた。
わかりきっていたこととはいえ、気がつけば頬を涙が伝っていた。
本気で惚れた男が本気で惚れた彼女は、私など足元にも及ばないくらい、本当の意味で強い女性。
そして何より、彼がやっとの想いで手に入れた、最愛の女性…。
その気持ちを傍でずっと見ていた私には、今、彼女を手に入れた彼の喜びが誰よりもわかる。
だから…だから、諦めるしか無い…のよ、ね…。
ギュッと目を瞑って、子供のように拳でゴシゴシと目をこすって涙を拭う。



さぁ、リョウのことは忘れて、仕事のことも忘れて飲みに行こう。
今日は飲んで飲んで飲みまくって、そして家に帰って泥のように眠るの。
そしたらきっと、また新しいに出会えるから…。
大きく息を吐いて、ネオン煌く夜空を見上げて。
ボストンをキュッと持ち直して、リョウとは反対方向の雑踏の中に足を勧めた。




END    2005.10.2