●Pool Side●


とある富豪の別荘を借り切ってのショーは無事、大成功のもとに終わり。

関係者だけの打ち上げパーティーは夏らしく、広く涼しげなプールサイドで行なうコトにした。



メインを飾った香のおかげで、ショーはいつも以上の手応えを確信。
ふふ……やっぱり香に頼んで正解だったわね。
冴羽さんにはにらまれちゃったけど。
それでもやっぱり、香以上のモデルはいないんだもの。
私のデザイナーとしてのインスピレーションを最高に高めてくれる、
最高のモデルであり、最高の友人だわv



当の香は、ショーのトリを飾った真っ白なミニドレス。
夏らしく、フロントはすっきりと膝上に。
それとは対照的に、バックは足首まで伸ばした生地を乱雑にカットしてみた。
動くたびに、軽く柔らな生地がふわりと舞って。
香の白い脚にもつれるように、たわむれるように絡みつくの。
明るく軽やかで、それでいて、ふとした瞬間に大人の女の表情を見せる……。
香にピッタリのドレスだったわ。



そんな香の魅力を最大限に出したドレス姿に、
共演者である男性モデルやカメラマン、招待したファッション関係者たちはすっかりメロメロ。
香を十重二十重に取り囲んで、隙あらば少しでも彼女に近づき、声を掛け。
何がしかの関係を持ちたいと目論む心中が、みえみえだった。



そんな男たちの思惑も知ることなく、香はただただ、戸惑うばかり。
もう何度もショーに出て、その度に凄まじいフラッシュと、割れんばかりの拍手と、
多大なる賞賛の声を浴びているのに。
それでもまだ、そんな自分の魅力に、これっぽっちも気づいちゃいないの。



それもこれも、彼女の気持ちを知りつつ、ついと背を向け逃げ出してしまう、一人の男のせいなのよね。
香のことが好きで好きでたまらないクセに。
少しだって、その身から離したく無いクセに。
自分以外の男の目になど触れさせたくも無いほどの、熱く激しい思いを秘めているクセに……。
その片鱗すら、見せてはくれないの。



とはいえ、そんな素振りを見せているくせに、やっぱり香から目を離すことは出来ないようで。
素直になれない、ちょっぴり歪んだ性格の、
どうしようもないヤキモチ焼きの彼の姿が……ほら。
香を取り巻く人だかりの、遙か向こう。
プールサイドの片隅で、カッコつけてグラスを傾けているわ?



「香と一緒にモデルを」、と。
何度言ったかわからないほどの甘いマスクと、無駄の無い、美しく整った身体。
そんな彼に、周囲の女性たちはうっとりとした視線をよこしているけれど。
当の彼の目も耳も、髪の毛一筋すらも。
全神経が一人の女性……香へと注がれているの。
何気なさを装ってはいるけれど……ふふっ。
眉間にシワ、出来てるわよ?



周囲の男たちをジロリとひとにらみする鋭い視線は、「俺の女に手を出すな」と言っている。
目は口ほどに物を言う……って言うけれど。
そんなところでイライラと、まるで苦虫でも噛み潰したような顔するくらいなら、
今すぐ香の元に飛んで行って、その胸の内を言葉にして。
丸ごと全部、ありったけの想いを、全て吐き出してしまえばいいのにね。
実際に口にしてあげた方が、香は何倍も喜ぶと思うんだけどなぁ。
まったく……いつまでたっても、煮え切らない二人っ!!



そうこうする内に、香を取り巻く人だかりがわっとざわめいた。
どうやらあまりの人に気後れした香が、その輪の中から逃げ出そうとして。
けれど周囲の男たちが、それを簡単に許すはずもなくて。
香を取り囲む人の輪が、さらにその密度を増したようだった。



「ちょっ……すみません、離して下さい」
不安そうな、けれど周囲を気遣っての、控え目な声が響く。
……と、誰かが逃げ出そうとする香の手を捕らえて、また輪の中心に引き戻そうとしたその時。
「………やっ……!!」
そのあまりにも強引な手に抗い、振り切った瞬間……香の手から小さな光が振り飛ばされて。
それは小さなカーブを描いて、ぽちゃん……と、プールの底へと沈んでいった。
「……あっ!!指輪……っ!!」



スキューバダイビングを趣味とする屋敷の持ち主の意向で、かなりの水深を持つこのプール。
その水底へと、小さな光の粒は瞬く間に吸い込まれて行って。
今はもう、その光がどこにあるのかさえ、わからなくなってしまった。



驚き戸惑い、不安げに水底を見つめる香。
そんな彼女に、男たちはプールを覗き込む香の肩や腰に触れ、下心見え見えの笑みを浮かべる。
「ごめんごめん……でも指輪なら、もっと君に似合うのを。
君の美しさにもひけを取らない、君に相応しいものを僕が贈るよ」
「そうさ。さっきのちっぽけなモノより、君の美しさを際立てるような。そんな指輪を、僕にこそ贈らせてよ」



普通の女なら、誰もが喜びそうなそんなセリフも。
香に耳には何ひとつ、届きはしなくて。
どうしよう……と、真っ青に、今にも自身がプールに飛び込まんばかりの顔で水底を覗き込んでいた。



そんな中、バシャン!!……と、大きな水音が聞えて。
振り向けば、一人の長身の男がプールに飛び込んでいた。
見紛うことなどない、完璧とも言えるその特長的なスタイル……そう、だった。



プールの端から飛び込んだ彼は、軽く潜ったままプールの中央……香の目の前まで泳ぎ着いて。
そこで一旦浮上して、チラリと香に視線を送って。
(優しく微笑んだように見えたのは、私の気のせいかしら?)
そして大きく息を吸い込んで、力強くキックして……。
水深の深いプールの底へと、まるで吸い寄せられるように潜って行った。



コポコポと小さな泡が消え、周囲がざわりとすること、しばし。
次の瞬間……またもや小さな気泡が現れて。
それが次第に数を増して、黒く大きな影が、ゆっくりと水面に近づいて来て。
そして……その大きな影が、ザバリと水面に現れた。



「………リョウっ!!」
身体に張り付く男たちの制止を振り切って、今にも足元を濡らさんばかりにプールに駆け寄る香。
その不安げな顔に、彼はちょっぴりの意地悪を含ませて笑いかけながら。
水の滴るその太い腕を、真っ直ぐに彼女へと差し出した。
「……ったく、ドジなヤツだな。槇村に怒られるぞ?」
そう言って、笑いながら固く握った拳を開けば。
そこには赤い石のついた、小さな指輪が転がっていて。




マウスをポチッと当ててみようっv



ホッと安堵のため息をつく香の手を取って、その白く細い指にスッと嵌めた。
水に濡れ、その輝きをより一層強めた赤い石が、白い指の上でキラリと光った。
「もう落とすんじゃねーぞ?」

「うん……ありがとう、リョウ……」
指に戻った赤い石の光を、何より大切と胸に寄せる香。
涙に濡れるその頬を大きな拳でクイと拭って、冴羽さんがくすりと笑う。
それは日頃の彼からはめったに見ることの無い、とろけるような極上の笑みだった。



そんな二人の様子を見れば、香にとってその指輪がどんなに大切なものか。
どんなに高価な指輪を送られようが、掛替えの無い、大切なものであるか。
また、プールの底から指輪を拾い上げた彼と彼女とが、どんな関係なのか……。
それはもう、一目瞭然だった。
こうなるともう、誰も二人の間には入れやしなくて。
それまで鳥の囀りのように煩かった男たちも、二人を遠巻きにして、静まったまま。



ふふ……当たり前よね。
パーティーというコトで無理やりに着せた、今日のためにデザインしたスーツ。
その上着を脱ぎ捨て、タイを抜き取って。
胸元のボタンをいくつか寛げて、プールに飛び込んだ冴羽さん。
今、水に濡れたシャツは、そのガタイのいい身体にぴたりと張り付いて。
首筋から伝ういくつもの水滴が、寛げたシャツの隙間から覗く、厚い胸板のさらに奥へと……。
逞しき鋼のような胸板であろう、隠されたそこへと、緩やかに滑り落ちていく。



己の美丈夫さを、これでもかとアピールしているその姿は、まさしく、水も滴るいい男
それまで息巻いていた男たちは、完全に白旗状態……って感じよ?
一方、そんな彼を、プールサイドにいる多くの女性たちが、放っておくはずはなくて。
しきりに落ちてくる水滴が気になって、物憂く髪をかき上げるその仕草さえも、絵になって。
周囲の女性たちの間から、ほぅとため息がこぼれた。
そして私もしばし、見惚れてしまった。



「このままじゃ風邪引くわ。帰ろう?」
時を忘れ、思わずうっとりと見惚れていた私を。
香の言葉がふいに現実へと引き戻した。
チラとプールサイド全体に目を走らせて、私の姿を見止めて。
そして申し訳無さそうに笑った。



「ごめんね、絵梨子。このままじゃリョウが風邪引いちゃうから、お先に失礼するわ?」
「あ……そっ、そうね。そうして?」
慌てふためく私に、「先生、これ……」と、スタッフがタオルをよこしてくれる。
呆けたように見ていたのを、それと知られないように。
努めてパーティーの主催者の顔を取り戻して、それを手渡した。



「ありがとう」
にこりと笑って、ヒールの踵を少し上げて、ゴシゴシと冴羽さんの髪を拭き出す香。
それをまどろっこしそうに、何ごとかを呟いて、
タオルを取り上げて、自分で身体を拭きだす冴羽さん。
それにカチンときたらしい香が、頬をふくらませてまたもや冴羽さんに突っかかる……。



その姿は、ショーのトリを飾ったモデルの顔と同じとは、とても思えないもので。
けれど私の目には、ぷぅとふくれたり、ツンと拗ねたり。
ふとした瞬間に見せる、輝くような笑顔のの香の方が、何倍も魅力的だった。
それを証拠に、周囲の人たちも皆、二人に優しく穏やかな笑みを送っていた。



そう……香の一番の顔を引き出せるのは、冴羽さんなのよね。
彼の隣りにいる時こそ……いいえ、いるからこそ。
何よりもおだやかで自然で、素敵な彼女になれるんだわ……。



そんな二人が、まだ文句を言い合いながら。
それでもしっかりと互いの腕を絡め合いながら、プールサイドを引き上げて行く。
その姿は、どのショーのどのモデルたちよりも輝いていた。
よぉ~し。今度は絶対、冴羽さんにもショーに出てもらうんだからっ!!




END    2006.8.7