●Rain Day●



梅雨には未だ少し早いというのに、朝から降り続く雨はあらゆるものに
滲みこむかのように、木々も外気も、室内さえも、重く澱んだ色にしていく。

誰もが外に出ず、家でぼんやり過ごすであろうそんな午後のCATS EYEに、
三人の男たちが首を揃えてコーヒーを飲んでいた。




「あー…しっかし暇だな。さっきから全然、客が来ねぇじゃねぇか。
こんなんでこの店、やっていけんのかよ。え?海坊主!!」
「うるせぇっ!!元はと言えばお前らがチャチャ入れるから、客が逃げてったんだろうが!!
こんなトコロでグダグダとトグロ巻いてねぇで、とっととビラ配りにでも行きやがれっ!!」
「Oh~!!それは違うよ、ファルコン。俺たちはミキがいなくて、お前一人で店をやるのは
さぞかし大変だろうと、こうして手伝いに来たんじゃないか」
「そうだそうだ!!ありがたがられるならともかく、貶される覚えは無いぜ?!
それにこんな雨の中、ドコでビラ配りしろってんだ。
あ、そか。お前、目ぇ見えなかったんだっけな。雨降ってんのも、わかんねぇか」




「…目が見えなくても、雨が降っていることくらいわかる。

雨に降られりゃお前のもっこりしかない腐ったその頭も、少しは綺麗になるかと思ってな」
「うるせぇっ!!もっこりのドコが悪いっ!!余計なお世話だっ!!」
「…店は俺一人でも大丈夫だ。さっきの客だって、
椅子のすわり心地が悪いから自分のひざに座れと言うミックと、

わざと水を零して自分が雑巾代わりになるお前がいなきゃ、逃げていかなかっただろう」
カウンターにカップを叩きつけるリョウを気にも留めず、
洗い終えた皿を拭きながらたんたんと語る海坊主。

その冷静さが妙に威圧的で、リョウもミックも急にトーンダウンしてしまう。




「…だ、だって、なぁ?!ココの椅子より、俺のひざの方が断然…な、なぁ、リョウ?! 」

「そ、そうさ。俺だって、早く拭かなきゃシミになっちまうと思ったからこそ、だなぁ…」
「…うるせぇっっっ!!!今度客に何かしてみろ、二人まとめて、生ゴミにブチ込んでやるっっっ!!!」
「……」
「……」
面白おかしくからかっていたものの、その怒りが頂点に達してしまったので、
(拭いていた皿は見事、粉々になっていた)二人とも黙っておとなしくコーヒーを飲むことにした。




しとしとと降り続く雨は、全ての音を吸収してしまう。

時々外を走り去る車が立てる水しぶきの音が聞えて来る他、
店内はシンと静まり返るばかりだった。

「…しっかしまぁ…オンナってのはホント、バーゲンが好きだよなぁ…」
静けさに耐えられなくなったリョウが、ポツリと呟いた。
「確かに…な。こんな雨の中でも喜んで出掛けちまうんだ、信じられないね。
でも…まぁ、今回は特別だろ。長くかかった研究がようやく終わって、
カズエが
パ~っと買い物したいって言ったからだし。
付き合ってくれたカオリとミキには…ホント、感謝してるよ」
さっきまでの騒ぎはドコへやら…と、妙に神妙な顔つきでコーヒーを飲むミック。
「…いや。美樹もたまの女だけの買い物に、ずいぶんと慶んで出掛けて行った。礼などいらんさ…」




「そうそう。女なんてのは機嫌が悪くっても、バーゲンと聞きゃ
飛びついて行くんだからさ。まったく…男にはわからん生き物だ」

カウンター席に踏ん反り返って話すリョウに、海坊主がニヤリと笑みをよこす。
「…温厚なカオリの機嫌を損ねるなんてヤツは…一人しかいねぇんじゃねぇか?え?リョウよ」
「そうだぞ、リョウ。あんな可愛いカオリを怒らせるなんて…お前はバカ以外の、何者でもない!!」
加勢するミックと海坊主の勢いに、怯むリョウ。




しかしココで負けてなるものかと、反撃開始。
「ばっ!ばか言ってんじゃねぇよ。何で俺ばっか、悪者になんなきゃいけねぇんだよ。
だいたいあのバカの、どこをどう見て可愛いなんてセリフが言えんだよ!!」
「カオリは可愛い。キュートだ!!ラブリーだっっ!!エンジェルだっっっ!!!」
天を仰ぎ、拳を握り締めて力説するミック。
「…バカな男にバカと言われるほどの女じゃないな、香は」
すでにアッチの世界に飛んでしまったミックをヨソに、冷静に判断を下す海坊主。
「~~~っっっ!!!」
タッグを組んだ二人に太刀打ち出来ず歯噛みするリョウは、あえなく撃沈。
カウンターに突っ伏してしまった。
それを見下ろすミックと海坊主は、その口元をニヤリと歪めた。




「だけど…よ。アイツって結構、雑な性格してんのな。
こないだなんかカレー作りすぎたからってんで、カレーうどんにカレーグラタン、
カレーピラフときて、しまいにはカレーパンまで作りやがったんだぜ?

よくまぁそんなに考えたこと…ってか、そんだけの量をまとめて作るなってんだっ!!
いくら俺が食いもんに疎いからって、んなメニューが続いたら、食えねぇっつーの。
家計が苦しいのとなんのと言う前に、加減てモノを覚えろよなぁ…」
カレーメニューを指折り数えたリョウはカウンターを枕に、ポツリポツリと呟き、
心底、参った…という顔。



「…そ、それは確かに、して欲しくないメニューだな、うん…。
カズエは…そうだな。研究が忙しいから、めったに手料理ってのにはお目にかかれないが。
ただ…研究職なだけに、細かいことが気になるというか…妙にこだわりがあってさ。
レシピ通りじゃないと、作れないんだよね。
この間も小松菜が無いってんで、仕上げの寸前に、スーパーに買いに行かされたよ。
冷蔵庫にはほうれん草が、3日前から眠ってるっていうのにさ…」
確かにかずえは研究職だが、彼女の場合その作る薬から察するに、
あまり細かいことに気を使うタイプではないのでは…と思うリョウと海坊主は、
うつむくミックに見えないように苦笑した。



「それを言うなら…美樹はおっちょこちょい、だな。
レシピ通りに作っても、必ず何かひちつは抜けているし。

傭兵をしていたせいか、何事にも大雑把だ。
和食の些細な味加減が苦手らしく、味付けが濃くてどうも敵わん…」

へぇ、それは意外…と珍しくグチを言う海坊主を、
二人はカウンターに頬杖を着きながら眺めていた。

「…とか言っといてお前、美樹ちゃんにはメロメロだよな。
結局お前、美樹ちゃんに惚れてんだよ」

「そうだな。泣く子も黙るあのファルコンが、おとなしく喫茶店の
マスターしてるなんざ…惚れた女の頼みでなきゃ、やらないね」

う゛っ……と言葉に詰まったかと思うと、シュボッ!!と真っ赤になる海坊主。
それを見て二人はヒーヒーと腹を抱え、涙まで流して笑いこけた。




「うっ!うるせぇっ!!そういうミック、お前こそ、エンジェルの名が聞いて呆れらぁ。

一人の女に縛られるなんて男じゃないなんてホザいてたのは、いったいドコのドイツだったかぁ?」
「Oh!!何を言い出すんだ、ファルコン!!俺がエンジェルダストの後遺症に、どれだけ苦しんだと思う?
あの時懸命に看病してくれたカズエこそ、俺の生涯のパートナーだと確信したんだよ。
カズエがいたからこそ、今の俺があるのさ…っvvv」
「……」
「……」
いけしゃあしゃあと惚気るアメリカ人に、照れ屋な日本人は掛ける言葉も無い。




「でも…ヤキモチ妬きなのが、玉にキズ、かなぁ…。
この間もせっかくいい雰囲気になったのに、前日のナンパを話しに持ち出して来てさ。
私と昨日の彼女と、どちらへの愛の質量が大きいのかしらね、ミック?
なんて言うんだぜ。正直、参ったね、アレには」
「…ははは…そりゃキツイ」
「…だろぅ?」
「俺はこの間の依頼人…ガッコの国語の先生だったんだが、
すんげぇ色っぽくてモロ好みだったのに…。

いい感じに持ち込んだ時、香にバレて、ハンマー食らっちまった…」
「…それはそれは…bad timingだったな」
「……」
互いの失敗談を慰める二人にはついていけない海坊主は、深いため息をこぼした。




「…で、リョウ?お前、カオリとはどうなってるんだ?」
「……へっ?!」
ミックがその矛先をリョウに向けたのをこれ幸いと、海坊主も話しに雑ざる。
「そうだぞ、リョウ。お前の暴走を止められるのは、香だけだ。
そんな貴重な女を、このまま放っておく気か?」

……ヤバイ展開になってきた……と、冷や汗を流した時にはすでに遅く、
前から隣からと矢継ぎ早に言葉の雨が降ってくる。

「大体お前は、天邪鬼すぎるんだ。惚れてるなら惚れてると、ハッキリ言いやがれっ!!」
「香とお前がまとまるのが一番だ。そうすりゃ新宿の街も、平和に治まる」
ズイズイと顔を寄せてくる二人。
「……ん、んなコト、お前たちには関係ねぇだろっ?!
てめぇらに女がいるからって、こっちに話を振るなっっっ!!!」

プンと横を向いて顔をそらすリョウに、海坊主とミックはニヤニヤと笑いながら話を続ける。




「まったくなぁ~…こんなひねくれたcrazyヤローの面倒を見るなんざ、カオリがカワイソウだ。

他にもイイ男がたっくさんいるだろうになぁ~?何なら俺が、立候補してもイイんだぜ?」
「そうだな。香ほどの女なら、リョウよりもっとイイ男を捕まえられるだろうな」
これ見よがしに量の悪口を言う二人。
リョウの額の青筋が今にも破けそうなくらい、ピクピクと脈を打った。



「~~~っっっ!!!グダグダとうるせぇんだよっ!!俺たちのことは放っとっけっつーのっっっ!!!」
「俺たちのことは放っておけ…ってコトは…。自分でキチンと、カタをつけるってコトかな?
リョウ自身の気持ちは、すでに答えが出ている…と。そういうコトかな、ファルコン…?」
「……さぁな。たとえ自分でカタをつけると言ったところで、天邪鬼なコイツのコトだ。
あと何年かかるか…だ、な」

「Oh、!!バカなリョウが決心するまで待ってたら、あたら美しい花の盛りを
無駄にしちまうじゃないか!!あ~なんてカワイソウなカオリッ!!!」

「……るっせいっ!!それ以上ガタガタ言うと、その口にマグナムをブッ放してやるからな!!」
懐からパイソンを取り出し激轍を上げ、ピタリとミックを捕らえる。




……と、やおら海坊主が立ち上がったかと思えば奥に引っ込み、数枚のバスタオルを手に戻って来た。

「……おっ、気が利くじゃねぇか。タコのクセに」
「サンキューファルコン♪」
「……フンッ!!」
リョウがパイソンを懐にしまったと同時に店の外でキィと音がして、
三人の男たちが腰を上げる。

とたん、カウベルを鳴らして三人の女たちが雪崩れ込んで来た。




「きゃぁ~濡れた濡れたっ!!大丈夫、かずえさん?」

「えぇ、ちょっと買い過ぎちゃったかしらね。でも楽しかったわ。ありがとう、二人とも♪」
「ちょっ、ちょっと二人とも、早くどいてよ。入れないってばぁ~っ!! 」
三者三様、それぞれの手には大きな買い物袋が山とあり、
それを庇うかのように肩も髪も、しっとりと濡れていた。




「大丈夫かい、カズエ。こんなに濡れて…風邪ひくじゃないか」
「ありがとう、ミック。あなたにお似合いのネクタイを見つけたのよ。
帰ってからのお楽しみ…ねvvv」

「サンキュー」
優しくかずえを見つめ、バスタオルで肩を拭くミック。




「ごめんなさい、ファルコン。お留守番お願いしちゃって…大丈夫だった?
ファルコンの分も、お土産あるのよ?とっても美味しそうなケーキなの。
夕食の後に、いただきましょう?」

「…う゛っ…いいから先に身体を拭け。風邪をひく…」
と、横を向いてにバスタオルを差し出した。




「おいおい、何をこんなに買ってきたんだぁ?」
「えっとね、お徳用の干物セットでしょ、半額のおさしみでしょ。
それからおつとめ品の野菜炒めセットに、10%引きのひき肉…と。
そうそう、アンタの靴下に穴が開いてたから、新しいの買ってきたわよ♪」

「……」
ため息と共に香の頭にバスタオルを被せ、リョウはガシガシと頭を拭いてやった。




文句を言い合っていた男たちはみな、それぞれのパートナーを
愛しげに見つめながらも、チラリと視線を交し合う。

結局、惚れちまってるのは俺たち男の方か…と、苦笑する三人。
そんなにぎやかな会話に、店内にまで響いていた雨の音はいつの間にか聞こえなくなっていた。




END    2005.5.8