●…らしさ。●



美樹さんから借りたままのCD。

うっかり返すのを忘れてしまい、遅くなっては悪いと思い出掛けてみたものの…
やはり夜も更けてきていたので、お店は閉められていて。

しかたない、また明日出直して……と思ったけれど。
朝から気温30度は当たり前という、今日この頃。
この夕涼みがてらのコースは、とても気持ちのいいもので、

せっかくココまで来たのだから…と、裏口に回ってみることにした。



お店の脇の小路に入り、裏の勝手口へと回る。
美樹さんの趣味なのか、はたまたお店で作るケーキや軽食にも使うのか
小さな花壇にはミントやバジルなどのハーブが可愛らしく植えられていて。
蒸し暑い風にそよと吹かれて、爽やかな香を放っていた。




玄関口は電気が消えていたけれど、すぐ横の窓が開いていて、そこから奥の部屋が見渡せた。

蒸し暑い夜、開け放たれた部屋の目隠しにと掛けられたレースのカーテンが、
わずかな風に、ふわりと揺れて。

その向こうに美樹さんの姿を認め、
「こんばんは、美樹さん。こんな遅くにごめんなさ…」
…と、声を掛けようとした瞬間…。

……私は言葉を、失った。



美樹さんの柔らかくうねる黒髪に、傍らにいた海坊主さんの大きな手がそっと触れる。
そしてしばらくの間、まるで壊れ物でも扱うかのように
優しくゆっくりと撫でていた手が、彼女の肩にするりと滑り落ちて。

そしてそのまま、まるで磁石のプラスとマイナスが引き合うかのように、自然な流れのままにゆっくりと……
美樹さんの身体が海坊主さんの腕の中に収まった。

そして背の高い海坊主さんを見上げるように、少し背伸びした美樹さんの顔に、
海坊主さんがおずおずと顔を寄せて。
そして……。




「……おい、何やってんだよ」
CDを手に玄関脇の窓に、まるでヤモリかイモリのようにへばりついていた私は、
ふいに掛けられた声に、心臓が止まるほど驚いた。

「リョ…リョウッ!!」
大声を上げそうになって、慌てて自分の口を押さえる。
「…ったくぅ~CD返すだけだってのに、いつまでかかってんだよ。いいかげん、待ちくたびれちまったぜ?」
「…しっ、し~~~っっっ!!!」
ベラベラといつもの調子でまくし立てるリョウの口を、慌てて封じ込めた。
「何すんだ…」と暴れるリョウに、「いいから黙ってっ!!」と、必死の形相で命令する。
その剣幕に押されてか、リョウが恐る恐るという体で、さっきまで私が見ていた窓をそっと覗く。



「……………」
驚いて目を見開いたのは、一瞬のこと。
すぐに片眉を上げたいつもの意地の悪い顔でニヤリとし、鼻先でふふんと笑う。
そしてUターンして足取り軽く、今来た道を戻って行った。
置いてきぼりをくった私も、足音を立てないように気をつけて。
それでもこのまま置いていかれてはと、慌てて後を追いかけた。

通りに駐車してあった車まで戻ると、リョウはすでに運転席に座ってて、のんびりとタバコを燻らせていた。



「は、はぁぁぁ~…。び、びっくりしたぁぁぁ~…////」

胸のドキドキを抑えるように助手席に座り、息を整えようと大きく深呼吸する。
「ふふ…ん。まさしく、美女と野獣…ってトコだな。あのまま放っておかないで、
あのタコ坊主から美樹ちゃんを救出するべきだったかぁ?」

「何言ってるの、バカッ!!いいじゃないの、あの二人はれっきとした、ふっ、ふっ…夫婦なんだからっっっ////」



バカなコトを言うリョウに呆れつつ、今しがた見た二人のキスシーンが目に焼きついて離れない。
毎日顔を合わせている二人なのに。
いつも親しくしている二人なのに。
あんな二人を見たのは初めてで、まるで映画のワンシーンのように綺麗だったと思い出し……。
そしてまた、胸の動機が早くなるのだった。
「そっかぁ?いやぁ~でもやっぱり、アレは、だなぁ…」
「…ん、もうっ!!イイのよ、アレで。二人とも本当に愛し合ってるんだなぁって感じで、とても素敵だったじゃない」



まだ言うか…と、リョウのほっぺをつねり上げるのを忘れずに、窓の外をチラリと見やって。

二人の愛の巣たる小さな喫茶店を、微笑ましく見つめる。
本当に幸せそうだった…いいな、美樹さんは海坊主さんに愛されて…。
で、でも………。
明日、二人に、いったいどんな顔で会えばいいのよぉぉぉ~っっっ////
ボンッ!!…と、またもや頬を真っ赤に染めてしまった。



「ふぅ~ん…?香ちゃんも、ああいうのに憧れたりするんだ…?」
「そっ…そりゃぁそうよ、女なら誰だって…って、な、何よ。どうせガラじゃ無いって、言いたいんで…」
文句タラタラのリョウに、乙女の恥じらいハンマーを打ち込んでやろうと振り返った瞬間。
それまで意地の悪い笑みを浮かべていたリョウが、スッとマジな顔になって。
漆黒の瞳で、じっと私の顔を見つめて。
そしてそのまま、ゆっくりと無言で顔を近づけてくる。



「リョ……」
いつになく熱いまなざしに、胸が高鳴る。
そっ…そりゃぁ私だって、いつかはリョウと…って思ってたけど。
でも…でも、こんな急にだなんて、こっ、心の準備ってものがっっっ////
オロオロする私に構うことなく、リョウの顔がさらにぐんと近づく。
「リョ…ウ…」
リョウの熱い吐息をすぐそばに感じて
その瞳の中に、頬を真っ赤に染めて潤んだ目の私が見えて。
恥ずかしくて、そっと目を閉じた…。



―――――カチャッ☆―――――



「…へっ…?」
静かな車内に響く金属音。
それと共に、あれほどの熱を孕んでいたリョウの体がふいと離れていくのを感じて、思わず目を開ける。
いつの間にかリョウは元通りしっかりと運転席に座ってて、
キィを回してキュルルルと小気味よいエンジン音を響かせていた。




「…あ…////」
「…車出すんだからシートベルトくらい、ちゃんとしろよな?」
茫然自失の私にふっと笑いかける、優しいけど意地悪な顔。
ふと見れば、私の左肩から右腰に掛けて、しっかりとシートベルトが掛けられていた。
やっ…やだ、私ったら、いったい何を期待してっっっ////
恥ずかしさで火照る両頬を押さえると、それを見たリョウが、またニンマリと笑う。
「あぁ~れぇ~?もしかして香ちゃん、何だか色々と期待してたのかなぁ~?」
「…なっ…何をっっっ////」
口では強がってみるものの、ボンッッッ!!!と、頭から湯気が出るのを抑えることが出来なくて。
くすくすと楽しそうに笑うリョウに、何も言い返す言葉が浮かんできやしない。
「~~~っっっ////」
ただただ口をパクパクとする私に、リョウはふっと笑って、私の髪をくしゃりと掻き揚げた。



「…まぁ、アイツらはアイツら…って、コトだ」
優しく笑う瞳。
そしてその瞳をそのままに、言葉も無くじっと私を見つめてくる。



「…………………」

「…………………」



言葉にしなくても、長い付き合いのリョウと私。
普段、あまり見せることの少ないリョウの本心がその瞳の中に揺らめくのを、そっと読み取った。



―――――アイツらはアイツら…そして、俺たちは俺たち…だろ…?―――――



その想いが嬉しくて、言葉の無いリョウに習い、
この想いが届けとばかりに黙ってリョウを見つめる。

その想いを私が読み取ったのを知ったのか、優しいまなざしの瞳をさらに細めて、
愛おしそうに見つめ返してくれた。




そう…そうよ、ね。
いくら美樹さんや海坊主さんたちを羨んだところで、リョウと私とは違うんだもの。
私たちは二人とは違う、“私たち”なんだもの。
互いに意地っ張りで、素直になりきれない二人だけど。
でも…でも、互いを誰よりも大事に想っている…想い合っている。
そう言える自信があるのが、何だかとても嬉しい。
そこまでの長い道のりが、築き上げてきた二人の時間が。
リョウと私の絆をより一層、堅く強いものにしてくれたのだ。
だからこれからも、焦らずゆっくりと、私たちらしい速度で歩み寄って。
それで…イイのよね、リョウ…?
そしていつか、二人の距離がゼロになったら…その時は…。



見つめるリョウの瞳にそっと笑い返して、おずおずとその肩にもたれれば。
了解とばかりに、大きく温かな手が、私の肩を包みこむ。
そしてそのままの姿勢でブレーキを外して、器用に片手でハンドルを切り、車を発進させた。
私たちの…まだまだ意地っ張りで未熟なままの、私たちのアパートへと。




END    2005.8.11