●薔薇とピストル●



「本当に……行っちまうのかい?」

「えぇ……ごめんなさい、ママ」



心配そうに私を見つめる目が、この上なく優しくて。
赤の他人の私を、こんなにまで思ってくれているママが愛しくて。
だからこそ、これ以上心配させちゃいけないと思い、キッパリと言い切った。
「ホントにねぇ……リョウちゃんも罪な男だよ」
「………ママ………」
何もかもお見通しのママに、私はそっと目を閉じて微笑んだ。







日本中の盛り場を渡り歩く、流しのダンサー・ロージー……それが、私。
薔薇の花を愛し、踊る時は常に真っ赤な薔薇を髪に飾ったことから、いつしかこう呼ばれていた。
しつこく言い寄ってくる男から逃げるように前の街を出て、この新宿(まち)に来て。
自慢の踊りとこの美貌とで、すぐにこの店に雇ってもらった。
真っ赤な薔薇の花と、赤く濡れた唇。
そして華やかで大胆なカットの衣装からこぼれんばかりの、自慢の肢体。
それらを武器に、直ぐに店一番の踊り子になったわ。
そしてその名は早くも、街のあちこちで騒がれるほど有名になった。



そんな私に言い寄る男は多く、私はいつも軽くあしらう。
でも、その中の一人の男に……私の視線は釘付けになってしまった。



彼の名前は、冴羽リョウ。
しがないアパートの管理人だなんて言ってるけど、私にはわかる。
この男は、裏の世界に生きる人……。
時折見せる鋭い眼光と、その身体からほのと立ち上る血と硝煙と、そしてガンオイルのにおい。
こんな商売していると、その手の人間かどうかなんて、割と簡単に見破れるものよ。



案の定、彼はこの街を縄張りとして生きていた。
そんな裏の世界で生きる男なのに、店のママや先輩ダンサー。
そして周囲の店のバーテンやホステスたちまでもが、
まるで幼稚園児が保育園の先生を追いかけるように、彼を慕っているのが不思議だった。



初めて会った時……なれなれしさとその軽口から、
いつものように私の身体目当てのバカなエロオヤジの一人だと思ったのに。
それなのに、彼は店のママにも他のダンサーたちにも。
店を掃除するだけのアルバイトの子にまで、さり気ない心遣いを見せる人で。
そして裏社会で生きる男だと知ってから、より一層、そのさり気ない優しさが、妙に心に響いて。
そんな裏社会の男は止めておけと、頭は言うのに。
それなのに……私の目は、心は。
始終彼を追いかけて、次第に熱を上げていった。
そして気がついた時には………すっかり惚れちまってたわ。



流しのダンサーなんてやってれば、街を移るたびに気になる男が出来ないこともない。
それでもその街を去る時が来れば、その男ともオサラバなワケで。
……というか、男との別れ際が、その街を去るきっかけになる場合が多いのだけど。(苦笑)
でも……だからこそ。
男に本気で惚れないというのが、私のモットーのひとつだった。



それなのに……まったく、まいったなぁ……。
ホントにホント、今回ばかりはマジで惚れてしまったみたい。
私も意外とウブだった……ってコトなのかな。



彼が店に来ない日の踊りは、何だか気が乗らなくて。
そしてひとたび彼が来た日は……彼の目に自分がどう見えるのか、彼の目に私の姿がどう映るのか。
どうしたらより一層、より素敵な自分が見せられるのかと、必死になって計算しながら踊ったわ。
そんな私の素振りは、すぐに店の中でも噂になって。
ある日ママに……グサリと釘を刺されてしまった。
「リョウちゃんに本気になっちゃダメよ。リョウちゃんはどんな女にも本気にならない。
ただ一人、たった一人の女性(ひと)以外には……ね」
彼に女が……?それは………誰?



どこか口を濁すママをせっついて、やっとの思いで聞き出した、
彼のたった一人の女性………槇村香
彼女は彼のパートナーで、もうずっと長いこと一緒に暮らしてる。
でも肝心のところで、男と女の仲にはなっていないのだとか。
新宿では知らない者はいないという、噂の二人なんですって。



仕事上のパートナーってコトは、彼女も相当な腕の持ち主なの?
彼の片腕として、彼にとってどうしても必要な存在なの?
でもそれじゃぁ、男と女との関係としては別じゃない……。
そう言う私に、ママは彼女について、事細かに教えてくれた。



あっきれたぁ……まったくの素人だなんて。
それじゃぁ彼の片腕でも何でもない彼女が、どうしてパートナーとして同居し。
あまつさえ、彼のたった一人の女性(ひと)だなんて言われてるのは、どうしてなのよ。
そんなの、オカシイわ。
ダメよ、絶対にダメ。
私が……私がきっと、彼女から彼を奪って見せるわ……っ!!



目を爛々と光らせて意気込む私に、ママが苦笑しながらため息をこぼした。
その目は、やれるものなら、やってみなさい……?と、言っていた。



それ以来、彼が店に来るたびにベタリと彼の横に座り。
乞われるままに、派手な衣装で彼のためだけの踊りを踊る。
そのたびに優しいまなざしを向けられて、私の胸は高鳴った。
グラスを重ね、夜はこれから……と言う頃になると、決まって彼の胸ポケットの携帯電話が鳴り。
一言二言と言葉を交わして、渋々の体で店を後にする。
私がどんなに引き止めても、「悪いなロージー、またな」……と、
頭をポンと軽く叩いて帰ってしまうの。
そんな彼の後姿を見送って、彼を縛り付けている彼女への嫉妬を募らせたわ。



そしてある日……彼と彼女が並んで街を歩く姿を見つけたの。
彼の隣りにいる、はじめは誰だかわからなかった女性が彼女だとわかったのは……
彼が彼女に向ける、この上なく優しいまなざしのせい。
あんな瞳、お店では一度だって向けてくれたこと無かったのに………。



そしてママが、やれるもんなら、やってみなさい?と言った意味が、ようやくわかった。
彼女は…………だった。



彼の隣りで彼と腕を組み、屈託なく笑ったりプンとふくれたり。
細身の身体に赤みを帯びた茶色のくせ毛。
心のままにクルクルと回る大きな瞳が印象的なその顔は………まるで私だった。
ううん、私こそが彼女だった。
そう……彼は私の中に、彼女を見ていた。
そんな……そんなコトって………っっっ!!!



悔し涙が頬を伝い、噛み締めた唇からは、ほんのりと血の味がした。
あの優しい瞳も、甘い言葉も。
肩や腰を抱いてくれた熱い手のぬくもりさえも……全部全部、彼女へ与えられたものだったなんてっ!!



「ふ………ふふ………っ」
あまりのショックに、ついに頭が可笑しくなってしまったのか、口元に笑みが浮かぶ。
そうよ……やっぱり愛だの恋だのなんてものは、私には似合わなかったんだわ。
でも……でも、今度こそは。
今度こそは……彼こそはと、そう思ったのに………。



笑いと共に、次々とこぼれるため息。
そして頬を伝う涙。
そう……このため息で、いっそのこと、彼の胸を撃ち抜いてしまおう。
その名を知られたスイーパーの見事な銃捌きで、一瞬にして撃ち抜かれ、トリコになってしまった私の心。
だから今度は、別れ際の最後の足掻きにと……。
彼の心を捉えることが出来なかった、このバカな踊り子の足掻きと、
この切ないほどのため息とを弾丸にして。
彼の心を……あの男の心を撃ち抜いてやるわ……っ!!



右手に左手を添え、指でピストルの形を作って。
通り向こうにいる、彼の胸にピタリと照準を当てる。
「…………………っ!!」
そしてまさに今、指で架空の引き金を引こうとしたその瞬間………
彼が彼女を見つめて、ふわりととろけるような笑みを浮かべた。
「………………」



とたん、あふれる涙で目が霞む。
あの優しい笑い方……どうして私のものにならなかったんだろう……。
それでもどうして、彼のことを憎めないんだろう……。
彼への想いが胸からあふれるほどに、大きな涙の粒が頬を伝った。



「もう……こんなんじゃ、せっかくの弾丸が涙で錆びちゃうじゃないのよぉ…………」
悔し紛れに文句をこぼし、握り締めた拳でクイと頬を拭う。
そして彼と彼女とが大通りの向こう側に消えたのを見送って……構えていたピストルをそっと下ろした。
ピストルの形に組んだ手から指を解いて、ぷるんと頭を振って、額にかかった茶色の髪を払えば、
あまりの情けなさに苦い笑みがこぼれた。



「この街も潮時、かぁ………」
小さく呟いて冬色をの空を見上げ、冷たい空気を大きく吸い込む。
そして踵を返して、勢いよくヒールを響かせて。
アスファルトの上を、店へと急いだ。



さぁ、早いとこ店に戻って、ママに店をやめるって言わなくちゃ。
いつまでも、惚れた男が自分以外の女に目を向けている姿を見てるなんて、耐えられないものね。
この男がダメなら、次の男へ。
この街がダメなら、次の街へ……。
「そう……それが私、名うてのダンサー。ロージーだものっ!!」



既に西に傾き始めたきれいな夕焼けと同じ色にそまった茶色のくせ毛を、はらりとなびかせて。
自慢の脚を、ミニのタイトから惜しげもなく見せ付けて。
私は新宿のビル街に切り取られた、ちっぽけな空に向かってにこりと微笑んだ。




END    2007.4.17