●スケーターズ・ワルツ●



俺に言わせりゃ、まだまだ早い朝の時間。

立春も過ぎ、少しは春めいてきたというのに、このところの寒の戻りは凄まじく。
ベッドという名の魔物に頭からすっぽりと食われちまって、至福のひと時を過ごしていた。
その時……トスン……という衝撃音が、頭の上の方で響いた。
気配を探っても、何も怪しいものは無い。
そしてこんな朝っぱらから俺の頭上…屋上なんかにいるのは、香しかいなくって。
どうしたもんかと思いつつ、その音が気になって……のそのそと、手近に放ったままの服を着込んだ。



「あったたたぁ~………」
「何やってんだよ、ボケ」
「……あ、リョウ!!」



屋上に上がって見れば、四方から吹きつける風の冷たさに、思わず身震い。
そして寒さに首をすくめる俺の前で……香は見事なまでに、尻餅をついていた。



「……何やってんの、お前」
洗濯物を干していたのだというコトは、わかる。
手すりに張られたロープにはシーツやタオルの類が、たなびく風にこれでもかとはためいていた。
それなのに、香は空の洗濯籠を放ったままに、少し離れたところで尻餅をついていた。



「んっとぉ……ほら、ココに氷が張ってるのよね。
それを見てたら何となく、スケートの真似ごとがしたくなっちゃって……」

見れば階段の上り口の、影になったところ……西日しか差さないその位置に、やけに広い範囲で氷が張っていた。
このところの天気の悪さも手伝って、日の差し入れない氷はしっかりと凍りついているようで。
吹きすさぶ風がその表面を撫であげて、さらに艶やかなものにしていた。



「……スケートだぁ~?」
よく見れば、香は軽めのコートを羽織っているとはいえ、その下はひらりとしたピンクのミニスカート。
そしていつものサンダル履きなどではなく、しっかりとスニーカーを履き、その紐もきちんと結わえられていた。



「ん……ほら、このところのオリンピックで、ちょっとイイなぁ~なんて思っちゃったりして…さ、フィギュアスケート。
それでちょっとだけ、真似ごとなんか…って」

よいしょと、香が腰を上げる。
「さっきは失敗しちゃったけど、結構うまくいってたのよ?」
…と、氷の上に立つや否や、起用にクルリと回転してみせた。
ひらりとした素材のミニスカートが風を孕んで、まろみを帯びた腰からそのスラリとした足のラインを美しく覗かせる。
そのさまに……不覚ながらも、見惚れちまった。



「……ね?なかなかのモンでしょぉ~」
得意気にくるくると回っては、片足を上げてポーズをとってみせる。
いくら厚手の黒いタイツを履いてるからといって、そのポーズは……いくら何でもマズイだろっっっ/////
ピンクのスカートがひらりとひるがえる度に、下半身にフィットした黒のタイツが
艶かしいその身体のラインを扇情的に見せ付ける。




そんなコトは気にも留めず、香はその持ち前の運動神経のよさを発揮して。

これが何で、これはあれで…と、次から次へとポーズを決めていく。
もっこりフィギュアのコスチュームでも何でもないのに、当の相手が香だと、
日頃反応しないモノが反応を見せ始めて……だ、なぁ……。




……このままじゃ、マジ、ヤバイかも……



などという考えが過ぎった瞬間、向かいのマンションに、見知った気配。
視線を走らせれば案の定、とぉ~ってもよく知ってるヤツの部屋のカーテンが、
慌てふためいたようにサッと引かれたのが見えた。

…………ちっ……こういうところだけ、勘のいいヤツ………
ともあれヤツが見ているとわかっては、こんなカッコの香をこのまま見過ごしていくコトは出来ない。



「おい……歳を考えろよ、歳をよ。もうルール違反だろ、お前は」
「……なっ、何ですってっ?!」
「さっき尻餅ついたのが、いい例だろ?あとで筋肉痛になっても知らんぞ。
お前のデカイ尻餅の音で、目ぇ覚ましちまったんだからな。ンなもんサッサとやめて、早くメシの支度してくれよなぁ~」

ブツブツという文句にぷぅとむくれた香も、さすがに足元を吹き抜ける寒風に身震いしたようで。
「………わ、わかったわよっ!!」
と、洗濯籠を手に取るや否や、唇を突き出して頬をふくらませたまま、階段を下りていった。



その後姿を見送って、また向かいの例の窓に視線をやれば。
それまでカメラを構えていたのであろう、背の高い一人の男の姿が、すごすごと奥へ退いていくのが見えた。
「ふふ…ん。こんな寒い朝まで、ご苦労なこった」
そんなコトを思いながらも、人には許せる範囲と、そうでない範囲があるというもので。
「その辺をいいかげん、ビシッと言っておかなきゃ…なぁ?」



長い付き合い、物分りのいいヤツの性格は重々承知している。
わかりやすくみっちりと、その身体に言って聞かせてやろうじゃないか。
「最近、運動不足だったんだよな~…」
などと言いながら、ニヤリと笑って。
寒風が刺すほどに吹き荒れる中、組んだ指をバキリと鳴らした。




END    2006.2.24