●冴羽さんて…●



「こんにっちはぁ~♪」

遊びに来た冴羽さんちで、玄関を開けて元気にご挨拶。
執筆者たるもの、周囲の人にはキチンと挨拶しなくちゃね。
ただでさえ高校生作家と世間の注目を浴びてるんだから、
下手にゴシップなんかで潰されたかないわ?
自分で言うのもナンだけど、そんな超売れっ子作家の北野ユカも、
実はここんトコ、珍しく久々のスランプなのよ。
で、ここは私の代表作であり不動の人気を誇る、
「都会の始末人・サエキ リョウイチ」シリーズに新しいネタをいただこうと、
こうして冴羽さんちを訪ねたってワケ。



勝手知ったる何とやらで、案内も乞わずにずかずかと進むケド、
あいにくと、いつもなら明るく出迎えてくれる香さんの姿はなくて。
リビングのソファには、暢気に惰眠を貪る冴羽さんが"転がって"いたの。
「……お前なぁ。勝手に許可なく人ンちに入るのは不法侵入だって、
仮にも作家やってんなら知ってんだろ?」
「仕事もしないで寝てばっかの人に、そんなコト言われたくないですー。
それに香さんなら、そんな文句言わず、
いつもあったかく迎えてくれるんだから……って、香さんは?」
「ん~?あぁ……」
欠伸を噛み殺しながらとはいえ、いつになく歯切れの悪い言葉。
そして上階に走らせるその視線が何だかちょっぴり不安げで……
頭に浮かんだセリフがそのまま口を突いた。



「もしかして、風邪……?」
「……あぁ」
香さんのコトとなると、常なら黙秘する容疑者みたいに口が堅いクセに、今日は意外にも素直に認める。
それだけ香さんの具合が悪いんじゃないかと、急に心配になって。
それが顔にも出てたらしく、「……大丈夫。たいしたコトねぇよ」と、苦笑する冴羽さんに連れられて、
香さんの部屋をおとなうコトになった。



「香さん……?」
「……唯香ちゃん?いらっしゃい」
ベッドに横になっていた香さんが身体を起こそうとするけど、そのゆっくりした動作さえ大儀そうで。
「ばか。まだ寝てろ」と、冴羽さんに軽く小突かれ、諭されて横になる。
手を貸す冴羽さんの仕草が、まるで壊れ物を扱うみたいに優しくて、何だかこちらまでどきりとした。
「具合……そんなに悪いの?」
「そんなコトないのよ。ただ、少し咳がね」
と言うが早いが、小さく握った拳を口元にあて、横を向いてこんこんと咳込んだ。



「ばぁーか。風邪のひきはじめを甘く見ると、あとが大変なんだぞ。
今、ンな状態で街中歩いたら、ウイルス撒き散らすようなモンだろ」
冴羽さんらしいと言えばそうなんだケド、情け容赦ない、あまりな言いよう。
だけど、「だからおとなしく寝てろ」と、香さんの髪をくしゃりと撫でる様は慈愛にあふれ。
すっかり出来上がっちゃった二人の世界に、思わず身の置き所がなくなっちゃったわ。



「また来ます」
身体に負担になるから長居は無用と挨拶をすれば、横になった香さんがにこりと笑う。
いつもの明るく元気な香さんも素敵だけど、病気の時の香さんははっとする程はかなげで、女っぽくて。
そんな香さんを、らしくもなく愛おしげに見つめる冴羽さんが、これまたカッコよくて……。
目の前で打ち込みしようものなら、すぐさま愛用のノートPCを取り上げられるコト間違いなしなので、
必死に脳内メモに記録したわ。
こんなおいしいシチュエイション、逃すワケにはいかないでしょっ!!(握り拳っ☆)



そして私を送りがてら、冴羽さんは香さんから手渡されたメモを頼りに、買い物へ。
「へぇ~冴羽さんでも買い出し、するんだぁ」
普段、へらへらとしてるトコロしか見たコトがないので、こんな姿は大発見。
思わず、しげしげと見てしまう。
スーパーに行くスイーパーって……小説にリアリティは大事だけど、ちょっと庶民的過ぎるかしら?
「アパートに食いモン何もねぇんじゃ、しかたねぇだろ。
香がいないから、うまいモン、しこたま買ってやる」
日頃、必死に家計のやり繰りをしてる香さんの気も知らず、
ふっふと豪胆な物言いの冴羽さんに、思わずカチン☆
とはいえ、買い物していくのは、栄養価の高いものばかりなの。



「ようリョウちゃん。今日は一人かい?香ちゃんは?」
「あのバカ、風邪ひきやがってさ」
そんなやり取りの中でも、レモンやらはちみつやら、喉の風邪にいいものばかりを選んでく。
口ではあぁ言ってるものの、本音はどうやら違うみたい。
「ふふ~ん♪」
「……何だよ」
「べっつにぃ~?(笑)」
じろりと睨んでくるケド、夕食準備の前でごった返すスーパーの中、
買い物カゴを手にしてる冴羽さんなんか、ち~っとも怖くないもんねっ。



そんな劣勢を感じたらしい冴羽さんが、ため息まじりに、しっしと追い払った。
香さんのリスト以外にも、冴羽さんが放り込んでいった食材で、買い物カゴはすでにてんこ盛り。
鶏肉やニラ、卵に生姜が入ってるあたり、今日はお鍋か雑炊ってトコかしら。
それに果物も、みかんにキウイと、ビタミンたっぷりのものをチョイスしてるみたい。
まったく……ここまで香さんを気遣う心があるなら、もう少しそれを表に見せてくれたっていいのにね。



「……っ?!」
くすりと笑って見送ったその大きな背中が、足早に、フラワーショップへと消えていく。
ちょっと待ってよ、何なのよ、この展開っ!!
こんな滅多に見られない衝撃的なシーン、早く文章に起こさなくちゃっ!!
カートを押してくおばあちゃんや子供連れのママさんにぶつからないよう、
うまいこと気をつけつつ、漏れ出る笑いを必死に抑えながら。
スーパーの出口へと、一目散に駆け出して行った。




END    2012.12.14