●それでも傍に…●



冬の寒さも中休みの、今日この日。

それまでは寒さに震え、家に閉じこもっていた人たちも街へと繰り出して。
お店はしばらくぶりの忙しさだった。



そんな人波も一段落し、山とあったお皿を洗い終えた時。
カラン……とカウベルを鳴らし、いつものあの声が店内に響き渡った。
「やっほぉー美っ樹ちゅわぁぁぁ~んっ!!俺ともっこりしようよーv」
「~~~……冴羽さんっっっ!!!いいかげん、その品のない挨拶はやめてちょうだいっ!!」
「えぇ~?だってもっこり美人に挨拶するには、これが一番なんだけどなぁ~」



買い物に出たファルコンの留守をいいコトに、私の怒りなどどこ吹く風と。
ウシシと笑いながら、カウンターのいつもの席に腰を下ろし、
「んじゃ、いつもの……ねv」と、にこりと笑う。
あぁ……馬の耳に念仏とは、よく言ったものだわ……。
何を言っても、何度言っても無駄は無駄。
私の冷ややかな視線に臆するコト無く、いつもどおりニヤついている冴羽さんを前に。
はぁぁぁ……と、ため息をこぼしつつ、
コポコポと音をたてるサイフォンから、彼好みのいつものコーヒーを注いだ。



「……で?今日は、香さんは……?」
いつも猫のじゃれあいのように仲良く戯れている、彼女の姿が無いのは珍しいことと、首を傾げれば。
「……んー?あぁ………」
と、気のなさそうな返事。
何でも、いつもの伝言板の帰り道、
新年の最終バーゲンを見つけたとかで、そこから二人、別行動。
ひとり淋しく放り出されて来た……というコトらしい。
彼女の中で、自分よりバーゲンが優先順位にあるのが悔しいらしく、
頬杖をつきながらプンとふくれている。
ふふ……意外に子供っぽい拗ね方をするものね。



「まぁ、たまにはいいんじゃない?香さんだって、日頃、
誰かさんのおかげでかなり切り詰めた生活をしてるんですもの」
くすくすと笑えば、的を得た指摘にグッと詰まった。
どうやら隣に彼女がいないと、いつもの反撃すらも出来ないみたい。
あらら……なんだか可哀相になっちゃったわ?



「……美樹ちゃん、テレビつけてよ」
「………はいはい………(笑)」
くすくすと笑われるのが気に食わないのか、その場の雰囲気を変えたいのか。
ふてくされるように顔を背ける冴羽さんに微笑みながら、テレビのスイッチを入れた。
「………あ…………」
「………ん…………?」



薄ぼんやりとした画面が、しだいにくっきりとした映像を映し出す。
そこに現れたのは、よく見慣れた新宿駅の東口。
そこで何がしかの街頭インタビューをしているらしく、
マイクを手にしたインタビュアーが、次のターゲットをカメラの前に引っ張り出してくる。
そして今、少し戸惑ったような笑顔でマイクを向けられ、
画面いっぱいに映し出されたのは………香さんだった。



『では、次の方にお聞きしてみましょう。現在、恋人はいらっしゃいますか?』
『こっ……恋人だなんて。そんな人、いませんっっっ/////』



とたん、冴羽さんの眉間に皺がよる。
いつも仕事上のパートナーと言い切ってるくせに、
心無い言葉で彼女を傷つけているくせに。
いざ、自分が言われる側の立場になると、ちょっと傷ついたみたい。
ふふ……香さんの気持ち、少しは思い知ったかしら?



『そうですか、お綺麗なのにねー。え……っと、今、理想の男性像についてお聞きしてるのですが。
あなたにとっての理想の男性像とは、どういったものでしょう?』



『……え?理想の男性、ですか?えっとぉ……そうですね。
まず、社会人としてちゃんと仕事をする人……かしら。
それから嘘をつかない人で、浮気はしない人。
それからフラフラしないで、どっしりと構えてる、落ち着いた人、かなぁ……」



「……はぁーん?ンな、品行方正を絵に描いたみたいな男、いるわけねーだろ。
だいたいそんなヤツ、つまんねーっての。いつまでもンな、理想ばっか言ってるから。
だからいつまでたっても男の一人も出来ねーんだよ。はは……バカだね、コイツ」



日頃の自分の欠点をズラズラと並べ立てられて、口元が僅かにひきつっている。
あらあら、ご愁傷さま。
でも……そんな香さんの最後のセリフに。
その強張りきった顔に、ようやく安堵の笑みを浮かべた。



『でも……どんなコトがあっても、私の隣にいてくれれば。
いつも一緒にいてくれれば……えぇ、それだけで十分です……』



まるで目の前に冴羽さんがいるかのように、幸せそうに微笑む香さん。
その笑みは、いかにその“彼”を想っているかという……その証明でもあった。



「…………………」
「……あーらら。愛されちゃってるわね、冴羽さん……?」
「……ばっ……何言ってんだよ、美樹ちゃんっ!!」
瞬時呆然としていた冴羽さんが、私の言葉にようやく我を取り戻して。
とたん、らしくもなく頬を染めて、大声で喚き出す。
でも……その珍しいほどのうろたえぶりは、あまりにも微笑ましくて。
どうしたって、くすくすと笑みがこぼれてしまう。



「……~~~っっっ!!!帰るっっっ!!!/////」
……と、言うが早いが、出したばかりのまだ熱いコーヒーを一息に飲み干して。
そのまま勢いよくドアを開けて、カウベルをうるさいほどに鳴らして立ち去った。
もう、ホントは嬉しいクセに……ねぇ?
あんなにも頬を緩ませておきながら、どうして素直になれないのかしら……。
ホント、手の掛かる二人っ!!



カララン……と、まだ余韻を残すカウベルの中。
おだやかな日差しが眩しい新宿駅東口を映し出すテレビの画面にはまだ、
うっすらと頬を染めた香さんが、幸せそうに微笑んでいた。




END    2007.2.9