●それはナイショ。●



この21世紀にもまだあるものなのかと驚いた、依頼人・美也子さんの相談は、相続争い。

"直系の男子のみ"という、これまた時代錯誤な家訓に縛られるコトなく、
一人娘として気軽に過ごしてたのに。
幼なじみの恋人と幸せな結婚をしたとたん……急に身辺があやしくなったんですって。



「疑いたくはないんですけど……」と、重たい口を開いて告げた彼女の予測通り、
犯人は美也子さんのお父さんの再婚相手……継母だった。
美也子さんより少しだけ年上の彼女は、美也子さんのおめでたと示し合わせたかのように妊娠。
直系男子への相続が目当てなのは明らかだった。



「階段に何か塗られてたのか、危うく転げ落ちそうになったり、
探し物をしに入った物置に閉じ込められて、寒風の中、一晩過ごしかけたり……」
内容こそ小学生の虐めレベルかもしれないケド、
大きなお腹をゆったりとさする美也子さんを見たら、何も言えなくなった。
「私はどうなっても構わないんです。でも……でも、この子に何かあったらと思うと……」
「安心して、美也子さん!!私たちがに任せてくれれば、もう大丈夫よ。……ねっ?リョウ?」
ドンと胸を叩いた私の横で、リョウが渋々と頷いた。
まぁ、ね。
いくら美也子さんがもっこり人妻でも、臨月間近の妊婦じゃ、
さすがにリョウの悪い虫も動きを潜めたみたいよ……?(苦笑)



仕事で長期出張というご主人の了解を得、
アパートに移ってきた美也子さんは安心したようで、伸び伸びと輝かしいばかりの笑顔をくれた。
「はじめて会った時は、青ざめてたもんね……。
あれじゃぁ胎教にも悪かったでしょ。リョウ……早く何とかしてあげて?」
「……わぁーってるよ」
リョウの視線の先が気になり辿っていけば、愛おしげに大きなお腹を撫でる美也子さんの姿。
それが変にいやらしいモノでもなく、何だかうらやましげな色を見せてて……はたと気付いたの。



物ごころつく前に、飛行機事故なんかに遭って両親を失ったリョウは、母親の愛情を知らない。
産まれてくる子に、母親がどれだけの愛情を注いでるか。
どれだけ望まれて産まれてくるのか、それすらも知らないんだ。
「……んだよ」
「……別に」
じっと見つめる視線にいぶかってにらんでくるケド、素知らぬふりして首を振った。
意地っ張りなリョウは、人に決して弱さを見せない。
でも、そんな強がる様がいじらしくて……切なかった。



そんなリョウの思いも手伝ったのか、事件はとんとん拍子に片付いて。
美也子さんはかわいらしい小さな女の子を産み、継母は念願叶って、見事、男の子を産んだの。
でも、そんな相続争いの醜さを知った当主たる美也子さんのお父さんは、長く続いた家訓を改め。
産まれた子は等しく相続の対象としたみたい。
最も、愛するご主人と産まれたばかりの赤ちゃんさえいれば……
という美也子さんは、必要以上の財産を放棄し。
産まれたばかりの"弟"の、後見に徹すると誓ったの。



「でも……よかったの?ホントに」
貧乏性がついて離れない身としては、せっかくの相続分を放棄するなんて……と、
どこか勿体ないという気持ちが拭えなくて。
つい愚痴をこぼし私に、美也子さんが「ふふっ」と笑った。
「……いいんです。継母(はは)は身を改めたケド、お金がもたらす怖さは十分知ってますから。それに……」
「………?」
「この子のためにも、自分に正直でいたいんです」
長い睫毛が特長の、黒い瞳を見開いて。
きっぱりと言い切った美也子さんはとてもきれいだった。



「でも……色々あったケド、無事に産まれて、よかったわね」
美也子さん似の、陰が出来る程の長い睫毛をした赤ちゃんが、母なる人に抱かれてすやすや眠る。
「えぇ……一時はどうなるかと思ったけど。これも冴羽さんと、香さんのおかげです」
「そんな……私たちは何にも。それを言うなら、熱心に祈願してた、この神社のおかげじゃない?」
赤ちゃんのお宮参りも兼ねて向かった郊外の神社に、彼女のたっての希望で、リョウと同行することに。
美也子さんのお家がずっと信頼してたそうで、安産に御利益があるんですって。



「そうですね……。私、"どうぞ無事に産まれますように"……って、絵馬に書いてきたんですよ」
ようやく長期出張から戻ったご主人と、晴れて家族3人になった喜びが、
美也子さんの笑顔をより一層輝かせていた。
穏やかに晴れた午後、宝物のように赤ちゃんを抱いた美也子さんと、お礼のお札を納めに神社に出向く。
「御利益あり……ってトコね。ふふふ……よく眠ってる」
まだ冷たい風に真っ赤にしたほっぺたをツンと突けば、まだうっすらとした眉をひそめて、軽くむずかる。
そんな赤ちゃんを愛おしげにおくるみに包み直す美也子さんは、眩しいくらいにきれいだった。



「そういえば……香さん?」
お参りを済ませ、今度はお礼の意を込めた絵馬を納め処にくくりつけた美也子さんが、
思い出したように微笑んだ。
「この神社、安産の神様では、それこそ御利益あるんですけど。
実は縁結びでも、なかなかの効果があるんですよ?」
「へえ~……そうなの」
「えぇ。何を隠そう、主人とのコトも、こっそりココにお願いしてたんです。
父があんなだったでしょ?だからどうなることかと色々悩んだけど……
無事に結婚出来たばかりか、こうしてこの子まで授かって。だから、御利益は確かですよ?」
「ふ、ふぅ~ん……」



その身が無事にふたつになるまではと冴羽家に居候してる間にも、
もともと勘のいい美也子さんは、リョウに対する私の気持ちも簡単に見抜いてて。
まるで不安げな生活の中での息抜きのように、
リョウのいないトコロで私をからかっては、ころころと楽しそうに笑ってたっけ。
「じゃぁ私たち、この子と一緒に、ちょっと境内をぐるりとまわって来ますね。
冴羽さんに、よろしくお伝え下さい」
神社なんて辛気臭いと駐車場に残ったリョウとは、すでに別れの挨拶を済ませてた。



「寒いから気をつけてね」
「えぇ。この子にも、この神社のおかげで無事に生まれたってコト、教えてあげたいんです」
「そう……じゃぁ、お幸せに」
「お世話になりました」
ご丁寧なご主人の礼に恐縮しながら、お別れの挨拶とばかりに、
赤ちゃんのぷよぷよした手に軽く指を絡ませ。
そのやわらかなぬくみを味わってくすりと笑いながら、駐車場へと足を向ければ。
その背に美也子さんの声がふりかかった。



「香さん……!!」
「………?」
「あの角を曲がった社務所で絵馬がいただけますからっ!!」
ぺこりとお辞儀するご主人のその横で、
おくるみに包まれた赤ちゃんのの腕に手を添えてバイバイと手を振ってよこす。
そのいたずらっ子のような瞳に、赤面する間もなく苦笑した。
「……かなわないなぁ、もうっ」



駐車場に戻れば、リョウはボンネットに缶コーヒーを乗せたまま、ゆっくりタバコを燻らせていた。
「……遅かったじゃん」
「う……うんっ!!ちょっとねっ」
「美也子さんたちは?」
「うん……3人で、少し境内をぐるっとまわるって」
「……ふぅ~ん?」
うわずる声をいぶかしんだリョウが物憂げな視線をよこしてきて、私の心臓がとくりと跳ねた。
「……ねぇ、何だかお腹空かない?せっかくだから、どこかでご飯、食べてこうよ」
「はぁ~?何をいきなり……正月だから、どこもそんな、開いてねぇぞ?」
「いいじゃない!どこかしら開いてるわよ。ほら……早く早くっ!!」



リョウの気をそらすべく、その場の空気を変えなきゃと、せっつくように冷えた肩をべしべしと叩けば。
「……しょぅのないヤツ」というため息とともに、くわえたタバコを揉み消して。
「う~……さびさび」と、ミニに乗り込んだリョウがアクセルを踏み込んで、ゆっくりとミニが走り出す。
しだいに周囲の木々に姿を隠され、神社も遠景となっていき。
最後に冬日を反射した朱の鳥居がきらりと光ったのを最後に、
今はもうすっかり、その姿は見えなくなってしまった。



お節介やきな美也子さんに、ドキドキさせられる日々だったけど。
何だかとっても、楽しかった。
苦労の末に幸せを掴んだ美也子さんの、御利益にあずかるワケじゃぁないケド。
こんな仕事してるんだから、神頼みなんて、いまさらだケド。
でも……ほんのちょっぴり。
小さな小さなお願いくらいしたって、バチは当たらないわよね……?



サイドミラーに視線を走らせれば、今はもう枯れ木立が続くばかりの山道で。
それでもその頼りなく、細く折れそうな枝々が、
何だかとても神々しく見えたのは……私の気のせい、だったのかな。
今はもう見えなくなった神社に託した、小さな小さな願いごと。
それが何なのかは……だぁれにもナイショなの///





END    2012.1.6