●spring day●



時折吹き抜ける、まるで嵐のように冷たく強い風もようやく鳴りを潜め、

穏やかな春の日差しが、柔らかに降り注ぐ日が続くようになった。
そして気がつけば、それまで頑ななまでに蕾を閉ざしていた桜が、
いつの間やら満開となっていた。




そんな穏やかな昼下がり。
取り込んだばかりの、山のような洗濯物の散らかるリビングのその真ん中に、
香がちょこんと座っていた。




「今までは強い風で乾いてたって感じだったけど、最近は春の日差しのおかげで、
洗濯物がふんわりと仕上がるようになったわね」

「んー………?そうかぁ?」
いそいそと洗濯物を畳む香の横で俺はソファに寝そべり、
いつものように芸術的な写真集の鑑賞をしていた。

「そうよぉ~。今までのは乾いたって言っても、どこかひんやりと、ゴワゴワしてたのよね。
それが…ホラ。こんなにふっかふか。気持ちいい~v」

そう言って顔をタオルに埋めて、幸せそうにうっとりと微笑んでいる。



ンなコトで幸せになれるなんて、単純なヤツ……と、くすりと笑めば、
それはどうやら、しっかりと香の耳に届いていたようで。

「あー……笑ったぁー。ふぅ~んだ、どうせ子供だって言いたいんでしょ」
「……わかってんじゃん、香ちゃん♪」
ミニハンマーくらい来るかと身構えたものの、「まぁ、いいけどね…」と、軽くため息をついて。
「そのかわり、ハンマーは見逃してあげるから…洗濯物畳むの、手伝ってよね」と言われた。
普段なら丁重にお断りするのだが、NOと言えば……わかってるでしょうねぇ?
という目でにらまれて、渋々とソファから下りた。



シャツにパンツにジーンズに……と、小分けにされた山(いわゆる俺自身の衣類)を畳んでいく。
……ったく……自分のパンツを畳むスイーパーなんて………
と、表面上はそんなふてくされモードを装いつつも。
香と二人、こうして向かい合って洗濯物を畳むなんざ、まるで夫婦みたいじゃねぇか…
と、妙なこそばゆさを感じて、思わず苦笑した。



与えられた山をあらかた片付けて、もう少し手伝ってやるか…と、
新しい小山に手を伸ばそうとしたその瞬間。

「……あっ!!それはいいのっっっ!!!」
…と、香が素早く、それらを自分の背後に隠した。
「いいじゃん、手伝ってやるよ」
ニヤリと含みのある笑みを向ければ、真っ赤になった香が
自分の身体全体で覆うように、それを隠し込む。

「こっ、これはいいのっっっ!!!ありがとっっっ/////」
……せっかくピンクや淡いブルーやらの可愛らしい下着を愛でようと思ったのに……ちぇっ。



「んー………よいしょ……っと」
軽く伸びをして、ゴロンと香の膝に頭を乗せる。
「ちょっ………リョウっ?!」
「んー……疲れたぁ~」
「疲れた……って、ちょっと!!」
「だってお前ってば、こぉ~んなによく晴れたいい日差しの真っ昼間に、仕事させるんだもん」
「仕事……って、ただ洗濯物畳んだだけじゃないっ!!それのドコが疲れたって……!!」
「んー………眠ぃ~………」



キャンキャンと騒いでいた香も、俺が言い返す気力・ゼロなのを見取って、
そのまま諦めたように口を閉じた。

そしてふぅというため息と、くすりと恥ずかしそうな笑みをこぼして。
香は俺の頭を膝の上に乗せながら、俺の顔に掛からないようにと注意しながら、
残りの洗濯物を畳み始める。




大きさも形も異なる、たくさんの洗濯物。
それらを手早く器用に畳んでいく香の指先を、薄く開いた目で膝の上から黙って見つめていた。
あらかたそれが終わりを告げようとした時、「あ……」という、
香の小さな声が洩れて、軽く身じろぎをして。

何事かと目を開ければ、ふいに吹き込んで来た強い風に運ばれて来た桜の花びらが、
畳み終えたばかりの洗濯物に降りかかっていた。

その淡いピンクのそれを、香は細く小さな指先で摘み取って。
幸せそうに微笑みながら匂いを嗅いだり、陽に透かしたりしていた。



「もうすっかり春だね。あっ!!ねぇリョウ?またみんなでお花見に行こうよ。
お弁当持ってみんなで食べるの」

「んぁ~…?面倒くせぇ。美樹ちゃんやかずえくんはともかく、
ミックやタコと一緒にメシを食うなんざ、御免だね」

「え~っ?だって去年は、すっごく楽しかったじゃなーい」
「……………」



確かに去年は、それなりに楽しいひと時ではあったのだが……。
あの後、香の膝枕でゴロ寝してたってコトが、ドコぞのボンクラ情報屋の口から広まって。
そしてしばらく、街でみんなに冷やかされっぱなし。
そんな散々な目に遭ったんだよな。
まったく……あんな目に遭うのは、もうこりごりだ。
こうしてアパートで寝転がってるほうが、どれだけ気楽かってーの。
それに……わざわざ花見なぞに出掛けて、人混みの中を彷徨うようなコトをしなくったって。
ココにはこんなにも、満開の花が咲いてるし………な。



柔らかな瞳で花びらを見つめ、自身の明るく茶色い髪にもいくつかの花びらをまとわせて。
まるで春の女神か何かのように、極上の笑みをたたえる香をそっと垣間見た。
春の穏やかな日差しに誘われるかのように、
俺の心も、何とは言えないやわらかなぬくもりに包まれる。

そして温かく柔らかな膝に頭を乗せて、再び目を瞑った。



「あー……またタヌキ寝入り?調子が悪くなると、すぐそうなんだからぁー……」
顔を見なくても、その呆れたような口調で、ぷぅと頬をふくらませているのがわかる。
そして俺の髪を弄ぶかのように梳く優しい指の動きに、
実はその言葉ほど怒っちゃいないことも、また。




そしてその声の調子から、可愛らしい柔らかな笑みを浮かべているであろう
その表情(かお)を想像して、思わず口元を緩めれば。

「あー……やっぱりじゃなぁーい!!」
と、軽く握った拳がコツンと落とされた。
その声音がくすくすと笑みを含んでいたので目を開ければ、思わぬ近さで、
きょんと大きく見開いた瞳がコチラを見つめていたのとぶつかった。




「……何、寝込み、襲ってんだよ」
「…だっ、誰が襲……っっっ!!」
俺のひとことに、ボンッ!!!……と頬を染める、柔らかな茶色の髪に指を潜らせて。
ニヤリと笑いながら、髪にまとわりついた、いくつかの花びらを取るふりをして。
そのままその小さな頭をかき寄せて……唇を合わせた。
「うるさいヤツらと騒いでの花見なんて、面倒くせぇ。この花を見るだけで、俺は十分」
珍しくも本音を吐いて、照れて苦笑する俺を見つめた香が、
「………ん……////」
と、はにかんだような……幸せそうな笑みをこぼした。




END     2006.4.12