●spring has come●



こぽこぽこぽ……。

清潔感漂う真っ白なシャツのウェイトレスが、淡い花柄のコーヒーカップにゆっくりとカフェオレを注いでく。
いつもならコーヒー、それもブラックで、が定番なのに、何だか今日はカフェオレな気分。
ようやくやわらかな陽射しが降り注ぐようになった、春にあわせて……と、いった感じかしら。
ふわりと立ち上る湯気までもが、コーヒーのそれよりもやさしく見えるような気がする。
ごゆっくり、と言葉に出さないまでも、おだやかな笑顔を残したウェイトレスが遠ざかると、
二人、視線をあわせて、くすぐったそうにくすりと笑った。



こうして一目を忍んでデートを重ねるのは、もう何度目になるだろう。
職場恋愛禁止、なんて、時代遅れな規範はないけれど、
一課の雰囲気が気まずくなってはと、何とはなしに内緒にしてきた、二人の関係。
警視庁の月とスッポンなんて噂も、知らずと耳には聞こえてきたし、
そのすごいネーミングに、二人、笑って聞き流してきた。
槇村とはパートナーとして長いこと組んできたし、
警察学校の同期生として、気軽に会話することが普通だったけど。
こうして仕事も何も関係なく、一人の男と女として逢うことを重ねるのは……何だかちょっぴり、照れ臭い。
それでも、警視総監の娘として色眼鏡で見るような輩ばかりに囲まれた中で、
ようやく、たった一人の人に巡り逢えた……。
その喜びのが、大きかったの。



テーブルに置いた指に、男性にしては整ったあなたの手が、そっと重なる。
お互いの非番が重なるなんてなかなかないコトだからと、ゆっくり一日を過ごした二人。
映画を見て、食事して……と、普通の恋人同士のように過ごす時間が、たまらなく愛おしい。
そしてデートの仕上げは、いつもの喫茶店でのコーヒーブレイク。
何も言わなくても、いつもの窓際の指定席に通される……。
普段、それらしく見えたことなどないだろうに、
ここでは当たり前のカップルのように案内されるのが、くすぐったかった。
なのにあなたは、妙にかしこまった雰囲気で……変な緊張感が、こちらまで伝わってきて。
そんな気配を察して、思わず私まで、肩に力が入ってしまったの。



くたびれたコートはいつもどおりだけど、その下は、普段のそれより、数段上のスーツ。
真っ白なワイシャツもパリッと糊がきいていて、ネクタイも妙にきっちり。
そんな改まったカッコされたら、もしかしてそうなのかしら……と、疑ってしまう。
もちろん、そろそろそんな話しも出るのかしら、と、らしくもなく夢見たコトはあったけど……
どうやらその予想は、当たりだったようで。
しゃちほこばった中の黒い瞳が、熱っぽく私を見つめる。
普段温厚な彼からは予想もつかないような、その焼き尽くすような視線に、私の鼓動がとくりと跳ねた。



重ねた指先が、目に見えぬほどの小ささで、か細かく震えて。
その振動が伝わって……胸がいっぱいになった。
「あ……っと、その……だ、な」
少しかすれた声を落ち着かせようと、唇を湿らせてコーヒーを口に含むあなたが、
コートのポケットにちらりと視線を投げた。
その視線を追って……もしかしたらと、その中身を想像して。
胸の鼓動が、その速度を増していく。
普段、そんな色めいたコトなど縁のないこの人が、いったいどんな顔して……と、
くすぐったさに胸が震えて、口元に笑みがこぼれた。



「槇村……」
「……ん……?」
言葉にならなくて、ゆっくりと首を横に振る。
もう、何も言わないで?
私だって、女ですもの……そんなに鈍くはないわ?
何も言わなくても……わかってるから。
私の答えは、もずっと前から、決まっているから。
だから……。



テーブルで重ねた指に、あなたがきゅっと力を込める。
その思いがけない力強さに、ふと視線を走らせれば……眼鏡の奥、不安げに揺れる瞳。
あぁ、言葉足らずで勘違いさせてしまったと、慌てて首を横に振り……笑顔でこくりと、頷けば。
緊張のあまり、見るからに硬く強張ってた槇村の肩から、ふぅと力が抜けていった。
「何だ……もう。駄目かと思ったよ」
「ふふ……ごめんなさい」



長く築き上げてきた二人の関係を思えば、NOという答えがくるはずがないコトくらい、わかってるハズなのに。
そんな自信満々でない態度が、母性本能をくすぐるというか……
こちらの気持ちを思いやる、優しさというか。
それが槇村らしい、この人の持ち合わせた人徳なのよね。
普段、自信満々で、嫌味なくらい尊大な態度をとる男ばかりを見てきたせいか、
槇村のそんなところが、私を惹きつけて止まないの。



「でも……いいのかい?」
「え……?」
「こんな冴えない俺で……。君にはもっと、俺なんかより相応しい男が……」
それでも放しはしないが……とばかりに、握った手に、ぎゅっと力がこめられた。
珍しく表に出して見せてくれた、独占欲。
愛されてる喜びに……愛した人に愛され、求められている喜びに、胸がいっぱいになる。
「あなたがいいの……あなたじゃなきゃ、ダメなの」
「……冴子……」
重ねた手を握り合い、言葉もなく……ただただ、微笑みあう二人。
暖かな春の日差しが、窓ガラス越し、二人を祝福するかのように、やわらかく降り注いでいた。




END    2013.4.15