●SQUALL●



急に真っ黒な雲が湧き出てきて、ナンパも早々にアパートへと帰る道すがら。
そろそろひと雨来そうだなと思ったとたん、大粒の雨が降ってきやがった。
都心にしては珍しく、スコールのような、滝のような雨。
文字通りバケツをひっくり返したようなその勢いに足を止め、近くの軒下に身を寄せた。
道行く人も突然の雨に驚き、各々手近な店や軒下へと駆け込む。
激しく打ち付けるような雨は水煙を生み、霧が立ち込めるかのように周囲の景色を変え。
日頃雑多でしかない新宿を、見知らぬ街へと一変させていた。
バシャバシャと打ちつける雨は空気までも湿ったものに変え、肌にじっとりとへばり付く。



真夏日続きの中の久々の雨に街路樹や植え込みが喜んでいるのか、
湿った土の匂いや緑の匂いを一層強く発している。

普段の騒々しい街とは違い、人も車も通らなくなったこのしばしの時間。
ふと目を閉じれば、心と体が記憶していた「過去」へとトリップする。
遠い昔…少年時代。
あの密林のジャングルで暮らした、傭兵であった日々へと…。



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俺たちゲリラが力を付けてきたことに恐れをなした国軍が、
近々総攻撃を仕掛けてくるという情報が入った。

それを察知したリーダーたるオヤジは国軍の裏をかき、
ヤツラが総攻撃を仕掛ける前夜に打って出る作戦を取った。

夜陰に紛れ、堅い防壁に覆われた国軍の中枢部に攻撃を仕掛ける。
しかし軍は、諸外国から隠密裏に入手していた最新式の銃器を手に、俺たちを迎え撃ってきた。
情報は…罠だったのだ。



国軍側に待ち伏せという形を取られた今、
俺たちに残された道は、アジトである小さな村へと逃げ帰るだけだった。

必死に逃げ帰るその背にも、ヤツラは最新式の銃器をまるで見せびらかすように乱射し、
仲間は次々とその餌食となっていった。

ぬかるみに足を取られつつ必死にジャングルを走り抜ける俺の背後で、
次々に倒れていく仲間たちの断末魔が響く。




ゲリラに身を投じる前の華麗なる女性遍歴を自慢げに話していた、色男のケイン。
銃の腕ではゲリラ一だった、無口なゲイル。
幼い俺に武術を教えてくれた、ゲリラでは最年長だったサミュエル。
さっき聞こえた断末魔は、臆病者のウィリーか…。
きのうまで一緒に酒を酌み交わし、冗談を言い合っていた仲間たちが次々と倒れていく。
いつしか周囲に人の気配は無く、むせ返るような血の臭いがするだけだった。



背後からはまだ多数の追っ手の気配がし、慌てて近くの茂みに身を隠す。

逃げる時に弾が掠った腕からは、思いのほか激しい出血量で、
息を整えていくうちに、腕がズクリズクリと脈打つのを感じる。

ジャングル特有の大きな葉と丈の高い茂みにしっかりと身を潜め、
次第に近づく軍の追っ手の気配に、荒い息を無理やり押し込めて気配を消した。




先ほどから激しく打ち付けるスコールが、周囲の土や草木の匂いをさらに増し。
亜熱帯特有の湿度の高い熱い空気が、肌にベタリとまとわりつく。
その激しい雨音が上手く俺の気配を消してくれたようで、
周囲を窺っていた軍の追っ手の足取りが遠ざかって行くのを感じた。

極度の緊張感と出血から来る熱のせいで、俺はそのまま意識を無くした…。



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激しい水音に紛れ、パシャパシャと軽い足音が近づいてくるのを感じて、伏せていた目をゆっくりと開ける。
「リョォ~っ!!」
声のする方を見れば、黒い大きな傘を差した香の姿。
激しい雨脚も何のそのと、一心に俺の許へと駆けて来る。
あぁ…この雨音とむせ返るような草木の匂いと、肌にまとわり付く熱く湿った空気とに、
一瞬昔を思い出していたのだったと、ようやく我に返った。

あの後俺は、生き残った者たちを捜しに来たオヤジたちの主力部隊によって助けられた。
あの時からオヤジは…俺の、本当の意味でのオヤジになった…。
懐かしき思い出と、今は海の藻屑となった男の姿を思い、ふっと胸が痛んだ。



「リョォ~!!よかったぁ~見つかって!!」
はぁはぁと荒い息を整えながら、俺の居る軒下に駆け込んで来た香の肩や足元はビショ濡れで。
その頬は赤く上気し、鼻の頭と額にはうっすらと汗をかいていた。
「ナンパしに行ったと思ったら、この雨でしょ?
傘も無くて大変だろうと思って、迎えに来てあげたの。ありがたく思いなさい?」

「迎えに…はイイけど、よ。お前、何で俺の傘差してんだ?何でそれ一本きりなんだ?」
「あ…えっと、ね…?」



怒らないでね?と前置きした話によれば。

俺を探している途中で、足の悪いバーさんに会ったのだという。
足の悪いひょこひょこ歩きのままに軒下に雨宿りしたものの、そこはすでに満員で。
端の方に申し訳なさそうに身を寄せたバーさんの着物は、雨で色が変わっていたのだとか。
肩で息をし、濡れた着物の肩を寒そうに震わせているバーさんがあまりに可哀想で、
自分の差していた傘を差しかけてやったらしい。

まったく…呆れるくらい、人の善いヤツだよな、お前ってのは…。



「お前…そんなに気軽に傘なんか貸していいのかよ。我が家の家計には、傘一本だって響くんじゃないのか?」
バーさんに香がしてやったことを褒めるどころか、ブツブツと文句にして返してしまう俺。
まったく…コチラは呆れるくらい、素直じゃねぇよな…。
「あ、その辺はね、大丈夫なの」
「…あ…ん?」
続けた話によれば、バーさんに傘を貸したのはCAT‘S EYEの近くだったそうで。
「あの店の常連ですから、返却はいつでも結構です」と答えたらしい。
まぁ~…気遣いも言い回しも、世渡り上手のお手本ってヤツだな。



「…で?傘は俺の、これ一本きりってワケか。これ一本で俺たち二人、どうやって帰んだ?」
傘一本にオトナ二人…。
そんなわかりきったコトを問いかければ、香の頬が瞬時に赤く染まる。
「え…っ?!えっとぉ…あのぉ…そのぉ…////」
ゴニョゴニョと言う香の髪をくしゃりと撫でて、その手から俺の大きな黒い傘をひょいと取り上げて。
「ホレ、行くぞ」と、その濡れた肩を抱き寄せれば。
「う、うん…////」と、恥ずかしそうにその身を任せてきた。



未だ激しく打ちつける雨。
草木の匂いも湿った空気も、あの頃と同じ。
だが今は、俺の横に香が居る。
いつも温かく優しい、俺の守るべきかけがえのない存在…。
その温もりを手に、暗い過去を断ち切るように軽く頭を振って。
その細い肩を強く抱きよせて。
都会のスコールの中へと、足を踏み出した。



後日…その相合傘をどこぞの情報屋が見ていたとかで、
ずいぶんとこっ恥ずかしい目にあったけどな…ふんっ////





END    2005.8.23