●春雷●



珍しくもナンパに大成功。

しかも半端でない美女ともなれば、恥ずかし気も無く浮かれまくり。
タイトなミニスカートから覗くスラリとした足元と、流行の華奢なミュールとの組み合わせが絶妙で。
もう、鼻の下がベローンと伸びきっていた。



手近なカフェで、ひとしきり話に花を咲かせて。
「さぁ、次はどこへ行こうか?」と言う俺に、「ん~…そうねぇ…」と、自然と腕を絡めてくる彼女。
よしよし、イイ調子。このままもっこりホテルへ、レッツゴーってなもんだ。
しかし、そう簡単に、普段の3枚目の仮面を見せるワケにはいかなくて。
まだまだ、もうちょい……とばかりに、モテ系の甘い2枚目のマスクを被り直す。
肩に掛かる艶やかな髪をそっと払って、その細い肩に手を掛けようとした時……
建ち並ぶ高層ビルの間に覗く小さな空に、雨雲が押し寄せて来て。

いま少し先からは、小さな雷鳴が聞えてきた。



俺の視線に気づいたのか、彼女もつられて顔を上げる。
「あら……雨になりそうね。どうする?雨宿りがてら、映画でも見る?」
雨の予感からか、少し重たげなストレートの髪をかき上げて、彼女が悠然と微笑んだ。
「……っと、悪い。俺、洗濯物を干して来たんだった」
「そう……じゃぁ、あなたの家で、DVDでもレンタルして……」
「……悪いけど俺の部屋、散らかってんだ」
「あら、そんなの構わないわ、私」



そうこう言ってる内にも、ポツリ……と、小さな雨粒が落ちて来て。
それはたちまちの内に、パシャパシャと音をたてて、本格的な雨となった。
それとともに、周囲の空気が、ムッとしたような湿った重さをはらんで。
まだ引こうとしない彼女のセリフに、絡めた腕に……苛立ちを感じた。



「いや。ちょいと見られないくらい散らかってるから……悪いけど、これで」
なおも口を開きかけた彼女の腕を振り払って、その肩を軽く押し退けて。
カフェの軒先に一人、彼女を置き去りにして。
ジャケットを頭から引っ被って、打ちつける雨の中へと飛び出した。
ジーンズの裾に、泥水の跳ねが上がる。
靴の中にも雨が滲み込んで来て、濡れた靴下がベタリと張り付く感じが気色悪い。
それでも、この雨の中。
……こんなにも息せき切って、走りまくって……何やってんだろ、俺……
そう苦笑しながらも、アパートへとその足を速めた。



ビショ濡れの濡れ鼠とも言えるような格好で、アパートに辿り着いて。
休む間も無く、階段を駆け上がる。
玄関の扉を開ける前に、ポケットから取り出したクシャクシャのハンカチで、髪と肩とを軽く拭った。
そして乱れた息を整え、何気ない素振りで扉を開ける。
「ただいま~」
と、何気ない調子で声を掛けつつ、濡れて纏わりつく靴下ごと靴を脱ぎ捨てて。
その気配を探して、リビングの扉を開けた。
そこには案の定という感じで、香がソファに突っ伏して。
頭をクッションで覆って、ガタガタと震えていた。



「おい……何やってんだよ」
軽口を叩きながら、ひょいとクッションを取り上げれば。
「………リョウ!!」
と、今にも泣きそうな顔。
そしてその傍らには、軽く水滴のついた文化包丁が転がっていた。
「な、何だよ。その包丁はっっっ!!!」
「だ、だって……夕食のハンバーグを作ろうとしてタマネギを切ってたら、急に雷が……きゃっ!!」
ドドォォォ……ン……と、それまでの柔らかな春雷とは違った、重く激しい雷鳴が鳴り響いて。
それに驚いた香が、真っ青な顔で俺にしがみついてきた。



「……あの大きさだと、近くに落ちたかな」
そんな俺のセリフさえも、両手で耳を覆った香には聞えやしない。
それじゃぁ雷鳴だって聞えないだろうに、ガタガタと震える香は、なおも俺にしがみつく。
その度に、二人の密着度が増した。



内心、おい……と文句を言うものの、余程怖いのか、香は俺から離れようとはしなくて。
一際大きなそれが鳴り響いた時……その振動に驚き怯えた香と俺は、いつしか抱き合うようなカタチにたっていた。
いつもなら恥ずかしがって、こんなコト、間違ってもしてきやしないのに。
どうせなら悲鳴抜きで、もっと可愛らしく抱きついて貰いたいもんだ……と苦笑する。



「……かっ、雷のせいだからねっ?!それ以外、何の意味も無いんだからねっ?!/////」
俺に抱きつくようなカタチでしがみついている己の現状に気づいた香が、必死になって取り繕いのセリフを吐くが。
その顔は青白く、身体はまだ小さく震えていた。



真っ赤になりながらも、懸命に言い訳をして。
それでもまだしがみついてくる香に苦笑しつつ、「へーへー……」とだけ返す。
ココまで人のこと煽っといて、この強気の発言とは。
黙って震えてりゃ可愛いのに……。
でもまぁ、こうして噛みつかんばかりに歯向かってくるところが、香らしいかな…などと思う。




だが、なぁ……。
普通の男なら、このままお前を押し倒してるところだぞ?
それをココまで我慢してやってる、俺の身にもなって欲しいもんだ。
このままこの状態じゃ、利に合わんだろ。
だからそのぉ……なんだ。何か見返りってモンを、だなぁ……。



そんなモヤモヤした男の心の内を、そっと隠して。
「んじゃぁ礼は、お前の分のハンバーグってコトで、手を打っといてやるよ」
…と、いつもと変わらぬ憎まれ口を叩いて、そっとため息をこぼして。
柔らかなクセのある髪に、そっと指を這わせて、その頭を胸に押し当てて。
まだ怯え震える細い体を、そっと懐に抱き込んだ。




END    2006.4.29