●宝物と拗ねる男●



「ん~どうしよっかなぁ…」
と、開け放たれた香の部屋から聞こえる声。
気になってひょいと覗けば、そこはまさしく、足の踏み場も無いほどの荷物の山。
そしてその山の間に部屋の主たる香がちょこんと座り、うーん…と頭を抱えていた。




「おまぁ…コレ、何の騒ぎだ?」
「あ、リョウ。いやーちょっと…ね。
春物を出すついでにもう着なくなったのを処分しようとしたら、

ついつい他のモノまで引っ張り出しちゃって。それで…こんな、なの」
「こんな、なの…って、コレはちょっとヒドくねぇか?」



見渡せば、衣類に本に小物類に…と、よくもまぁこれだけのものが
あったもんだ…と思うほどの荷物だった。

リョウは床に落ちていたミニスカートをひょいと手にして、広げて見る。
「着なくなった…っつーか、着られなくなったの間違いじゃない?」
「うるさい!!邪魔しないでよっ!!」
意地悪を言うその口に、スコーンとミニハンマーが入り込む。
リョウはフガフガと言いながら、やっとの思いで口からハンマーを取り出した。
「~~~っっっ!!!お前なぁ、こんなん口に突っ込まれたら歯が折れちまうじゃないか!!」
「…じゃぁ、入れ歯にでもしたらいいんじゃない?
アンタも万年ハタチだなんてバカ言ってんの、いいかげんやめた方がいいわよ?」

ギャンギャンとわめくリョウを無視して、香は黙々と片づけを続ける。




自分に構ってくれないその態度に軽い苛立ちを覚え、
リョウは床に転がる荷物を踏みつけないように注意深く部屋に入り、
ベッドに腰を下ろして香を観察した。

「…お前さ、こんなに散らかしちまって大丈夫なのか?
今日中に片付けられんのか?」

「大丈夫、思い切りはイイだから。
取って置くのと処分するのを決めちゃえば、あとはアッという間だもん」

「…あっという間、ね…」
やれやれ、そこに行き着くまでが長いんじゃないのか?
と、リョウはため息をついた。




ふと足元を見れば、本や小物類にまぎれ、文庫本くらいの平たい缶がひとつ。
手に取ってみると、それはクッキーの缶のようだった。
「…何だよ、お前。部屋ん中にまで菓子持ち込んで食ってんのか?だから太るんだっつーの」
「お菓子ぃ?そんなモノ持ってない…あ、それ?!やだっ、勝手に見ないでよっ!!」
香の声を無視してカポンと蓋を開けると、
そこには何やら、様々なものがギッシリと詰め込まれていて…。




「…何だ、コレ…?」

「見るなって言ってるのにぃ~っっっ!!!」
取り上げようとする手をひょいとかわし、
ベッドの上にかろうじて開いたスペースにその中身をぶちまける。

黄ばんだ紙切れにくすんだ金属類、マッチ箱なども含まれていて、見れば見るほど謎めいてくる。



「…で、何、コレ?」
からかうのも忘れたリョウの顔には、たくさんのクエスチョンマークが浮かんでいた。
相手の顔からからかいが消えたことにようやく降参した香が、
少しの照れくささを含みながら渋々と語りだした。

「私の宝物…よ」



「宝物ぉ?」
そう、と言いながらのそのそとベッドに近づき、白く細い指先で小物類をより分けていく。
「えっと。これは修学旅行で、仲良しの子たちとお揃いで買ったキーホルダーでしょ?
これは絵梨子と、大人抜きで初めて見に行った映画の半券。
こっちは近所に住んでた仲のいいお姉さんが引っ越してく時にお餞別にくれた、きれいな石。
で、これは、子供の頃アニキが夜店で買ってくれたヘアピン」

きれいな包装紙だの、そのとき流行ったグッズだのと説明する中に、一枚の古びた写真を見つけた。



「…これは…?」
「う、うわっ!!そ、それは~っ!!」
「ん~?何だ、お前?スカート穿いてんじゃん」
リョウの手からバッと写真を奪おうとするものの、
手馴れたリョウはひょいひょいとかわし、しっかりと写真をチェックする。

それはどこかの教室らしく、色あせてはいるものの、
淡い色合いのワンピースを着た少女の香が、恥ずかしそうに微笑んでいた。




「そ、それは高校の文化祭の時の写真よ。あの頃から絵梨子、デザインに凝っててね。

クラスの出し物で、ファッションショーやろう、なんて言って。
結局ほとんど、絵梨子のデザインしたのだったんだけど。

でも、大盛況だったの。…で、親友の私も無理やりモデルの一人にさせられて…。
それが、そのときの写真よ。
ねぇ、もういいでしょぉ?恥ずかしいから返してっ!!」




しげしげと見ていたリョウの手からやっとのことで写真を取り返した香は、
恥ずかしそうに手近にあった文庫本の間に挟んだ。

「えぇ、えぇ。どうせガラじゃないですよーだ。
似合ってないのはわかってたんだけど、絵梨子がどうしても…って言うから…。

あ~思い出しただけで恥ずかしい~っっっ!!!」
すんなりと伸びた手足に、シンプルなカットのワンピースは良く映えていた。
日頃ボーイッシュであったろう香に隠された少女らしい魅力を、実によく引き出したデザインだった。
さすがは絵梨子さん、だてに香を見てないな…と、リョウは苦笑する。
もっとも「似合っいる」などと素直に言えるはずもなくて、話を別方向に向けた。




「絵梨子さんのデザイン好きは、その頃からってコトか…。
すげーよな。夢、叶えちまうんだもんな」

「…まぁ、好きこそものの上手なれ…って言うしね。
絵梨子のパワーは、並大抵のもんじゃないし?

そのおかげで親友という名のもとに、私が何度、無理なお願いをされたことか…」
「…だろうな」
互いに目を合わせ、くすりと笑う。




「ん…っと。じゃぁ、コレは?」
他にも色々ある中に、可愛らしい小花柄の小さな巾着袋が目に付いた。
「え?どれどれ…?あ、やぁ~だ、こんなのまだ残ってたんだぁ…?」
照れ笑いする香に反応し、興味津々のリョウがその無骨な指で袋を開ける。
そっと開けた袋の中から出てきたのは、少しくすんだ金色の輝きを放つ、小さなボタン…。
「コレ…ね。高校の時、憧れてた先輩の卒業式にもらったの」
「…いわゆる、第二ボタンってヤツ…?」
心に湧き上がった小さな苛立ちを隠し、リョウはさりげなく聞いてみる。



素直でない自分たち…それでも、互いの気持ちはわかりあっているつもりだった。
確固たる自信はないけれど、香の心は自分のものだと思っていた。
それなのに今、こんなちっぽけなボタンひとつにさえ、どうしようもなく苛立つ自分がいる…。
…惚れちまってるんだな…と、苦笑せずにはいられないリョウだった。




「第二ボタン?ううん、違うわよ。コレ、第一ボタン」
「…第一ボタン?」
いぶかしむリョウに香はコクリと頷く。
「剣道部の先輩でね、しっかり者のリーダー的存在で。都大会にもエントリーされるくらいカッコよかったの。
防具をつけた姿がスッとしてて、まるで武士みたいで、他校の女の子たちまで見学に来るほどだったのよ?」
まるでその先輩が目の前にいるかのように頬を染める香に、リョウの苛立ちは徐々に深まる。



「…で、香ちゃんも憧れてた…ってワケか」
「まぁ…ね。でもホント、ただの憧れよ。先輩にはちゃんと彼女がいたし。
だから第二ボタンは彼女のモノ。
私のことは、口うるさい妹くらいにしか思ってなかったんじゃないかなぁ…」
楽しそうに懐かしそうに、日を受けて金色の名残を輝かせるボタンを突く香。
しかし、ふと無口になったリョウをいぶかしんで顔を上げると、
そこには眉間にしわを寄せる男の顔があった。




「…リョ、ウ…?」
自分の知らない香の過去に、醜く嫉妬する己を持て余すリョウ。
香の言葉も耳に入らないかのように、ベッドから腰を浮かす。
「ま、早いトコ片付けろよ」
そう言って、部屋を出て行ってしまった。



「……」
人のことを楽しげにからかっていた男がふいに無口になり、
眉間にしわを寄せて宙(ちゅう)をじっとにらんでいた顔を思い出す。

「あちゃぁー…拗ねちゃったみたい、ね」
本人は気づいてないだろうが、その得意のポーカーフェイスの向こうに
見え隠れする男の本心が、時々不意に姿を現す。

そして今さっきのあの顔も、まさしくその瞬間で…。
「まったく…言葉にはしてくれないくせに、ヤキモチだけは人一倍なんだから…。
少しは素直になってほしいってもんだわ?」

と、自分のことは棚に上げ、文句を言ってみる。




「…しかたない、ひねくれ坊主のご機嫌を取ってあげましょうか♪」
散らかる荷物を小脇に寄せ、よいしょと腰を上げて部屋を出る。
ゆっくりと、思わせぶりに足を進め、ソファで拗ねているであろう男に聞こえるように大きな声で呼びかけた。
「ねぇ、リョウ。コーヒー淹れるけど、一緒に飲もう…?」





END   2005.4.5