●七夕●



買い物を終えたデパートの一角で、「よろしかったらどうぞ」と言って渡された、一枚の短冊。
そうか、もうすぐ七夕……と思いながら、季節のうつろいを感じる間もなく、
日々、バカな男の暴走を食い止めながらの赤貧生活に、改めて情けなさを感じたり。
現実からは逃げようがないケド、せめて願うコトくらいは自由よね、と。
日々頑張り過ぎる自分を励ますように、トレイに置かれたペンへと手を伸ばした。



依頼来いだの、仕事しろだの。
もっこり厳禁だのと、現実を見れば書きたい願いは多々あれど。
どうもあまりにリアリティ、ありすぎじゃない……?
さすがにちょっと気恥ずかしいかと、真横に揺れる笹の葉と短冊たちとにちらと視線を走らせる。
「字がうまくなりますように」だの、「逆あがり出来ますように」だの、たどたどしい文字が揺れるかわいい願いは、多分きっと小学生。
「ダイエットに成功しますように」、「宇宙旅行したい」、「宝くじ当たれ」だの、欲望満載の願いごとは、まぁ、わからなくもないわね。
はては、「恋人欲しいっ!!」なんて、現実味いっぱい。
その気迫あふれる文字からは、計り知れない強い念すら感じちゃう。
それでも、私が書こうとしてたそれよりは、少なくても夢があるわよね……?(苦笑)



どうしたものかと頭を悩ませ、気付けばペンを握りしめながら百面相。
周囲からただならぬ視線を送られているコトに気がついて、恥ずかしいやら情けないやら。
それでも、何を願おうがどうしようが。
結局のトコロ、どんな願いをしようが、リョウが元気なら、それが一番。
それでなくちゃ始まらないわ、と。
そんな結果に落ち着いて。
うん、そうね、と、胸に思い付いた文字を、さらさらと書き綴った。



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「デパートで、香ちゃんが七夕の短冊を書いてたよ」
そんな一報を聞かされたのは、中央公園で食後の惰眠を貪ってた、靴磨きの轍っつぁんからだった。
相変わらず情報が早いなと苦笑しつつ、自分の行動の一切が筒抜けってのを、香はどう思ってるのかなと考えたり。
まぁそれがヤツらの仕事だし、こちらは情報を買う側だし。
情報を早く伝達するためにも、こちらの居場所を確認しとくってのも、仕事の内か。
それにあいつは、自分で自覚こそしていないが、ヤツらのアイドル的存在。
多少ムカつきを覚えないでもないが、注目されるのは仕方ないってトコだろう。



そんなコトを考えながら、梅雨の蒸し暑さを忘れるようなエアコンの快適さを楽しみつつ、デパート内をぐるりと回る。
インフォメーションの女の子たちをからかいながら、上階の吹き抜けの中庭へ。
天井がガラス張りになったそこには、金に任せたデパートらしい大きさの笹が、ゆるりとその身をしならせていた。
今時分、都会じゃぁ、なかなかお目に掛かれないシロモノだ。



「香ちゃん……何だか熱心に短冊に書いてたんで、気になったんだけどサ。
リョウちゃんへのグチとか、リョウちゃん好き~とか。ンなコトが書かれてるのを、こちとら期待してたワケよ」
……てのは、轍っつぁんの言葉。
"あの"香が、ンな公共の場で世間の目にさらされるトコに、ンなモン書くかよと思いつつ。
あいつが何ごとにつけても俺を第一に考えてるのは、自惚れってヤツを差し引いても的を得てるのは、百も承知で。
だからいったい何を書いたんだか気になって、轍のご注進も早々に出向いて来たってぇのが、正直なトコロだ。



用意されていたカウンターには、子供連れや若いカップルにあふれてて。
ペンを握り、にこにこと笑みを浮かべながら、楽しそうに各々の短冊に願いをしたためている。
その横に悠然と構えていた笹をしばし見上げ、轍っつぁんの言ってた"そいつ"を探す。
涼しげな藤色の短冊で、軽く手を伸ばしたトコらへんに結び付けてたよ、とのコト。
藤色、藤色……っと。
一般的な基準より、少しばかり背の高い香。
あいつが軽く手を伸ばしたってんなら、このくらいか……と、目星をつけながらゆっくりと周囲を回って行けば。
視界に揺らぐ、一枚の短冊が目について。
視線を走らせたそれに、見知った文字が並んでいるのに思わずそっと口元を緩めた。



館内の空調にゆらりと揺れるそれを手に取って、さて、あいつは何を書きやがったんだと、並んだ文字に目を走らせて……。
「……はぁ~っ?!」
情けないコトに、周囲の視線もかえりみず、思わず声をあげちまった。
そこに記されてたのは、たったの四文字。
書いた本人よろしく、元気よく跳びはねるようなその文字で書かれてたのは……。
こともあろうに、《世界平和》の四文字だった。



「……………」
香に限って、間違っても色めいた願いごとなど書きゃしないだろうが。
まさか世界平和とは…まったくもって、予想外。
まったくあいつは、何考えてんだ?
長年つきあってきたとはいえ、思わぬ意ひょうをついてくるのが、我がパートナー殿。
はてさて、こいつぁ何の謎解きだ……と、四苦八苦考えあぐねた末に出た結論に。
「……わかりにくいヤツ」と、思わず苦い笑みをこぼした。



常に危険と隣り合わせの、この仕事。かすり傷なんざ、日常茶飯事。
ナイフを避け切れずのざっくりパックリなんてのも、まぁそんなに珍しいモノではなくて。
命あっての物種とはよく言ったモノだと思うケド、香としちゃぁ、さすがに生きた心地がしないだろう。
だからこその、《世界平和》。
何の事件も無ければ、仕事柄、こちとらおまんま食い上げは確実だが。
それでも世界が平和なら……。
それならとりあえず、俺の身に危険が迫るコトはないワケで。
文字にすりゃぁ、やけに尊大で意味ある言葉なんだろうが。
あいつにしてみりゃ、ンなコト、これっぽっちも気付いちゃなく。
すべては俺の身を案じて書いたモノなんだろう。



「………ったく。他人が見たら、どんだけバカでかい願いをしてるんだと、笑われちまうだろーが」
そんな一直線なヤツだからこそ放っておけないと、そっと苦笑すれば。
それにあわせたかのように、空調に揺られた笹の葉がさわさわと涼しげな音をたて。
その心地よさげな音を耳にしながら、そっとデパートを後にした。



「……んじゃぁとりあえずは、あいつの願い通りにしてやろうかね」
何ら事件も無く平和であれば、その身は安全。
そう願う彼女の意志に反しちゃぁ悪いだろと、これ幸いとばかりに、意地悪な笑みを浮かべつつ。
辿り着いた東口伝言板前で、チョークを置いたばかりのヤローの背中を、黙って静かに見送って。
XYZと書かれたその文字を、軽く握った拳でくいと拭った。





END   2010.7.1