●七夕によせて。●




冴子さんからの請けたひょんな依頼から、リョウは単身、海沿いのリゾートホテルへと出掛けて行った。

ストーカーとも言える過激なFANに狙われるアイドルのガードだなんて、
昔、似たような依頼があったような、なかったような。
そんな"彼女"の一週間連続のサマーコンサートも、明日はいよいよ最終日。
FANが一番、対象の間近に来られる機会なだけに、事務所側もやきもきしてたらしいケド。
特に表立ったニュースにもならなかったトコロをみると、それもどうやら、杞憂に終わったみたい。
まぁもっとも、誰にも気付かれないように、影でリョウが手を回してたんだろうケドね。



一人で大丈夫だというリョウに従って、今回、私はお留守番。
水着ギャル渦巻く海辺のコンサート会場に、
リョウ一人をやるのは、さすがに嫌な予感がしないでもなかったけど。
さすがにその行動のいちいちを気にするほど、リョウを信頼してないワケでもないので、
今回は東京に残り、後方支援に徹するコトにしたの。
でも結局、リョウのおかげで、何もしない内に片付きそうだけどね。



季節は早くも夏の気配真っ盛りで、急に真夏みたいに暑くなってきたのを幸いに、
本格的な更衣などをして日々を過ごした。
知らず、やっかみを受けるリョウの衣類は、小さな綻びがいくつもあって。
それでも元気に傍にいてくれる喜びを、ありがたく感じたり。
そして一人きりだとどうしても手軽に、有り合わせになりがちな夕食を済ませて、
食後のコーヒーを飲みながら、夏めいた夜風を浴びながらベランダに出た。



「明日は七夕、かぁ……」
きらびやかな街のネオンにかきけされながらも、
小さく瞬くいくつかの星々が、明日も快晴になるだろうと告げている。
節約家計に相応しい、小さな笹飾りをしてたのに……一人ぽっち。
明日の最終日早々には帰らないであろうリョウを思い、一人ぽっちの七夕に小さく胸が痛んだ。
一人きりのさみしさを埋めるように、短冊やらお飾りやらを作って過ごした一週間。
そのおかげで、小さいながらもきれいに出来た七夕飾り。
夜風にふわりと揺れる色紙が、きれいな銀色の光を放った。
「せっかく飾ったのにな……」
知らずもれた言葉に、一抹の気恥ずかしさを感じた矢先、
思いがけず、テーブルの上の携帯電話が賑やかなメロディを奏で出す。



「……えっ?リョウっ?」
早く出ろとばかりに鳴り響く着信音に急かされてカップを置き、通話ボタンを押せば。
「……よぅ。元気にしてたか」
と、聞き慣れた低い声が耳をくすぐる。
リョウからの電話……それも、この一週間、
一日一回の簡単な定期連絡すら欠かすコトもあった、フトドキなヤツ。
仕事の邪魔しちゃいけないと、こちらからは連絡を控えてたくらいだから、
今度電話があったら、文句のひとつでも言ってやろうと思ったのに……。
それなのに、息をのんで、次へと続く言葉を待つ自分がいた。



「おーい。聞こえてっか?」
「……きっ、聞こえてるわよっ!!」
うれしくて、返す言葉がみつからなくて……なんてコト、気付かれたくなくて。
情けないくらいぶっきらぼうな、可愛いげのない返事に、我ながら呆れてしまう。
「……なんだ。返事がないから、香ちゃんは耳が遠くなったのかと思ったぜ。んで?元気にしてっか」
「そっちこそ。"俺一人で片付く簡単な仕事だ~"なんて言っといて、いつまでかかってんの?」
「ふふん……まぁ、いろいろと、ね。もっこり美女たちが、離してくれなくてぇ~♪」
「……浮気したら、承知しないんだからっ」



思わず、口を突いた言葉。
しばらく会えなかったさみしさも手伝って、ついもらした本音に、自分自身がびっくりするけれど。
それが私の、嘘偽りない本心なのだと確認して、否定もせずに、そのまま恥ずかしながら黙り込む。
……と、受話器の向こう、小さく息をのむ音。
きっと今頃、鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔してるのかしら。
私の珍しく素直な気持ちに、少しはリョウも反応してくれた……?
「……おや。珍しく素直に妬いてくれてるんだ」
「……ばかっ///」



いつもどおりの飄々とした受け応えに、とたん、浮足だった思いがしゅるしゅるとしぼんでく。
なんだ、結局私一人の空回り……と、ため息をこぼせば。
「……そーゆー、お前こそ」
「……へっ?」
しばしの沈黙のあと、こほんと小さな咳ばらいをして、珍しくシリアスな声が耳をくすぐる。
「お前こそ……俺の留守をいいコトに、へらへら笑うミックなんかを近づかせてんじゃねぇだろうな」
「……妬いてるの?」
「……ふんっ」



意地っ張りなのは、お互いさま。
それは重々承知の上でパートナーとなったのに、
気持ちを素直に打ち明けられないトコロは、未だ変わらず。
ホント、どうしようもないわね。
とはいえ、傍から見たら素っ気ないまでのそのやり取りの中に、
他人には見えない、リョウと私だけの絆が見える。



「……ねぇ」
「……ん?」
「こっちは晴れてるケド……そっちのお天気はどう?」
「……あぁ、嫌ンなるくらいの上天気だ」
「ふーん……」
この分だと、明日のお天気の心配もなく、いい七夕日和になりそう。
でも……そこにリョウは、いないのよね……。
そんな私の口ごもった気配を察したのか、受話器の向こうから思いがけない返事が返ってきた。
「明日、夕方には、そっちに帰るよ」
「……えっ?」
「明日は七夕だろ?帰ってからひとっ風呂浴びて、一眠りして。
ビール飲みながら、屋上で天の川見よーぜ」
「リョウ……っ」



何も言わなくても、わかりあえる。
常に隣に居るぬくもりの無さも、言いようのないさみしさも。
言葉にしなくても、私がどんな思いでいたのかさえも。
そんなすべてお見通しのリョウに、悔しさ半分……うれしさも半分。
まったく、リョウには敵わないな……。



「明日帰ってくるなんて思ってなかったから、ご飯……ありあわせしか、出来ないわよ?」
冷蔵庫の中身を思い浮かべ、夕食までに何が出来るかしら。
何を買い足さなきゃいけないかしら、と、素早く思いを巡らせれば。
「ふ……ん。とりあえず、ビールさえありゃいいさ」
と、にやりと笑みを含んだ返事が返る。
言葉とは反対に、リョウを迎える支度に浮足立つ私のコトなど
すべてお見通しとばかりの口調に、知らず、笑みをこぼした。



「じゃぁ、明日……な」
「うん、明日……ね」
ぷつんと途切れた会話がさみしくて、物言わぬ携帯電話をぎゅっと抱きしめる。
見上げる空には、ネオンに負けじと、ひっそり輝く七夕のふたつ星。
天の川を挟み、離ればなれになっていた織り姫と彦星が、出会える明日。
あいつのコトだから、大丈夫とは思うケド……信じては、いるけれど。
どうか何事もなく、無事なリョウを迎えられますように……と、天空の恋人たちに願いを込めた。





END    2012.7.8