●七夕の恋人たち●




「かぁーおりちゃん?」
「…………」
「なぁ、聞こえてんだろ?」
「……………」
「おい……いい加減にしろよ。しまいには怒るぞ?」
自分のせいで機嫌を損ね、すねられてるクセに高飛車な物言い。
我ながらどうかと思うが、これ以上不機嫌度MAXを長引かせると、正直、こちらの胃にきちまうからしかたない。
「あぁーあ。このお天気じゃ、織り姫と彦星も会えないわね。せっかくの年に一度のデートなのに」
ちらとこちらに視線を向けたはいいが、そのままに。
ベランダの手摺りに頬杖をついた香が、しみじみと呟きながら空を仰いだ。



今日は七夕。
しかしあいにくと日中から小雨まじりのお天気で、夕方になってもどんよりとした厚い雲に覆われて、かんじんの星ひとつ見えやしない。
街中のショッピングセンターでは、こぞって入口に大きな笹を飾り、来店客に短冊を書いてもらおうと競い合っていて。
ご多分にもれず、イベント好きの香もすすめられるままに短冊を手に取り、
“リョウのもっこりが治りますように”……とかなんとか書きやがったから。
「織り姫だの彦星だのという年齢でもないくせに」、などという、死んでも言っちゃぁいけないセリフを、
思わず口が滑るままに吐いちまったものだから……。
つむじを曲げた香の差し出した夕食は、塩むすびがひとつと枝豆ふたつ。
いくら売り言葉に買い言葉と言ったって、嫌がらせにも程があるってモンだろう?



「なぁ……いつまでつむじ曲げてんだよ。すまんっ!!俺が悪かったっ」
ぱしんと両手を合わせて伏し拝む俺に、さすがに気持ちが引っ張られたのか、
今までさんざん無視していたトコロ、ようやくジト目で視線を寄越してくれた。
「だって……せっかくの七夕なのに、リョウってばさ」
暑苦しげにしていた少し伸びた髪の端を、場が持たないとばかりに指先でくるくるともてあそぶ。
その仕草すら、そのふくれっつらすらかわいく見えるんだから、こちとらもう、苦笑するしかないだろう。
「あー……また笑って……っ」
瞬時、眉間にシワを寄せる香に、違う違うと、慌てて両手をブンブンと横に振る。
せっかく機嫌よくなったのに、こんなささいなコトでまた拗ねられたら、たまったもんじゃない。



「俺が言いたかったのは織り姫と彦星をうらやむようじゃ、香ちゃんもまだまだお子ちゃまだね~ってコト」
「……何よ。昼間は人のコト、オバサン呼ばわりしたくせに」
危ない、危ない。
危うく元のループにはまっちまうトコだった。
このまま振り出しに戻ったら、せっかくの努力が水の泡だ。
「だってさ、短いとはいえ、一年も離れ離れなんだぜ?
俺としちゃぁ遠くの手の届かない女より、近くの毎日ケンカ出来るヤツのがイイけどな」
「……なに、それ」
「近くにいりゃぁ、こうして目を見て話せるし、触れられるだろ?」
そう言って、まぁるくふくれてた頬に指を馳せれば、ぷくりとした頬は落ち着いて。
代わりに際だってきた魅惑的な朱い唇に、そのまま指を走らせた。



「男なら、本気で惚れた女と、一時だって離れてられるモンかって」
熱を移すように茶色の瞳を見つめれば、誘うように指を走らせた唇が、くすりと笑みをひとつこぼした。
「ねぇ……本気で惚れた女って、だぁれ?」
先程の不機嫌はドコへやらと、くるくるとした瞳が、楽しそうに俺を見返す。
「……ばぁ~か。それくらい察しろ」
くすくすと笑うその鼻先をくいと摘めば、俺の好きな、ふわりとした花のような顔で笑った。
「……そんな都合のいいコト言ったって、簡単に許してあげたりしないんだからね」
そう言って、いたずらっ子のような瞳がきらりと光ったかと思えば、
唇に乗せていた武骨な指を、笑みを浮かべた口元から覗く白い歯がかわいらしく甘噛みした。







END    2016.7.5