●隣の芝生●




「……くしゅんっ」

ランチタイムも終わり、ティータイムまでは今少し間がある昼下がり。
いつもの行きつけの喫茶店には美樹さんの他、私だけで。
たいして大きくもないくしゃみがやけに響いて、恥ずかしくって頬を染めた。
「あら……香さん、風邪?」
「ん~……。そんなたいしたコト、ないんだけどね。ここんトコ、寒さが続いてるじゃない?」
「あぁ、確かにねー」



冬とはいえ、例年にない寒波が次々と押し寄せて。
雨の一粒もなく、もうひとつき余り。
いい加減、おしめりのひとつくらい欲しいモンだわと思うケド、
すべてを被い尽くすような豪雪に見舞われた地方を考えたら、泣き言を言える立場じゃない。
それでも、伝言板を見に行った駅とか買い物先のスーパーとかは、汗ばむくらいにエアコンがガンガンで。
その寒暖のギャップに、体調崩すなと言う方が無理な話し。困ったモンだわ。



「駅ビルとかスーパーとか、あたため過ぎて乾燥するのも困るわよね」
「そうそう。それでちょっと喉、痛めちゃって、い辛っぽいんだぁ」
ざわつく喉をえへんと調えてる間に、美樹さんが甘い湯気を昇らせるカップを置いてくれた。
「なぁに?これ」
「ハチミツ入りの柚子茶よ。喉の風邪にはもってこいなの」
「へぇ~……」
甘い湯気を味わいながら口に含めば、柚子独特の柑橘系の爽やかさと、ハチミツのこっくりとした甘さが鼻を抜けていった。
「……おいしい」
「……でしょ?疲れた時とか、ファルコンがよくいれてくれたから、いつの間にか覚えちゃったのよね」
「へぇ~海坊主さんが……」
ふふふと笑う美樹さんはいかにも幸せそうで、見ているこちらがうらやましいほど。



「海坊主さんが、こんな甘いモノ作ってくれるなんて……」
「……意外?」
「……え?ん~まぁ……」
マズいこと言っちゃったかなと首を竦めれば、美樹さんはさもありなんと言った、納得顔。
「まぁね、確かにギャップはあるでしょうけど……でも、あれで意外に優しいのよ?」
「……知ってる(笑)」
そのみかけによらない優しさを知って欲しいという小さな苛立ちが、きれいな頬のラインを軽くふくらませて。
それがまた妙に幼い印象を与えて、違う魅力を引き出していた。



「ふふふ……。冴羽さんはどうなの?」
「リョウ?そんなコトするようなヤツじゃないって、見てりゃわかるでしょ?
今日だってあのバカ、寒さも気にせずナンパよ?どうにかして欲しいモンだわ?」
あぁ、うらやましい……と、心底羨望の眼差しとため息とを止められず。
そのままカウンターに突っ伏す私を見て、「香さんも大変ね」と、美樹さんが肩をすくめて苦笑を返した。



雲行きがあやしくなり、洗濯物を干してたのに気がついて、慌ててキャッツを後にした。
両手に抱えるほどの買い物袋が憎らしい。
何だってこんなに買っちゃったのかしら、もうっ……と、自分で自分に腹を立てたトコロで、どうにもならず。
小走りで先を急いだけれど、やっぱり途中から降られてしまった。
「ただいまぁ~って、洗濯物、洗濯物っ!!」
と、誰がいるワケもないだろうに声をかけながら、慌てて靴を脱ごうとした矢先。
ミタキには、見知ったやたらとデカい靴が無造作に脱ぎ散らかされ。
いぶかしみながらも世話しなく奥へ進めば、バスルームから件の噂の主が、ひょっこりと顔を出した。



「よう、香。洗濯物、風呂場に入れといたぞ」
「リョウ……!!帰ってたの?」
見れば髪の毛がしっとりと濡れていて、同じように軽く降られたことは明らかだった。
「……ありがと」
「お前も結構降られたみたいだな。ほれ、タオル」
と、乾いたタオルを頭に被せられ。
「寝込まれたら嫌だからな。コーヒー入れとくから、よく拭いとけよ」
と言って、キッチンへと消えていく。
そのからかい口調に軽く頬をふくらませながらリビングに行けば、テーブルの上には大きな紙袋。
「あいつ……またパチンコ行ってたわね?」



今にもはち切れんばかりの紙袋には、何やらいろんなものがギッシリと入ってて。
この戦利品を見る限り、今日はかなりアタリのようだった。
「……ったく……これくらい真面目にビラ配りしてくれたら助かるのにね~」
何度口を酸っぱくしたトコロで、聞く耳持たずの男にふぅとため息をこぼしながら袋を開いてけば。
タバコが2カートンに、チョコだの缶詰だのがぎっしりと。
いまどきドコのおっさんよとため息ついた時、袋の底から喉飴の袋が転がり出た。
見ればひとつでなく、レモン味やらイチゴ味、ミントにライチにコーヒーに、と。
喉飴ってこんなにあったっけと思う程。
そんな驚き呆れる私を前に、コーヒーを入れたリョウがやってきた。




「リョウ、これ……」
「あぁ、お前、ここんトコ、喉、いがらっぽそうにしてただろ?最近雨も降らねぇし、空気、乾燥してっからな」
気をつけるにこしたコトねぇだろ、と、ソファに座り。
自身のコーヒーに口をつけながら、もうひとつのカップをこちらへとよこした。
確かにここんトコ体調はスッキリしなくて、少し風邪気味だったのは事実だけど。
まさかそれにリョウが気付いてるなんて思わなかった。
「これ以上悪化して寝込まれでもしたら、メシの支度とか面倒じゃん?」
ニヤリと笑いながらコーヒーを口に含み、戦利品のスナック菓子をバリリと開ける。
看病が大変とか、お前が大事なんてバカなコト言いやしないケド、私を想うリョウの優しさが伝わって、ほんわりと穏やかな気持ちになった。



美樹さんを羨んでみたけれど、隣の芝生は青いって言うケド……どうしてどうして。
我が家の芝生も、なかなか捨てたモンじゃないんじゃない……?
「……さすがは万年ハタチ」
「……ん?何か言ったか?」
ぽつりと呟いた言葉をいち早く耳にした件の男に、「……何も?」と、ふるふると首を振る。
どこまでも素直じゃないあまのじゃくなアイツに、同じく礼も言えないあまのじゃくな私。
今日はフンパツして、リョウの好きな物でも作ってやるか……。
雨足を強くした窓に視線を向けながら、くすりと笑った




END     2011.2.11