●遠花火●



感謝の意を込めて深々と頭を下げる依頼人に、笑顔で手を振って。

車が発進して、それが見えなくなったところでシートに見を任せ、やおら大きなため息を吐く。
その隣りでハンドルを握るリョウが、くすりと笑った。



「………お疲れ」
「………ん………」



長く掛かった依頼を片付け、ようやくというアパートへの家路。
本来なら肩の力を抜いて、気分も晴れやかなはずなのに……
私の心は、青く澄み切った夏空に反するかのような、どんよりとした曇り空。
自然、唇を突き出した不貞腐れ顔になってしまう。



「……ったく~……ンな顔、すんなよ。仕事だったんだから」
「わかってるわよ……でも……さ?」



何をどう言ったところで、その先に続くのは言い訳にしかならない。
そう気がついて、続く言葉をこくんと飲み込む。
そしてやり場の無い感情を持て余し、流れ行く窓の外の景色に、何とはなしに目をやった。



“じゃぁね、リョウ。約束よ……?”
この依頼を請ける前、渋々という体のリョウと笑いながら交わした指きりは。
あまりに続く夜遊びにヘソを曲げた私がせがんだ、
都内でも有名な花火大会に一緒に行くコト。
“タダでさえ暑い中、何だって好き好んで人混みの中なんか……”
そう渋ってたリョウだけど、最後は結局、苦笑しながら約束してくれたの。



それなのに……急に飛び込んで来たこの依頼が、コトの外長引いて。
仕事中だというのに、花火大会の日が近づくに連れてそわそわとして、気が気じゃなかった。
そしてようやくカタがついた今日は……花火大会、当日。
そしてココは、依頼人の住む関東北部の小さな山間の村。
日はすでに西に傾き、夕闇が山ひとつ向こう、直ぐそこまで迫っている。
このままいくら車を飛ばしても、後数時間で始まる花火大会にも。
そしてその数時間後であろう、閉会時間にまでも……とうてい、間に合いそうに無かった。



「はぁぁぁー…………」
何を思ってとは言わないけど、どうしようもない脱力感が、知らず、ため息を吐き出させる。
そして幾度目かのため息の後、運転席のリョウが小さく息をついて、視線だけチラと寄越してきた。



「仕方ねーだろ?仕事だったんだからさぁ……」
「うん…………」



わかってる……わかってるけど。
でも、どこかホッとしてるようなリョウのその顔に、またイライラ。
花火大会に行きたいという私の声を聞きつけた絵梨子が、すぐさま用意してくれた二人分の浴衣。
内緒にしてたのに、どうやらリョウは、ちゃんとその存在を察知していたようで。
ンなモン着なくてすんだ……と、安堵の笑みがもれるその顔が、さらに私の心を波立たせた。



「わかってんなら、ンな顔、すんな」
どうしたって凹みモードの私を気づかってくれるセリフも、どこか上滑りして聞えちゃう。
そんな自分が嫌になって、流れ行く車窓を目で追いながら、
規則正しく続くエンジン音と軽い振動とに身を任せ、ゆっくりと目を閉じた。



………ガタンっ!!
不意に車が大きく傾いで。いつの間にか眠っていた私の目が、
まだ定まらない視点のままに周囲を探る。
頃はもう、夜の闇の中。
まるで外界と隔てるかのように鬱蒼と生い茂る木々は、私たちの行く手を阻むかのようで。
風にそよぐ葉擦れの音はどこか淋しく、人を不安にさせる。
そして暗闇の中、車のライトに照らされた前方は、小さな石ころが延々と続く山道……。



「……リョウ?何だかこの道、変じゃない?ドコ行くのよ」
「あぁ、大丈夫。さっき、石川のジーサンにいい道を教えてもらったんだ」
「おじいさんに?ふぅーん………」



石川のおじいさんてのは、先程別れた当の依頼人で。
ここらの山々を所有してる、ちょっとした地主……というか、山林王なのよ。
最も、その美しい山林を素早く頭の中で現金に換算した一族のバカ男たちに、
ただ一人の身内である可愛い孫娘さん夫婦が、狙われるコトになっちゃったんだけどね。
そう……あのおじいさんが教えてくれた道なら、大丈夫よね。
でも、何だかやっぱり………?



まだ眠気の残る目を、軽く握った拳でクイと拭って。
周囲の景色に改めて目を走らせるものの……そこはやっぱり、立派な山道。
そして私たちの小さな車は、そのさらに奥へ奥へと進んで行くところだった。



「ねぇ……やっぱり変よ、この道。間違えたんじゃない?引き返してみようよ」
「いや、大丈夫。間違っちゃいねーよ………っと、ほら、もう直ぐだ」
「……………?」



小さな車を包み隠すかのように生い茂っていた周囲の木々が、ふいに姿を消して。
目の前に現れたのは、山間の中に広がった小さな見晴台だった。
どのくらい眠ったのか、車は結構な山の上まで来ていたようで。
日中ならばきっと、目も眩む崖の上であろう切り開かれた見晴台の眼下には、
すでに暗くなった街のあちこちに灯る灯がキラキラと。
まるでクリスマスのイルミネーションのように輝いていた。



「きれい………」
思わず呟いた私の横で、車のデジタルの時計に視線を走らせたリョウが、車外に出ろと促す。
“何……?”といぶかしむ私の手を無理やり引きずって、車の正面まで出向いて。
暗闇の中、チラと眼下の街中の様子に目をくれたリョウが「………そろそろ…だ、な」と、呟いた。
「………ねぇ、なぁに?ココでいったい、何が……」
“あるっていうの?”……と、続く言葉を、ふいの大音響に攫われてしまった。



ドォォォ……………ンッッッ!!!



地を揺るがすかのような突然の大音響に驚き、慌てふためく私をヨソに、
リョウは何を驚くでもなく、その形のいい顎をクイと上に向け。
東京よりも果てしなく広い夜空に目を上げた。
……その瞬間、真っ暗で墨色一色の夜空に、大きな大きな花が咲いた。



そのあまりに大きな花に目を奪われた時、風に流されてほのとした火薬のにおいを嗅いで。
そしてこれが花火だと、ようやくに気がついた。
お腹の底に響くような余韻を感じる間も無く、
赤や黄、緑に白といった鮮やかな色の大きな花火が、次々と打ちあがる。
そして様々な色の花々が、闇色のスクリーンに美しい花々を描いていった。



天を覆いつくすほどの大きな大輪の花もあれば、
小さく可憐な花がいくつも集まって、ひとつの形を作っていく姿も。
そして枝垂桜か柳のように、長く長く光の尾を引いていくものもあり……。
次々と止めどなく打ちあがる花火に、私は思わず、言葉をなくした。



「市制ン十周年だかなんだかの、祝いの花火なんだとさ。
街ンなかはたいそうな人出らしいが、ココはジーサンの所有だから誰も来ない。
絶好の穴場ってトコらしいぜ?」
…………なかなかのモンじゃねぇ?………
と言うかのように、リョウがニヤリとした笑みを向けてくる。
その頬が花火に映えて、夜目にもほんのりと赤かった。



「リョウ………」
約束した花火大会に行けなくて、沈んでいた私を見るに見かねての……
そんなさりげない優しさが、どうしようもなく嬉しい。
いつもはぶっきらぼうで、意地悪ばかりで。
………何だってこんな男に………
と思うことも、数えられないほどだけど。



それでも時々、こうやって。
日頃は隠してばかりの、その優しさを見せてくれるから……。
そんなのがひどく嬉しくて、私はまた、リョウに惹かれてしまう。
確信犯的なその行動に、思うところが無いワケじゃぁないけれど。
でもたまには、素直になってみるのもいいわよね……?



そう思いながら、夜空に咲く花々を見上げるリョウの肩に、そっともたれる。
一瞬、驚いたような視線を見せたリョウが、ふっと笑って。
そのままに、その太い腕をゆったりと回して、私の肩を抱いてくれた。
微笑み会う二人の瞳に、一際大きな花が咲いた。




END    2006.10.2